西武安比奈線は、廃線跡好きならば一度は耳にしたことがあるほど有名です。というのも、長年にわたり路線が休止線扱いとなっていて、線路、橋梁、架線柱、架線といった構造物がそのまま放置されていたのです。路線は1925年に開通し、入間川の砂利を搬出する貨物線でした。1963年に運行を休止。2017年に正式に廃止となりました。休止から廃止までの間、安比奈線を使用した車両基地計画が持ち上がっていましたが、この計画も白紙となりました。
そんなこんなで、架線柱まで残存して自然へ還っていく姿は、廃線跡好きには垂涎の的となったわけです。トトロの森みたいな雑木林の中に、あるいは町外れの畑に、草ボウボウの線路と木の架線柱があって、ひょっとしたら列車が来るかもしれないという雰囲気を醸し出しつつ、徐々に朽ちていっている。しかも都心から1時間ほどでアクセスできる「いつでも会える廃線跡」なのです。これはもう聖地でしょう。
私も何度か足を運んで作品を制作しました。そのときは放置状態で、理想の廃線跡像がそこにありました。やがて全国の廃線跡へ目が行き、安比奈線の存在は角へ追いやられていました。それから約20年……。
このたび「廃もの」の取材として、ほんと久しぶりに聖地へ再訪することにしました。いままで放置してきてごめんと、身勝手に思いながら。2017年に廃止となってから、少々雰囲気が変化したと聞きます。どれだけ変化したのか気になりました。渋谷駅から東武東上線直通に乗り、川越市駅から西武新宿線の本川越駅へ移動して一駅。南大塚駅へ降ります。ここまで約1時間。都心部から乗り換え一回で安比奈線の起点駅へ来られるのだから、便利なものです。
安比奈線は南大塚駅から北上するように、構内北側から左へカーブしています。20年前の駅前の記憶は曖昧なのですが、たしか駅構内から線路が続いていて、踏切あたりで単線用木造架線柱架線柱があったはず。ところが、駅北側の道路を進むとコンクリート枕木が山積みにされ、空き地が伸びているだけ。線路があったような気がするけど撤去されたようです。ただ、先にある踏切跡には線路が残っていました。
ホッとしたのも束の間、今度は架線柱が見当たりません。北方向を見ると、1本だけレールが曲線を描いています。2本を束にされた様子です。なんで2本のレールじゃないんだろう。しかも、そこにあるはずの架線柱が……無い。ううむ。時既に遅し。後日知ったところによると、架線柱は2018年1から3月にかけて撤去されたようです。
架線柱が撤去され、線路も目の前みたいに束にされている不安はあるものの、国道16号線と交差していた踏切跡には、アスファルトに半ば埋もれながらも2本のレールがしっかりと残っていました。
安比奈線は訪れる人が多いので、廃線跡の現状はネットを見ればすぐ分かるのですが、20年ぶりの再訪という感動を享受したくて、情報は見ないようにしていました。また今回は文明の力「GoogleMap」を使わずに散策します。以前は地図片手か勘を頼りにしていたので、久しぶりに勘を頼りに歩いてみようかなと。
国道16号線を渡り、再び安比奈線へ出会います。線路は16号を渡った先から2本のままで残っていました。よかった……。住宅地の細い路地を抜けると、一部分だけ人が歩ける程度の小道が見えました。これは不自然で何か匂う。案の定、踏切跡です。ここは以前撮っていなかったな。
地域の人々が幾多も往来するころによって、小道の砂利は硬く踏み固まれ、ニョキッとレールが頭を覗かせています。レールは転倒防止のため撤去されそうですが、まだ残っていてうれしいです。路地裏のさりげない痕跡は私の大好物。ずっとこのまま居たい気持ちですが、住宅地に佇んでいると不審者がられるので、先へ進みます。
安比奈線は住宅地の道路と並行していません。回り道しながら踏切跡や線路脇へ出ます。GoogleMapを使わず勘で進み、住宅街のあの先を右に曲がると踏切跡。回り道をして再び踏切跡。
やがて窪地となって視界が開けると、おお! 橋梁ではないか。葛川橋梁という、桁が2スパンある橋梁です。2スパンとはいっても、半分はブッシュ(低木)に覆われていて全体像は把握しにくいです。以前はもっと見えていたような記憶だったけど、木々の成長は早いものだ。
安比奈線は窪地を築堤でパスし、大袋地区で住宅地の脇を通ります。この一帯も踏切跡が点在するのですが、冬の午後の柔らかな陽光と相まって、逆光気味に見る線路が郷愁感に包まれているというか、どこか淡い昔日の情景に見えてくるのです。レールは土と枯れ葉に埋もれ、行き交う地域の人は気にも止めずに踏切跡を歩いていく。人々の生活の傍らで、ひっそりと時を刻む線路というのは、なんかこうグッとくるものがあるのです。朽ちてゆく美しさというべきか。
冬の空、枯れ草に埋もれる線路。歩を進めるたび、だんだんと感傷的になってきます。小さな橋梁では枕木が朽ちて無くなり、レールが浮いている。ところどころのレールは切断され、幅も広がったり狭まったりと、列車が走らなくなってからの年月の経過を実感させられます。
そして、住宅地の奥に雑木林が望めました。たしかあの中に線路があって、森の中に線路が伸びている幻想的なシーンが……。しかし、「立入禁止」の看板と真新しい柵が行く手を遮りました。
柵から望むと、線路は雑木林の枯れ草に没しており、いまいち判別できません。安比奈線は2017年の廃止後、架線柱の撤去と立入禁止の柵が設置されたのでした。
さぁ、安比奈線の聖地巡礼もあとすこし。ここまで引っ張っておきながら、後半は年明けにお届けします。では良いお年をお迎えください!
取材・文・撮影=吉永陽一