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Profile:山内聖子
呑む文筆家・唎酒師
岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)

旬が短い春の日本酒

春は、うっかりしているとあっという間に通り過ぎる季節です。あたたかいと思ったら次の日には寒かったり、初夏のように汗ばむ日があったりと、気候の表情もコロコロ変わるので、季節の区切りが曖昧で、気がついたら夏になっていた、ということが私の中ではよくある感覚です。

暦の上では、2月くらいから5月の上旬までが春ということになっていますが、春だなあとつくづく実感する日は他の季節に比べると、体感的にそんなに多くない気がしています。桜を見ると春の気分は味わえますが、それを実感できる期間ははかないほど短く、うかうかしているとすぐに桜の旬が終わってしまいます。

近年の日本酒にも春酒という旬があり、だいたいが桜を想像させるピンク色をラベルに使っていて、花のモチーフを描いていたりします。新酒に比べると、全体的に酒質がやわらかく、花びらがふわふわと舞う光景が似合うので、私はぽかぽか陽気の日に飲むのがすきです。

しかし、春酒の旬もそんなに長くはありません。売れ残りはさておき、出回る期間が短く、発売している銘柄の本数も多くはないんです。地酒屋さんに頻繁に行く人ならば焦らなくてもいいと思いますが、そうじゃない場合は見つけたときに買わないと、知らず知らずのうちに冷蔵庫や棚から消えていた、なんてことになります。

なので、私は、春酒を見つけると半ばひったくるように慌てて買ってしまいます。先日、よく行く酒屋さんで売っていた「澤の花 花あかり」もそんな感じで購入した一本です。

春が旬の食材を使った酒蒸しをつくる

「澤の花 花あかり」はソフトな口当たりで、綿菓子みたいに口どけがやさしい味わいです。この味に、春が旬のカブやパセリの甘みと、これも今が食べどきのアサリのふくよかな出汁を合わせたいと思いました。

パセリは先日つくった、常備菜を使います。つくりかたも簡単で、生のパセリを茎ごとみじん切りにし、たっぷりのオリーブオイルで炒めてから、すりおろしたニンニク(2片)を入れて仕上げます。

これがあると、卵焼きに入れたり、パンにつけたり、パスタに入れたり、なにかと料理に使えるのでぜひつくってみてくださいね。

さて、本題の材料は、カブ1個、アサリ1パック(約180g)、パセリの常備菜を大さじ2(ない場合はみじん切りにしたパセリとニンニクで代用。でもできれば上記で紹介した常備菜を使ってほしい)、澤の花(飲む日本酒)、水を猪口いっぱいくらい、サラダ油、塩と黒コショウを適宜。

フライパンにサラダ油を入れて、くし切りにしたカブを焼きます。

カブに焼き目がついたら、まず、この匂いで「澤の花 花あかり」を飲みます。

そして、あさりを入れたら酒をジャ〜っと回しかけてから水を注ぎ、蓋をします。

アサリがひらいてアルコールが飛んだら、パセリを入れます。

全体を混ぜ合わせ、少し熱してください。

皿に盛り付けたら、塩と黒胡椒をぱらぱらとかけて完成です。

パセリの常備菜に入っているほのかなニンニクの匂いが、食欲をそそります。

そして、「澤の花」のやわらかさと、野菜の甘みとアサリの出汁はとても仲がいい! お互いが仲よく溶け合うので、まるい一体感がありますね。この組み合わせは、まだ太陽の光が残る明るい時間帯にいただくのがおすすめかも。ほのぼのとした酔い心地になります。

これは、出汁がもうもう絶品! ぜひ、あさりの貝殻で汁をすくって残らず飲んでくださいね。

定番酒と季節商品のはざまで揺れ動くつくり手の想い

現在の日本酒は新酒や春酒のほか、夏酒、秋のひやおろしなど、季節商品が数多くあります。一年中、酒をつくっている四季醸造蔵はのぞき、一般的には寒い季節に仕込んだ酒を、まずは手を加えず新酒として発売し、それ以外は火入れ(加熱殺菌)をしたり、アルコール度数を調整したり、タンクあるいは瓶に詰めて熟成したりするなど、さまざまな製法を駆使し、それぞれの季節商品に適した酒に仕上げて、時期が来たら出荷します。

しかしながら、日本酒はそもそも定番酒というものがベースにあり、一年中買える酒を基本につくっています。ところが、昨今は季節商品が目立つあまり、定番酒が売れないという酒蔵が多いのが、私としては悩ましいところです。

季節の酒と言われると興味をそそりますし、それぞれの酒蔵が表現したい四季の味はどれも違うので、私は飲んでいて楽しいです。

ふだんは採用しない製法を、季節商品で実験的に試す場合もあるので、話のネタとして飲むのもおもしろいでしょう。旬の食材と合わせたり季節に合った酒器で味わうのも、日本酒の楽しみかたのひとつだと思います。

でも、やはり自分は、安定感のある定番酒を飲むのがいちばんホッとできますし、季節商品よりも定番酒をみなさんには飲んでみてほしいのです。

なぜなら、定番酒こそが蔵の顔であり、言葉は悪いですが“季節”という言葉や遊びに逃げることができない実力と哲学が、定番酒にくっきりあらわれるからです。なかには、売りやすい季節商品に力を入れすぎて、本来の蔵の味がどっちらけ、というか迷走している銘柄もあるくらいです。それくらい、定番酒は蔵のレベルが出てしまうものです。

そして、実は定番酒のほうをおすすめしたいつくり手や蔵元は、けっこう多く、「私は定番酒のほうがおいしくていい酒だと思うんですけどね…」と嘆く声をよく耳にします。好みの問題もあるので、一概にいい悪いは言えないのですが、「澤の花」もまさにそうで、定番酒のクオリティはものすごいものがあります。「澤の花」は上質な甘味が特徴で、透明感がある酒質です。何より余韻が美しく、喉越しがとてもいいんです。こういう味は、洗米から麹づくり、発酵、火入れなど、あらゆる工程を緻密に行なっていないとつくることができません。

最後に少し重たい話になってしまいましたが、というわけで、もし新酒や春酒など季節商品で気に入った銘柄があれば、ぜひ純米酒や吟醸などの定番酒を試してみてほしいなあと。ラベルは季節商品よりも地味かもしれませんが、つくり手の本質が、定番酒にはぎゅっと詰まっています。

写真・文=山内聖子

こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。どうぞ、体を楽にして読んでいただけたらうれしいです。
こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。今回は、寒い季節にはたまらない汁物をつまみにする話です。しばし、ひとりごとにおつきあいいただけたらうれしいです。