インドネシア共和国
人口2.8億人を誇る東南アジアの地域大国。近年では日本に出稼ぎに来る若者が多い。日本には25万人近くが住み、特定技能、技能実習の労働者が18万人ほどを占める。首都圏を中心に東海、関西などに増加している。平塚のある神奈川県には約1万2000人が暮らす。
近辺で働くインドネシア人もよく訪れる店
介護職として働いているインドネシア人の女性もやはり『チンタ ジャワ カフェ』を推し、
「とくに平塚店ですね」
と言う。店は日本人男性と結婚したインドネシアの女性がたまたま住んでいた平塚で2012年にオープンしたことから始まった。味が評判を呼んで多店舗展開し、いまでは新宿や渋谷にも出店するが、コミュニティーとしての色が濃くおすすめは平塚店だとか。
店を切り盛りするのはジャワ島中部出身で、バリ島でも腕を振るっていたヘルマン・スバスキさん。
「私が入ったのは2015年です」
コックがひとり辞めるから代わりに、と誘われた。別のインドネシア料理店で働いていたヘルマンさんは話を受けて転職し、平塚にやってきた。その時代から平塚近辺で労働者として働くインドネシア人も増えてくる。ヘルマンさんの妻、ライリー・ムスタダさんは思い返す。
「コロナ明けたくらいからかな。介護とか建設現場で働くインドネシア人がよく店にも来るようになりました」
ジャックフルーツのカレー、牛肉のココナツ煮込み
いまではすっかり憩いの場だ。本場さながらの味が評判を呼び、思い思いに過ごすインドネシア人でにぎわう。
インドネシアのワンプレート定食ナシ・チャンプルは有名だけど、そのパダン版を出す店って日本にはあまりないように思う。広大なインドネシアの中でもスマトラ島・パダンは美食の街としても名高いが、その名を冠するナシ・チャンプルを見つけたのでつい頼んでしまった。ふつうのナシ・チャンプルは鶏のから揚げやサテ(串焼き)、ゆで卵などがご飯の周りを彩るが、こちらのパダン版ではまずジャックフルーツと豆腐のカレーを使っている。インドネシアではテンペという大豆を発酵させたブロックのような食品があって揚げ物や炒め物に使われるが、ごく普通の豆腐もポピュラー。しかしジャックフルーツのカレーと合わせるというのは初めてだ。果実の濃厚な甘さが意外にご飯に合う。
そしてナシ・チャンプル・パダンに、絶対に外せないのがルンダンだ。
「ほとんどのお客さんが注文しますね」
とヘルマンさんが言う店の自慢料理だが、つくるのはなかなかにたいへんだ。
「牛肉をココナツミルク、レモングラス、ガランガル(インドネシアのショウガ)、ライムやターメリックの葉、ニンニクやタマネギなどで煮込んで、1時間くらいしたら火を止めて寝かせてまた、煮込んで」
そんな工程を3度ほど繰り返すと、すっかり柔らかくなった肉がココナツとスパイスの風味をまとう。そのコクの深さはまさしく飯泥棒、パダン料理の代表格でナシ・チャンプルにも登場する。僕はこのルンダンに目がないので単品でも頼んでしまった。
さらに蒸し野菜にピーナッツソースをかけたガドガド、サテにもいろいろあるけれど噛み応えたっぷりのカンビン(羊。ヤギ肉のこともある)も頼み、大満足。
シメはウェダン・ウーと言われるスパイス茶だ。これ、シナモンやクローブ、ナツメグなどが枝や葉のまま入っていて、体にとってもいい。しかし見た目がいまいちなので現地では「ゴミ茶」とも呼ばれているそうだが、風邪の引きはじめに効きそうな味わいだ。
納豆を食べれば、日本語がうまくなる?
やがてヘルマンさんとライリーさんの息子エルくんが小学校から帰ってきた。4月から4年生になるそうで、元気いっぱいに店の中をはしゃぎまわる。エルくんは日本で生まれたこともあってインドネシア語よりも日本語が得意だそうだ。ライリーさんがちょっと寂しそうに日本語で話しかける。
「インドネシア語、難しい? ママは日本語が難しいなあ」
学校生活も友達とのやりとりも日本語だから、体には日本語という芯ができてくる。「私が毎日インドネシア語で話しかけてるから、聞くことはできるんだけど、話すのはちょっとね」。
それでも、ここは日本だ。まずは日本語をしっかりと身につけてから、インドネシアの言葉や文化を学んでほしい。それはヘルマンさんの方針でもある。この国で生きていくならば、まずは言葉なのだ。そのあたり、妻のライリーさんにも厳しいのだそうだ。
「結婚して、日本に来たばかりのときです。この人、まだ苦手だった納豆とかお寿司とか私に食べさせて、これ食べると日本語うまくなるよ、日本語を話せないと日本に住めないよって。いまでは納豆も好きですけどね」
そう笑うライリーさんも日本語を上達させて、先日は平塚市の国際交流フェスティバルで実行委員も務めた。店の常連でもある日本語教室のボランティア、竹谷祥子さんに声をかけられたからだ。竹谷さんは言う。
「ここは本当に癒やしの場なんです。ここで知り合ったインドネシア人の友達がたくさんいますよ」
そして日本語教室に誘ったり、地域のイベントに協力してもらったり。ここはインドネシア人と日本人の交流の場でもあるのだ。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年5月号より








