スタートボタンを押すと、「PIKMIN4」の文字が表示される。『ピクミン4』は、小さくて不思議な生きもの「ピクミン」を集めて未知の惑星で遭難した仲間たちを救出しながら、惑星を探索するというゲームだ。ピクミンを集めるのがたのしそうというだけで始めてみたものの、実際には惑星にいる敵をやっつけながら、橋を作ったり、川を渡ったりして、未踏の地を開拓していく必要があり、方向音痴にはとてつもなく難易度が高いことがプレイ中に発覚した。

さっき作った橋の場所に戻りたいのに逆走してしまう。目的地とはまったく違う場所にいる。探索には制限時間があり、日が暮れるまでの間しかいられない。にもかかわらず、目指したい方向と進む方向を一致させるだけで手間取り、あっという間に西陽が差してきてしまう。ゲームの世界に没頭できると思いきや、まるで現実世界のような絶望感といっしょじゃないか、と半ば泣きそうになった。

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先日、新しい仕事の打ち合わせをするために新宿駅へと向かっていたときだった。携帯電話の電池がない。わたしはiPhoneと携帯電話(ガラホ)の二台持ちをしていて、携帯でテザリングすることでiPhoneを使えるようにしている。つまり、インターネットに繋ぐには携帯の電池が不可欠なのだ。待ち合わせ場所の位置を調べようにも、ネットが繋げないと検索もできない。かろうじて乗換案内のアプリでカフェの行き先まで調べた履歴が残っていたので、目印を頼りに待ち合わせのカフェまで向かってみることにした。

案内された西口を出るが、全然近くない。東口店と書かれているのだから、大人しく東口に出たほうが良かったのではないか。一回深呼吸し、東口側へと移動する。ここにみずほ銀行があるということは、この道の奥を入ったところか。初夏にしては強すぎる日差しのせいで、立ち止まった瞬間一気に汗が吹き出す。すぐそばにチェーンのカフェがあったので、そこのWi-Fiを借りて、あらためて住所と現在地を照らし合わせた。違う!!! 全然違った。系列店の別の店舗にいたらしい。待ち合わせ時間をすでに五分近く過ぎていた。絶望。手に滲む冷や汗。正しい位置を再度確認し、お会いする方に謝罪のメールを送り、再度歩き出す。ああ、こんなに近いところにあったのか……。目的地のお店は、所在地さえわかれば駅を出て五分ほどで辿り着ける、比較的わかりやすい場所に位置していた。

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新宿は、わたしにとってこういう街だ。東京に住みはじめて十五年、いくつかのスポットは地図を見なくても辿り着けるようになったが、最初はどこになにがあるのか、どこからどこまで新宿なのか、実態がなかなか摑めなかった。この街にある店の数を数えるのは、お茶碗の中にあるごはん粒を数えるぐらい無謀なことだ。なんでもありすぎるし、同じ店も多すぎる。試しに新宿駅付近のスターバックスの数を調べてみたら、二十店舗以上あった。新宿では、なにかを目印にしようとしても、同じ顔をした目印が複数あるので、その意味がなくなってしまう。

東京に来て五年ほどは、『ピクミン4』のゲームの中と同じく、目的地を目指しているはずなのに駅前まで戻ってきたり、逆走したりして、何度も道の真ん中で途方に暮れた。そして未だ、先日の打ち合わせのように迷うことがある。冗談でも新宿を「庭」だと呼べる日は遠い。

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生活に必要なものはなんでもあるけれど、娯楽的な意味でたのしいものはなんにもない地元から出てきて十数年経ったある日、久しぶりに高校の同級生のあいちゃんと会うことになった。お互いの中間地点のエリアでごはんをしようということで、集まったのが新宿のカジュアルなフレンチレストランだった。一度だけ同じクラスだったけれど、あまり喋ったことのなかったあいちゃん。大人になってじっくり話してみると、当時のイメージとは違うと気づくことがいくつもあって、あらためて友だちになれた気がした。大人になるとときどき、こういう人生のご褒美みたいな日がふいに訪れる。

フレンチにしては量が多く、「量多かったね」と笑いながら二人で店を後にした。なんにもない地元から出てきた二人で、なんでもある新宿の街を歩く。「こうやってまた遊ぼうよ」。お茶碗の中のごはん粒の数ほど店があるこの街でなら、きっとおばあちゃん同士になっても飽き足らず遊びつづけられるだろう。

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文=ひらいめぐみ

茨城県出身。作家、ライター。主な著書に『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)、『おいしいが聞こえる』(ハルキ文庫)など。最新刊『世界味見本帖』(角川春樹事務所)が好評発売中。

まちまち通信

ひらいめぐみさん・中前結花さんが同じ街をテーマに、毎月交互につづっていくリレーエッセイ。

『散歩の達人』2026年7月号より

服好きの友人と、リバーシブルの服の話で盛り上がったことがある。彼は突然、なにかを思い出したかのように「リバーシブルの服って、リバーシブルで着なくないですか?」と尋ねた。そして、「実際、両方を表として着てる人ってあんまりいないんじゃないですかね」と続けて言った。たしかにそうだ。両方着られることがその服の魅力でありながら、リバーシブルの服を両面とも同じ頻度で着る経験はほとんどない。「わかる。なんだかんだ、表側しか着ないよね」わたしは深く同意しながら、頭の中では昔住んでいた街のことを思い浮かべていた。
「夕方」というのが怖かった。それはたとえば、長い影を背負って帰っていく子供たちを見るとき。午後5時の時報。アスファルトを変な色に染め直していくマンゴーの皮みたいな夕焼け。そんな夕暮れ時が、あの頃のわたしには怖くて怖くて仕方なかった。
家出が好きな子どもだった。「家出」といっても、行き先は実家から半径50m以内の、数軒先にある近所の家のそばだ。その家の石垣に隠れながら、家族が迎えにこないかと、石垣の陰からちらちらと実家の窓に目をやっていた。心配して外の様子を見ているんじゃないか、と思ったからだ。しかし、何分経っても誰も来てくれないことがわかると、とぼとぼと自宅へと帰るのがお決まりだった。街の外はおろか、自分の住む地区すら出ていないなら、もはや家出とは呼べないかもしれない。理由はいつもささいなものだったけれど、根底には「早く実家を出てひとり暮らしをしたい」という気持ちが自分の中にいつもあった。
夫と頭を悩ませながら、渋谷や恵比寿のお店をあちらこちらと覗いた。けれども、「1歳の男の子が喜んでくれる贈り物を選ぶ」というのは、子供のいないわたしたちにとって、なかなか難しいことだった。結局、評判のいいおもちゃをネットで購入し、「読んでもらえるといいなあ」と思った絵本と一緒にラッピングを施す。そして数日後、それと手土産を携えて両国駅ににこにこと降り立った。わたしには長く憧れてきた、小さな夢があったのだ。