博のつまらなさを構成する4大要因

『男はつらいよ』シリーズの登場人物のうち、たとえばタコ社長御前様あけみ満男源公などは個性的で面白味にあふれ、スピンオフの作品ができてもおかしくないキャラクターだ。実際、満男やあけみには、準主役的な作品もある(満男:第42~48、50作。あけみ:第36作)。

が、同じレギュラー陣でも、さくらの夫・諏訪博の場合はそんな作品(たとえば『印刷工はつらいよ 独立奮闘篇』みたいな?)はとても考えられない。つまらないヤツだからだ。

なぜそこまで博はつまらないヤツなのか。その要因を整理してみると、
・コンプレックスの塊
・愛の話がクサい
・理屈っぽい
・労働者ヅラ
といった点が浮かび上がった。

うーん、見るからにつまらなそうだ。では、具体的にどれほどつまらないか、以下にそれぞれ見ていこう。

コンプレックスがつまらない!

コンプレックスは大なり小なり多かれ少なかれ誰しもが持っているもの。決して悪いことじゃない。しかし博は学歴とか職業とか収入とかに大きなコンプレックスを抱え過ぎて、ちょくちょくそれらが言動に表れるから厄介だ。

博は、大学教授(北海道大学農学部名誉教授 インド古代哲学研究)の父・諏訪飇一郎(ひょういちろう 演:志村喬)を筆頭に2人の兄や姉も高学歴というインテリ一家に育ったが、厳格な父への反抗からか高校を中退してしまう(つまり中卒)。で、結局、タコ社長に拾われて印刷工となるわけだが、こうした履歴が博に消せないコンプレックスをもたらした。

「大学に行けなかったのがどうして悪いんだ。大学を出なければまともな口を利けないのか!」(第8作)
→学歴コンプレックスがインテリの兄や姉に対する憤怒となった一幕。

(一軒家計画を寅さんに茶化されて)「兄さん、ひどいこと言うな、いくら兄さんだって、そんな、そんな言い方は」(第9作)
→一軒家を持てないコンプレックスでいじける。

「僕たちにだってね、ピアノを欲しがる権利はあるんだ!」(第11作)
→権利とかの問題か? 屁理屈なコンプレックスでした。

「僕にも言わせてくれよ、たまには。そらあ僕は職工です。大学にも行けませんでした。そんな僕が満男にどれだけ夢を託しているか。そんなこと子供を持ったことがない兄さんにわかってたまるか!」(第18作)
→学歴&職業コンプレックスだけど、それを寅さんにぶつけてもムダだって。

こうした博のコンプレックスを聞いているとつい同情してしまいそうになる。
でもちょっと待てよ。博は経済的な事情で大学に行けなかったんじゃないでしょ?仕事にしたって自分で選んだんでしょ?
それを棚に上げといてあれこれ言うのはどーよ?逆ギレもいいとこ。つまんないねえ。

「そらあ僕は職工です」(第18作)と博に言わしめる勤務先「朝日印刷所」。社員にそう言われる会社って、思えば気の毒でもある。(葛飾柴又 寅さん記念館)
「そらあ僕は職工です」(第18作)と博に言わしめる勤務先「朝日印刷所」。社員にそう言われる会社って、思えば気の毒でもある。(葛飾柴又 寅さん記念館)

愛の話がクサくてつまらない!

寅さんは滅多に愛を語らない。まれに語っても至って単純明快で不器用、そして清々しくもある。
「それが日本の男のやり方よ」(第24作)
ってところだ。
その点、博は熱く、クサく、そして哲学的に愛を語りたがる。それも初回から全開だからウンザリする。

「兄さんも男なら1度くらい心の底から女の人を愛したことがあるはずだ」(第1作)
→ほぼ初対面の寅さんに愛を問うKYぶり。

結婚前のさくらに対しても、
「僕の部屋からあなたの部屋の窓が見えるんだ…」(第1作)
→もう軽いストーカーだ。

時を経ると、博の愛の話は哲学臭さを帯びてきて…、
「それは違うな、人間は誰だって恋をしますよ。恋愛というのは人間の美しい感情ですからね」(第10作)
「それ(愛)はどんなに高いお金を出しても買えないものですよ」(第11作)
「兄さんが美しい人に恋をする。これは兄さんが人間として生きていることの証しですよ」(第12作)
「兄さんの幸せのために(乾杯)」(第13作)
→第10~13作にいたっては、こーんなクサい愛の話が定番シーンに。もう窒息しそ~!

聞かされた人(おもに寅さん)はさぞかし辛かったろう。さぞかしつまらなかっただろう。よくぞ我慢したと誉めてあげたい。

満男や泉ちゃんの通った高校としてロケに使われた都立葛飾野高校。博の学歴コンプレックスは、満男の教育方針にも大きく影響するのだ(第18作、39作ほか)。
満男や泉ちゃんの通った高校としてロケに使われた都立葛飾野高校。博の学歴コンプレックスは、満男の教育方針にも大きく影響するのだ(第18作、39作ほか)。

理屈っぽくてつまらない!

寅さんの嫌いなもの、「洋式便所」に「飛行機」、そして「理屈」だ。そして、この理屈っぽさは、博のつまらない言動の象徴でもある。

「それは兄さんの被害妄想じゃないのかなあ。いや心理学の言葉なんですけどね」(第6作)
→ダメだって。寅さんに“何とか学”の話をしちゃあ。

「それじゃあ何ですか、兄さんは悪口言うときしか笑わないんですか?」(第10作)
→あーあ、理屈を通り越して屁理屈だあ。

「つまり人間は何のために生きているのか。つまり人間存在の根本について考えるっていうか。もちろんですよ!そういうことを考えない人間は本能のままに生きてしまうってのか、早い話がお金儲けだけのために一生を送ってしまったりするんですからねえ」(第16作)
→話が長くて解りづらいのは、博、あんたの本能か?

「お言葉を返すようですがね兄さん、失恋して成長するなら兄さんは今ごろ博士か大臣になっているハズじゃないですか」(第45作)
→よっ理屈大臣!

「ボランティアって言葉が当てはまるかどうかしらないけど、兄さんみたいな既存の秩序、もしくは価値観とは関係のない、言ってみればメチャクチャな人がだよ、ああいう非常事態には意外な力を発揮する。まあ、そういうことになるのかな」(第48作)
→シリーズの最後の最後まで理屈っぽい博さん。「なんだよお、全然わかんねえよ」という満男のリアクションがすべてを物語っていますよ。

とまあ、書くのも読むのもイヤになるくらい理屈っぽいですな。こう言っちゃあなんだが、散歩先生(第2作 演:東野英治郎)や山形の和尚(第16作 演:大滝秀治)や田所先生(第16作 演:小林桂樹)、それに御前様の語る理屈(ものの道理)は、理屈嫌いの寅さんの心にも観ている人の心にも深く染みる。その一方で、博よ、お前はどうだ?え?

こういう人には寅さんからビシッと叱ってもらおう。
「人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよっ」(第1作)

学歴や職業のコンプレックスを乗り越えて、第26作で悲願の一軒家購入!ちなみに諏訪家のロケ地は計4回変わっていて、これは第3代の諏訪家(第43~45作)のあった辺り(帝釈天から江戸川の約2.5キロ下流 北小岩エリア)
学歴や職業のコンプレックスを乗り越えて、第26作で悲願の一軒家購入!ちなみに諏訪家のロケ地は計4回変わっていて、これは第3代の諏訪家(第43~45作)のあった辺り(帝釈天から江戸川の約2.5キロ下流 北小岩エリア)

労働者ヅラがつまらない!

寅さん曰く、
「労働者の代表のような顔」(第11作)
にして
「面白くもなんともない男」(第10作)
の博。
言い換えれば、博は労働者のつまらない側面をおおよそ持ち合わせている男なのだ。

まずは給料や待遇に対する愚痴…、
「僕たちが貧しいのはなにも僕たちのせいじゃありませんよ。我々労働者は今の日本の現状では…」(第11作)
「仕方ありませんよ。月給が安いんですから」(第22作)
→置かれた状況をすべて世の中や会社のせいにして、あきらめモードの博。

その一方、
「仕方ないですよ、技術革新の時代だからなあ。ついていけないんですよ社長は」(第29作)
「長期的展望というものが全くないんですからね」(第32作)
→自分には甘いのに社長には手厳しいのね。

かつて
「人生は賭けだよ」(第6作)
と言い切り、独立も企てた野心家の博のこと、
「オレの工場が潰れたって引く手あまただから…」(第27作)
とタコ社長が太鼓判(?)押すようにその気になればいい条件での転職もできただろう。

それでも結局、朝日印刷所に勤め続ける生真面目さも、いっそう博のつまらなさを醸し出す。

仕事の愚痴、上司や会社への不平不満、大いに結構。みんなやってますよ。でも博さん、労働者ヅラを引きずって嫁の実家のお茶の間でそれをやっちゃうのは、相当つまらないヤツと思うけどなあ。

現存する第4代の諏訪家(第46~48作)。所在地は柴又エリアではなく帝釈天から江戸川を約3.5キロ下った北小岩エリア。「とらや」や「朝日印刷所」と気軽に行き来するにはビミョーな距離。
現存する第4代の諏訪家(第46~48作)。所在地は柴又エリアではなく帝釈天から江戸川を約3.5キロ下った北小岩エリア。「とらや」や「朝日印刷所」と気軽に行き来するにはビミョーな距離。

博は鏡に映った自分の姿か?

「寅次郎くんが言うように、あれは私に似て頑固なだけで面白くもおかしくもない人間ですから」(第22作)
と父親の言葉を引用するまでもなく、博は“つまらなさ”のクラスターだ。

しかし「博=つまらないヤツ」と切り捨てる前に一旦、胸に手を当てて我が身を振り返ってみてほしい。博の抱える多くのつまらなさのうち、誰しも2つ3つは思い当たるのではないだろうか?

筆者も先日、浅草の場末の小料理屋で、つい無い物ねだりの愚痴を吐き「あんた、つまんない男ねえ」とママさんにバッサリ切り捨てられたばかりだ(詳細は書けないが、上記4大要因すべてがあてはまり我ながら驚いた)。

そうなのだ。このつまらない博という男こそ、鏡に映った自分の姿だったのだ。

ともあれ誰が博を“つまらないヤツ”と笑えるだろう。会社にも家庭にも夜の街にも、世の中は博であふれ返っている。むしろ現代社会は圧倒的多数の博で成り立っているのだ。

取材・文・写真=瀬戸信保

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柴又・金町エリアには、どこか懐かしい下町手みやげがある。「寅さん」の実家としてもおなじみのお店や風情のある和菓子屋、明治時代から続く飴屋など、あったかい人が暮らす街にはホッと温もりを感じさせる味が根付く。あげる方ももらう方も、自然とにっこりして会話が弾むような一品だ。きっと、隠し味は「人情」だね!

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