上野公園はとにかく広いぞ
上野公園は広い。東京ドーム11個分という敷地の中に、4つの美術館と2つの博物館、4つの寺院と2つの神社、動物園、コンサートホール、図書館、資料館までがそろう。
ル・コルビュジェ設計で近年世界遺産となった『国立西洋美術館』、海外有名オーケストラも客演する前川國男設計の『東京文化会館』、日本館と地球館に分かれて科学全般を表現する『国立科学博物館』、日本初の公立美術館となった『東京都美術館』、そして奥の院のように構える『東京国立博物館』(以下、東博)。
この5つはそれぞれの分野で東京を代表する存在。「モナ・リザ展」「フェルメール展」など社会現象になるような展覧会を催してきた東博だが、企画展がなくても十分面白い。さんたつ的におすすめは、本館と法隆寺法仏殿。前者は年4回入れ替わる常設展がすごい充実度、後者は建築家・谷口吉郎設計の代表作の一つだ。
ファミリー層に問答無用のおすすめは『恩賜上野動物園』。現在4頭いるパンダを見る行列は相変わらずものすごいが、ほかにもスマトラトラ、ゴリラ、ホッキョクグマ、レッサ―パンダ、ハシビロコウなどスターが目白押し。併設されている両性爬虫類館のカメレオンも人気。
上野公園と上野戦争
あまり有名ではないが公園内に神社仏閣も多い。花園稲荷神社は縁結びのパワースポット。上野東照宮には名物牡丹苑があり、清水観音堂は京都の清水寺の何分の一かのジオラマのよう。その隣にある天海僧正毛髪塔および供養塔は、いらなくなった人形を引き取り供養してくれる貴重なスポットで、人形供養も行っている。
公園の三分の一を占めるのが不忍池。中之島にある八角形の弁天堂は芸能の神様として信仰を集めるが、その周辺にある石碑がユニーク。スッポン感謝之塔、包丁塚、ふぐ供養碑、めがねの碑などなど、どこか心なごむものがある。ボート池ではスワンボートがファミリーやカップルに人気。
ひっそりあるものとしては大仏パゴタが面白い。江戸期に建造された上野大仏の遺構。関東大震災で頭部損壊し、その後胴体を軍事金属資源として供出、残った顔面部のみをレリーフとして飾っている。ながらく知る人ぞ知る存在だったが、近年は映えスポットとして一躍人気を集めている。
ところでこれらはかつて寛永寺の伽藍であった。幕末、上野公園から上野駅にかけての土地はすべて寛永寺の敷地。芝増上寺と並ぶ徳川の菩提寺だったのだから立派なのは当然だが、廃れてしまった原因は戦争……とはいっても東京大空襲ではなく、幕末の上野戦争で、ゆえに彰義隊のお墓もある。ちょっとしたトリビアかもしれない。
東京で最もアジアを感じるアメ横
アメヤ横丁(通称アメ横)はJR上野駅から御徒町駅の先まで、南北500m続くガード下および、その西側に並行する商店街の総称。全400軒ほどといわれ、生鮮食品を扱う店が多く、年末は正月の食材を仕入れにくる買い物客でにぎわうのが東京の風物詩。安く買うコツは「大量に買うことと顔なじみになること」とこちらも単純明快。また、近年は露天の飲食店が人気を集め、外国人観光客が昼間からビール片手に焼き鳥にかぶりつく姿を多く見かける。
アメ横で一度入っておきたい店を挙げてみよう。
チョコレートのたたき売りで有名な『志村商店』、元祖ディスカウントストアの『二木の菓子』は山積みにされている商品が狙い目、サープラス(軍からの余剰物資の放出品)も扱うミリタリーショップ『中田商店』、1932年創業の精肉店でメンチカツが名物の『肉の大山』、アメ横内に3店舗を構える輸入化粧品『サテンドール』、ハイカラという言葉がぴったりの輸入食品の『芳屋』、陸上やサッカーアスリートの強い味方『ジュエンスポーツ』、アメ横に来たらどうしても買っちゃうフルーツバーの『百貨園』、
居酒屋では『もつ焼き大統領』と立ち飲み『飲める酒屋 魚草』あたりを挙げて終わりにしよう。
ああ上野駅
上野駅も上野の代表的なランドマーク。明治16年に日本鉄道の駅として開業、やがて国鉄と統合し東北本線の発着駅となり、以来長らく“北の玄関口”として存在感を放ってきた。しかし1991年に東北・上越新幹線が東京駅に乗り入れ、2015年には上野東京ラインが開通した今、ここを北の玄関口とは呼びにくくなってしまったかもしれない。だがそれでも上野駅舎は実に立派だし、エキナカのエキュートも改札外のアトレも非常に充実しているのである。
キムチ横丁などディープな専門店街が多数
上野はほかにも多彩な顔を持っている。
「東上野コリアン街(通称キムチ横丁)」は戦後すぐにできたバラックが始まりといわれるコリアン街。焼き肉店のほか、キムチ専門店『第一物産』や『共栄』、希少部位やホルモンが新鮮で安い『上野肉店』など、マニアックなグルメに人気の存在だ。
アメ横のほぼ中央に位置する「アメ横センタービル」の地下1階はアジア食材の宝庫。肉類は豚の頭や一匹丸ごとのアヒルなど。魚類は上海ガニのほか、カエルも扱うなど、ガチ中華に寄せてきているようだ。
御徒町に近いエリアにあるのは日本一のジュエリー問屋街。戦後のアメ横で物々交換が行われたのが起源といわれている。いくつかの小売り店ではブランドショップと同品質のものが必ず安く買える。デザインが気に入ればお買い得だ。
そのほか、アメ横のほぼ中央にスーパーと食堂レストランと居酒屋とユニクロが入った『吉池』のビルがあったり、昭和通りの東側にはパチンコ関連会社が多数集まる通称「パチンコ村」があったり、昭和通りの向こう側に何棟ものディカウントショップ『多慶屋』があったり、そのちょっと北にはかつて安売りを競い合ったバイク街の名残があったり、北の玄関口の名残のように旅館街があったり……とこの街、いったいどこまで深いのか?とあきれるほどだ。
古くからのエンタメの街でもあり、『鈴本演芸場』と『お江戸上野広小路亭』と寄席が2つもある。映画館は『TOHOシネマズ上野』のほか、成人映画館が2つ。ストリップ劇場も1つあって昭和の娯楽が健在だ。
上野ならではグルメ
上野にはとんかつ御三家があるといわれる。『ぽん多本家』は黄色い衣がほろっとこわれるような繊細な揚げ具合が特徴、『蓬莱屋』は小津安二郎が愛したというヒレカツ専門店、『井泉本店』は箸で切れるとんかつの元祖。いずれも劣らぬ個性を発揮し、ここから東京各地にのれん分けを果たしている。
そばの老舗も多い。安政6年創業『蓮玉庵』は多くの文人に愛された老舗中の老舗、『上野藪』は連雀町藪蕎麦からのれん分けで明治25年創業の正統派、下谷の『翁庵』も明治創業の老舗で店構えもドラマのセットのようだが、味も値段は庶民的なのがうれしい。
中華は前出『昇龍』『珍珍軒』のほか、上野広小路の『蓬莱閣』もおすすめ。町中華と高級中華の中間のような存在で、なんというか、昭和の残り香が奇跡のように漂っている。
甘味の有名店『みはし』はあんみつが超有名、大正2年創業『うさぎや』直営の『うさぎやCAFÉ』では餡が絶品のどら焼きが食べられる。
純喫茶の有名店が多いことでも有名で、地下1階に異世界のように広がる『丘』、ステンドグラスが美しい『古城』、このふたつは東京の純喫茶の代名詞的存在だ。
本好きの若年層に人気なのは『ROUTE BOOKS』。古いビルをリノベーションした、カフェ併設のブックショップで、観葉植物も扱っている。いつかここで日がな一日読書するのが私のささやかな夢だ。
上野にいるのはこんな人
無国籍感がすごい!
かつてはおのぼりさんの宝庫だった上野駅だが、今、その姿を探すのは困難。コロナ禍明けの今、アメ横で一番よく見かけるのは外国人観光客かもしれない。いわゆるアジアンマーケット然としたアメ横が外国人を引き付けるのはよくわかる。誰だって海外旅行先の国でこういうスポットがありゃ、そりゃ寄りますよね。
日本人の買い物客にそんなに特徴的な人は少ないが、時折、明らかにプロっぽい人を見かける。例えばイラストの白コーデの男性は、連れの女性とアメ横のど真ん中に立ち止まって店を眺めていたが、何か商売している人だろうか? あるいは上記専門店街の関係者だろうか? 妄想は膨らむが本当のところはよくわからない。
紫の髪で黒ずくめの女性をアメ横の上野側の入り口で見かけたが、日本人か否かは不明。国籍、職業、属性……謎めいた人種がうごめくカオスな街なのである
山の手と下町、その境界はここにある
北の玄関口としての役割はほぼなくなった上野だが、インバウンド需要の増加とともに、北ではなく東、つまり東京下町への玄関口としての存在感は日々増している。地下鉄銀座線は浅草方面へ、日比谷線は三ノ輪や千住方面へと延びており、京成線は上野を始発に町屋を経由して葛飾方面へ。半蔵門線や大江戸線は上野ではないが御徒町あたりから清澄白河・門前仲町へと延びてゆく。
また地形的に考えても、上野公園は山の手台地の南東の端だ。西郷さんの立つあたりから東側を見渡すと、そこに水平線まで続く東京下町の海が広がって……いるはずだが、高いビルに囲まれて視界はさえぎられているのが残念。
だがそれでも、山の手と下町の境界を見たいなら上野に来ればいい。どこにもはっきり書かれていないが、公園の脇を走る山手線の線路がその境界。そして上野駅舎上のパンダ橋は、文字通り両者を橋渡しする結界なのだから。
取材・文=武田憲人 文責=散歩の達人/さんたつ編集部 イラスト=さとうみゆき