古今亭駒治
1978年、東京都生まれ。2003年、古今亭志ん駒に入門。2018年、志ん駒逝去に伴い、古今亭志ん橋門下。同年真打ち昇進。鉄道ネタを中心とした新作落語で人気。共著に『鉄道落語』(交通新聞社)。妄想力いっぱいの設定と展開、そして聞き終えた後にほっこりする構成が魅力的。
地図の宝島で最適ガイドをゲット!
「中央通りをちゃんと歩くのは初めてなんですよ」。『日本橋髙島屋』の前で駒治さんは、感慨深そうにその道筋を見渡した。「当時の路線図だけ見て作ったんです」という新作落語『都電物語』は、品川駅〜上野駅間を走り、1967年に廃線となった花形路線・都電1系統の運転士と女性客の噺(はなし)。意図的に下調べせず、現地を歩くこともしなかったという。
現場検証の前に、「先に寄ってみたい店がある」と言って早速寄り道したのが、地図専門店『ぶよお堂』。
お店の人に勧められた『大東京立体地図』をひと目見た駒治さんは、「買います!」と即決。1系統の全停留場が、可愛い建物図と共に記載されている。「僕が使った路線図より古いので、少し停留場の名前が違いますね。でもわかりやすい」。
再び中央通りに戻ったかと思うと、今度は日本橋交差点脇の真新しいビルの一角にある黒い建物。「あぁ……、先の師匠と買い物に来ました」と指差したのが和紙舗『榛原(はいばら)』。
着物や小物にさり気ないこだわりのあった師匠・志ん駒さんは、高座に上がる時、必ずここの京花紙を懐に忍ばせていたという。戦前に鉄道省があった時代、記念乗車券やうちわを作っていた、鉄道に縁の深い店でもある。
そしてメインステージ・日本橋を渡る。
噺の主人公が橋のたもとのカーブを走る時の、ギクシャクした運転操作が気に入らない女性客。彼女の父親は「コーナリングの政」と異名を取る元都電の運転士だった。
“まず室町一丁目の電停を出たら、だんだんスピードを上げて、(中略) 右手には『三越』、左手には包丁の『木屋』。そのあたりに来たらそーっとブレーキをかけるの。”
「このカーブなんですね……。意外と大したことないですね。でも交通量の激しい道の路面電車ですから、時速35㎞でも、なかなかのコーナリングだったかも?」と笑う駒治さん。
「噺に登場する包丁の『木屋』の大きな看板を、二ツ目の頃、『お江戸日本橋亭』に行く時、いつも見てたんです。なに屋だろう?って」。その頃は一軒家だったけど、今は居並ぶビルの一隅。このあたりに室町一丁目停留場があったのか……。
「その時代から変わらないのは、『三越』と『三井本館』だけですね」と、地図を広げて見比べる駒治さん。
再び横道にそれ、鉄道マニアが集まる居酒屋『キハ』で思い出話のひととき。
「路面電車が好きなんです。初めて乗ったのは小学生の頃、友達と行った荒川線です。大塚から乗ったんじゃないかなぁ。面影橋まで行って戻ってきた記憶があります。運転士さんとしゃべったことは覚えてますよ。街中を普通に走ってる姿。一般道を自動車と並走するのも面白いし、気軽に乗れる感じが魅力的ですよね、生活感があって」。
「その頃はまだ古い車両が残ってて、子供のくせに都電が加速する時の吊り掛けモーター(車輪同士を繋(つな)ぐ車軸に軸受を介してモーターの一端を乗せ、もう一端は台車の枠で支えたシステム)の音にしびれました。速度を上げる時だけ聞こえる幻の重低音なんですよ」って、どんだけマニアックな子供だ?
年を経て本格的な乗り鉄になってから、鹿児島以外の全ての路面電車を制覇し、今も定期的な落語会がある巣鴨に行く時には、荒川線を利用する。
「大塚、都電雑司ケ谷、学習院下あたりのカーブや坂道、たまりません。飛鳥山電停から一瞬一般道に出て、回り込んで王子駅前に行くところ」。
きりがないので、さぁ中央通りに戻りましょ!
1系統が走った中央通りは落語にも縁がある道
今川橋の記念碑を眺め、神田駅の古いガードを潜り、「日本橋よりカーブが大きいですね」と笑う須田町交差点界隈に。鉄道模型の老舗『カワイ』をチラ見して万世橋へ向かう。「ここにあった『交通博物館』には、子供の頃よく行きましたよ」と、当時の歴史を記した記念碑を眺める。
「ここの新幹線が今の鉄博に移設された直後、正面に「交通博物館」というシールを剝がした跡が残ってました」と笑う。「『連雀亭』(真打ち前の若手が出演できる席)も近いので、この辺は大人になってもなじみ深い場所です。万世橋も(『マーチエキュート神田万世橋』の)煉瓦塀も、都電が似合います」
神田駅界隈は江戸時代から職人の町。須田町周辺には服飾関係の店がいっぱいあった。「主人公の彼女の父親は江戸っ子気質。この辺りに家があってもいいですねぇ。母親の実家が仕立て屋で裁縫が得意だから、その娘も運転席のマスコンにかぶせる毛糸のカバー作りもお手の物なんてね。実際に歩いてみると、想像が膨らみますねぇ」。運転席のレバーに必ずといっていいほどかぶせられた毛糸カバーも、噺の伏線になっている。
四方を鉄道のガードに囲まれた万世橋交差点を過ぎれば秋葉原。
「つくばで僕の落語会をやっているので来ますよ」。近くにある落語が聞ける『やきもち』という小料理屋に出演の際にも下車するという。
思いも乗せて走る東京ローカル線
“「……さあ着いたよ。あれが有名なシャンゼリゼ」「アメ横ですけどー」「あれがナポレオンの銅像」「西郷さんですー」「これが夢にまで見たムーランルージュ」「鈴本演芸場ですけどー」”
末広町を過ぎれば黒門町。駒治さんが所属する落語協会や、名人八代目桂文楽の住まいがあった、落語にゆかりの深い町。そして上野広小路の先には『鈴本演芸場』が控えている。都電1系統はこのままJRのガードを潜り、上野駅前が終点だ。
噺の中の彼女が上野でお見合いをする、その設定場所『上野精養軒』で散歩は大団円。
「現場を見ずに噺を作ってよかったです。きっと現実のものにとらわれちゃう。でも今回歩いてみたことで、気持ちは膨らみました。やっぱり都電は人間くさい。荒川線なんか、原寸大のジオラマみたい。箱庭の中を走ってるような。地方の路面電車もそんな感じがします。趣味と実用の間みたいな鉄道。それが楽しいんです」。
「銀座通りを走る都電、見たいと思いませんか? 皇居の周りだけ走る都電なんか最高じゃないですか!」。『都電物語』の続きは、駒治さんの中でどんどん広がっていく。
ぶよお堂
地下に広がる地図マニアの聖地
実用的なものから、海図や活断層図などの専門家が使う学術的なもの、関連グッズまで、様々な地図を取り揃えた専門店。主な建造物が立体で描かれる1958年版『大東京立体地図(復刻・江戸東京博物館)』2420円は、当時の都電停留場名も全て記載され、駒治さん絶賛の逸品。
●10:00~19:00(土・日は17:00まで)、土日以外の祝休。
☎03-3271-2410
榛原(はいばら) 日本橋本店
東京の真ん中で、紙文化を伝える
文化3年(1806)に日本橋で創業した和紙舗。江戸情緒とハイカラさを併せ持つ老舗。舞妓や役者が愛用してきた化粧紙・京花紙1155円は、駒治さんの師匠・志ん駒さんも愛用していた。鉄道省(現JR)の記念乗車券と共に、榛原が製造していた特製うちわの図柄を使った絵はがき(8枚入り)660円。
●10:00~17:30、無休。
☎03-3272-3801
『榛原(はいばら) 日本橋本店』店舗詳細
キハ
鉄分過剰積載のマニア集結店
レアなグッズと映像に囲まれた有名店。1階は立ち飲みスペース、2階にはロングシートがそのまま設置。もちろん東西の鉄道落語家全員のサイン色紙もある。旅行に出にくい昨今、気分だけでも鉄道旅に!
入場料500円、飲み放題付きで10分300円(滞在時間により割引あり)。
●18:00~23:30、日・祝休(土は不定休)。
☎03-5651-5088
上野精養軒 本店 カフェラン ランドーレ
江戸の昔から特別な場所、上野の山で優雅な昼下がり
創業140年を超える『上野精養軒』にあるカフェレストラン。ゆったりした広い店内と、不忍池の季節の移ろいを見渡せるテラス席が選べる。名物のハヤシライスなどの洋食メニューや、季節限定のスイーツなどを、カジュアルな雰囲気で楽しめる。
濃縮牛乳プリン780円、自家製辛口ジンジャーエール680円。
●11:00~16:00LO、月休。
☎03-3821-2181
取材・文=高野ひろし 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2021年9月号より