街が秘めていた意外なポテンシャル

1995年、清澄白河に大きな節目が訪れた。東京都現代美術館の開館である。

「フツウの下町になぜ美術館ができるの?という雰囲気でしたね」そう振り返るのは、老舗呉服店『田巻屋』3代目の田巻雄太郎さん。

だが、美術館の誕生はこの街に新しい種を蒔いた。周辺にはギャラリーやアートスポットが増えていく。もともと界隈は江戸時代から続く水運の拠点で、木材や物資の集積場として倉庫が多く、天井の高い建物が多かった。その環境が展示や制作に適していたのだ。

「高い天井は、後にコーヒーの焙煎機を入れるのにも好都合でした」街の構造そのものが、次の時代を受け入れる器になっていた。

東京都現代美術館。
東京都現代美術館。
江東区北部を横断する小名木川と萬年橋。
江東区北部を横断する小名木川と萬年橋。

半蔵門線開通で一気に人の流れが変わる

半蔵門線が延伸すると、大江戸線開通以上に、人の流れが変わった。清澄庭園や深川江戸資料館、美術館を深川資料館通り商店街が結び、動線が生まれ、タワーマンションも建設された。とはいえ、街並みは劇的には変わらなかった。

「約40ある寺社仏閣の借地が多いので、高い建物は建たないし、物件も小さい。だからチェーン店がほとんどないんです。空が高い、空気が澄んでいると言われるのはそのせいでしょうね」

利便性の向上とともに、美容室や飲食店などの個人店が増加。個性の立った店が集い始めた。

築約100年、清澄庭園脇の旧東京市営店舗向住宅。通称・清澄長屋。リノベし、カフェや小売り店として健在。
築約100年、清澄庭園脇の旧東京市営店舗向住宅。通称・清澄長屋。リノベし、カフェや小売り店として健在。

ブームに先駆けてコーヒーの街になる

清澄白河の名を飛躍的に広めたのは、米・西海岸発「ブルーボトルコーヒー」の日本1号店『ブルーボトルコーヒー 清澄白河フラッグシップカフェ』の開店だろう。銀座でも表参道でもなく、なぜ清澄白河!? 衝撃を与えると同時に、コーヒーの街と印象付けた。

林大樹さんは、2012年にスペシャルティコーヒーの先駆け『The Cream of the Crop Coffee』の立ち上げに携わり、翌年に自身の店『ARiSE COFFEE ROASTERS』を開業した。サードウェーブに代表されるコーヒーブームも、清澄白河では衰えることなく、専門店は増え続けている。

「店は林立していますが、各店の個性は差別化されています。だから巡る楽しみがあるし、外から人がやって来るのです」と林さん。実際、香港から来た若者が2泊3日で一帯の12軒のコーヒー店を回ったという。この街には目的を持った人が目指して来るのだ。

倉庫を焙煎所兼カフェにした『ブルーボトルコーヒー 清澄白河フラッグシップカフェ』(現在、焙煎所は北砂に移転)。
倉庫を焙煎所兼カフェにした『ブルーボトルコーヒー 清澄白河フラッグシップカフェ』(現在、焙煎所は北砂に移転)。

個性的な個人店が街にたわわに実る

2015年、もう一つ象徴的な店が誕生した。関谷理化株式会社が、理化学ガラス職人の新しい仕事を創るべく開店した『リカシツ』だ。社長の関谷幸樹さんは語る。

「美術館があることで、アート好きな人が実験器具のフォルムに興味を持つのではとこの地を選びました。ブルーボトルができて、ドリッパーの受け皿としての耐熱ガラスの需要にも期待しました」

取っ手付きビーカーという新商品を誕生させ、家庭用小型蒸留器は年間500台を売り上げる定番商品に成長。2023年には、クラフトジンを造る『深川蒸留所』を開設した。ラベルには地元の水かけ祭りの写真を使用。メインボタニカルには、材木問屋が並んでいた歴史にちなみ青森ヒバを選んだ。

深川らしさを込めた“ネオ地酒”は、地元の酒屋や飲食店で出合える。変化は店だけではない。商店街では「かかしコンクール」や、門前仲町・清澄白河・森下・豊洲を巻き込む「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」といった地域イベントも開催されるように。

何もないといわれた下町には、植物の成長になぞらえるような街の成熟を受け入れる素地があった。

下町の粋をまとう商店街のランドマーク『田巻屋』

3代続く老舗呉服店。着物の誂(あつら)えから和装小物まで幅広く扱う。祭りや行事の装いも扱い、下町の暮らしとともに歩んできた。日本らしいお土産も取り揃え、週末などはお客の8割が外国人という日も。オリジナルアイヌ文様をあしらったデニム着物にも注目。

住所:東京都江東区三好2-13-3/営業時間:10:00~18:30/定休日:水/アクセス:地下鉄半蔵門線・大江戸線清澄白河駅から徒歩3分

“サイアム”ウェーブのコーヒー豆で魅せる『ARiSE COFFEE ROASTERS』

「コーヒー界で下に見られているような地域で、驚くほどいい豆が出るのが面白くて」とタイやベトナムなど東南アジア産中心のコーヒー豆を自家焙煎。約18種が並ぶ。雑味のないクリアな味わいで、国内外のファンを引き付ける。1杯500円~。豆の購入も可能。

職人の手仕事とアートの感覚が融合『リカシツ』

職人手製のガラス製品は、花器や食器、照明として活用する楽しさがある。
職人手製のガラス製品は、花器や食器、照明として活用する楽しさがある。
2階ではワークショップを開催。
2階ではワークショップを開催。
関谷社長と店長・リカさん。
関谷社長と店長・リカさん。

ビーカーや試験管などの実験器具を、日常使いの道具として提案。理科の授業を思い出し「懐かし~」の声が上がることも。職人手製のガラス製品は、花器や食器、照明として活用する楽しさがある。2階ではワークショップを開催。写真は、関谷社長と店長・リカさん。

住所:東京都江東区平野1-9-7 fukadaso102/営業時間:13:00~17:00/定休日:不定(公式ホームページより要確認)/アクセス:地下鉄大江戸線・半蔵門線清澄白河駅から徒歩5分

清澄白河のこれまで

1924年11月
『田巻屋』 創業
1995年3月
「東京都現代美術館」 オープン
2000年12月
都営地下鉄大江戸線清澄白河駅 開業
2003年3月
東京メトロ半蔵門線清澄白河駅 開業(乗換駅化)
2013年9月
『ARiSE COFFEE ROASTERS』 オープン
2015年2月
『ブルーボトルコーヒー』 日本1号店オープン
2015年4月
『リカシツ』 オープン
2019年3月
「東京都現代美術館」 リニューアルオープン
2020年11月
「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」 初開催
2023年3月
『深川蒸留所』 オープン

取材・文=沼 由美子 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2026年4月号より