シンガポール共和国
マレー半島南端に位置する先進都市国家。国際的な貿易、金融拠点として発展を続けている。日本にはおよそ4000人が住む。永住者や高度な専門職に就いている人、留学生、企業の駐在員とその家族が中心。半数ほどが東京で暮らす。短期滞在の出張者も多い。
文化のミックスこそがシンガポール料理の特徴
ニョニャとは、マレー半島の伝統と、15世紀以降おもに労働者として移り住んできた中国南部の人々の文化とがミックスしたスタイルのこと。
建築様式にもその混淆(こんこう)ぶりがみられるが、なにより「食」が面白い。ニョニャ料理は“マレーの食材・スパイスと、中国の調理法との結婚”なんて表現されることもあるが、文化の混在こそが多民族国家シンガポールの料理のいちばんの特徴だろう。
代表的なものがチリクラブ。「ソースが違うんです」と野村さんが話す通り、自家製のサンバル(インドネシアやマレーシアで使われるチリソース)や発酵したエビのペーストなどからつくり、卵を溶き合わせた甘辛なソースにカニのうまみが溶け込んでいて、なるほどいける。そしてカニもさることながらこのソース、付け合わせの揚げパンと最高に相性がいいのだ。パンのおかわりを頼む人も多いのだとか。
シンガポールといえばバクテーも忘れてはならない。薬膳たっぷりのスペアリブスープで、漢字では「肉骨茶」と書く。この連載の第44回でも紹介しているが、あちらはマレーシア風。『シンガポール・コピティアム』ではシンガポール風と合わせてどちらも提供しているが、両者は色合いからして違うのだ。
バクテー発祥の地とされるマレーシアではもともと、港湾で働く中国系移民たちのスタミナ飯だった。中国醤油とたっぷりの生薬で肉を煮込んだ料理で、黒いスープは見た目も味わいも濃厚だ。確かに精がつきそうである。ところがシンガポールでは、クリアスープが好まれる。白胡椒ベースで、味つけもあっさりしている。
「使う生薬も2種類、違うんです」
その背景には植民地支配の歴史も関わる。18~20世紀まで「イギリス領マラヤ」としてひとつの連邦だったマレーシアとシンガポールだが、次第にシンガポールのほうに中国人でも労働者というより商人が集まってくるようになる。マレー半島の先端にあり、マラッカ海峡の出入り口にあたるこの土地が、貿易に適していたからだ。
彼らはマレーシアとの違いをつけるために、バクテーのレシピに手を加え、独自のシンガポール・スタイルを生み出した。「そこが中国人の食への感性ですよね」と野村さんは言う。
単なるチキンライスではない、コラーゲンたっぷり海南鶏飯
ひとつひとつの料理に移民史が詰まっていて、そこが面白いシンガポールの食文化だが、日本人の野村さんがつくっているのにはワケがある。
「1982年から、シンガポールと行き来していたんですよ」
アパレル関係の仕事でシンガポールに本社を構え、マレーシアのペナン島に工場を持ち、ビジネスを展開していたのだ。現地では多くのコックとも親しくなり、そのつながりもあって86年に麹町に最初のレストランをオープンした。
「まだ日本にシンガポール料理店がなかった時代ですよね」
その頃はシンガポールから呼んだコックに調理を任せていたのだが、野村さんも自ら独学で料理に取り組みはじめた。シンガポール現地の名店を食べ歩き、体で味を学んだ。
とりわけ、いま店の売りのひとつとなっている海南鶏飯は、中国南部・海南島ルーツの移民の子孫が経営する店に「体に匂いがつくほど」通いつめ、研究したそうだ。
「鶏の茹で方がなにより大事なんです。骨付きのままお出してしますが、骨の中まで火が通っていてはいけないし、皮と身の間にちゃんとコラーゲンの層が残るように茹でなければならない」
その絶妙な塩梅こそが、海南鶏飯のキモなのだ。
食べてみて「なるほど!」と思った。ねっちりした食感はコラーゲンならでは。噛みしめるたびにうまみがにじむ。鶏出汁で炊いた飯がまたいける。
この料理、日本でも「シンガポール・チキンライス」という名でよく見るようになったが、野村さんの手がけるものはぜんぜん違うのだ。
シンガポール人も郷愁を覚える味を、日本人がつくっている
シンガポールにはインド系移民も多い。とくに南インドの食文化が浸透しているが、そのひとつフィッシュヘッドカレーもやはりシンガポールのリトル・インディアにある名店「バナナリーフ・アポロ」に何度も足を運び、身につけた味だとか。
こちらは刺激的だ。香辛料をたっぷりと効かせてあってなんともスパイシーだが、その中に鯛のお頭の風味が溶け込んでいて、ご飯にかけるとスプーンが止まらない。辛さの中にしっかりと魚がいる。これはクセになる。
そんな本場の味を求めて、シンガポール駐在の経験者も来れば、日本に住んでいるシンガポール人もやってくる。香港など中国南部出身の客も多いそうだ。
「僕がつくっているのは80~90年代のシンガポールの味。東京でこれが食べられるとは思わなかった、と懐かしがってくれるシンガポール人もいます」
ビジネスを日本でのレストラン経営に絞った野村さんは、2013年にはここ八丁堀に店を移転。いまではご家族で切り盛りしている。
国際貿易都市として急成長するシンガポールはいまも多様な食文化を呑み込み、変化し続けている。
しかし野村さんが守り続けているのは、昔ながらの原点の味なのだ。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年6月号より







