岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
だらだら飲めるはマイナスワード?
つい先日、こんなことがありました。私がとある日本酒について“だらだら飲める”と書いたところ、担当編集者より「取材先の方から、表現を変えて欲しいと要望があった」と連絡を受けました。
理由は、「蔵元に怒られないだろうか」と心配になったとのこと。つまり、この“取材先の方”は酒蔵の人ではない第三者なのですが、“だらだら飲める”という表現が、蔵元にとって好ましくないのではと気遣ったのです。
私は賛辞として、“だらだら”という言葉を使ったのですが、そうか、こういう捉え方をする人もいるのだなあと、日本酒を表現するむずかしさを感じてしまいました。
確かに、ふだんの行いに当てはめると“だらだら”という言葉は、あまりよくない意味に取られることが多いですよね。いつまでもだらだらと仕事をする、とか、無駄にだらだら過ごす、など、変化が乏しい状態が長く続くことや、締まりがないだらけた様子を表す、マイナスワードとして使われることがほとんどではないでしょうか。私の表現に対して不安を感じた方は、これらの意味を汲み取ったのでしょう。
でも、だらだら飲める日本酒とは、私にとって褒め言葉でしかないのです。そもそも不味(まず)ければ、長く飲み続けることは絶対にできませんし、そういう日本酒が与えてくれるのは、気持ちをゆるませる気楽さであり気さくなご近所感です。高級で洗練された日本酒とはちがう、飲む人をホッとさせるおいしさがあります。すべてのものから解放されて癒されたい宅飲みのときには、まさにぴったりの味なんです。そういうお酒はどちらかというと、本醸造や純米酒などで、価格も手頃。保存も楽な常温タイプが多い気がしています。
というわけで、今回はだらだら飲める日本酒として私がおすすめしたい、宮城の「浦霞」の本醸造(常温)を片手に、だらだらしながらできるつまみをつくり、とことんだらだら酔いたいと思います。
エノキのだらだら焼きをつくる
実は、今回、書き起こすのが申し訳ないくらい手順がありません。おいしくつくる秘訣は、ただただ時間をかけてエノキを焼くだけなんです。
エノキ一袋、日本酒(浦霞)、サラダオイル、塩と好みのスパイスを適量。
フライパンにサラダ油を注いで、じくを切って適当にほぐしたエノキを乗せます。おちょこ半分弱くらいの日本酒とひとつまみの塩を、上から全体にふりかけて火をつけます。
蓋をしたら、弱火で焼いていきます。
数分経つと、このようにエノキがしっとりしてきますが、まだまだまだ。もっと、じっくり焼いていきますよ。
焼いている間はとにかく暇なので、飲んじゃいましょう。私は冷蔵庫に残っていたわさびのりをつまみながら、日本酒をすすります。「浦霞」は、軽快な飲み口ですが、口に含んでいると、やわらかい甘みがゆっくりと広がっていきます。キレも良く余韻がきれいですね。
さて、両面に焼き目がついてきたら蓋を外し、あとは、たまに両面をひっくり返しながら、焦がさないように、じわじわ焼きましょう。
もうこのくらいになったらOKかな。こんがりと飴色に焼き上がりました。塩と好みのスパイスをふって完成。焼くだけですが完成までは約30分かかりました。私はすでに酔っています。
しかし、写真を載せるのがお恥ずかしいくらいの地味な見た目……。でも、これがすっごく旨いんですよ。エノキのシャクシャクした歯ごたえと、濃い甘みと旨味にうっとり。噛めば噛むほど味が出てくるので、エノキをゆっくり噛みながら、お酒を口に流し込むこと数回。う〜ん、たまらない。
エノキは煮ても炒めてもおいしいのですが、時間をかけて焼くと、隠れていた旨い味がじわっじわっと出てくるので驚いてしまいます。「浦霞」の滋味な旨味とも合いますね。なんともほのぼのする相性です。
さっきよりもさらに酔って全身がゆるみまくってしまい、ときおり、ゴロンと横になる私。こんなにだらしなく酔ってしまっていいのだろうかと、もうひとりの自分がツッコミを入れるも、気持ちいいからまあ、いいか。明日は休みだし、もうちょっとだらだら飲んでいよう。
写真・文=山内聖子