それは、「家族ぐるみで仲良くする」ということ。いつかもし自分が結婚をする……なんてことがあったなら。気の合う友と互いのパートナーで集まり、たまに食事なんてできたらいいなあ。たのしく話したり、どこかへ出かけられたらいいなあ。そんなささやかな願望があった。たまたま付き合いの長い先輩にそんな話をしたところ、「じゃあ、夫婦でうちにおいでよ」と誘ってもらうことができた。わたしの胸はぴょんと弾む。嬉しかった。突然叶うことになったのだ。もっと先輩を知ることができる、それもやっぱりわたしにはすごくすごく嬉しいことだった。
久々に降り立った駅。改札を抜けて地図通りに歩くと、マンションの1階で旦那さんが待っていてくれた。部屋にたどり着くまでの通路からは街が一望できて、「すごい見晴らし……」と思わず声を漏らしてしまう。「いえいえ」と旦那さんはかぶりを振るけれど、わたしははじめて両国国技館を見下ろした。エメラルド色の屋根なんて、なんだか宮殿みたいだ。「お邪魔します」そーっと扉を開けば、ミートソースの匂いが漂ってくる。一緒に食事ができるんだ。もうほとんど夢が叶ってしまったような、そんな気分だった。「全部買ってきたものなんだけどね」なんて先輩は笑い、4人でイタリアンをいただくことになった。坊やは寝室で眠っているという。
食事中、先輩は坊やの保育園の話、食事管理の話、そしていずれ通わせたい習い事の話なんかをしてくれた。やがて坊やが起きてくると、今度はテレビで幼児番組を映しながら、流れてくる曲を一緒に歌う。わたしと夫には「ためになった」という育児書を「読んで!」とそれぞれに手渡した。開けば、月齢ごとの悩み対策や、自主性を促すことの大切さなんかが語られている。旦那さんは黙ったまま、坊やを膝の上に座らせていた。そして先輩がテレビを見たまま言うのだ。
「ゆかちゃんも早く産みなよ。なんで産まないの?」
「今の時代、お金さえあれば産める。産めない人なんていないよ」
わたしはグラスに口をつけながら、なんだかぎゅうっと喉の辺りがつかえて、なんと返事をしたものか言葉が見つからなかった。どうしてもどうしてもそれが叶わずに悩んでいる友の顔が数人浮かぶ。そして、わたしたち夫婦はいろんな事情の中で、まだ悩んでいる最中だった。
「長居しては悪いから」と早めにお暇することにした。先輩はテレビから流れる曲を口ずさみながら、「またね!」と手を振ってくれる。おもちゃと絵本は、最後までラッピングに包まれたままだった。
帰り道、わたしたちは『亀戸ぎょうざ』に寄ることにした。さっき食事は済ませたはずなのに、数分の行列に並び、白い暖簾をくぐる。ここは両国店。本店ではないものの、本店よりメニューが豊富で人気だという。けれどもわたしたちは、ビールをジョッキで飲みながら、餃子だけを食べ続けた。甘味と旨みがあってシャキシャキとおいしい。1皿に5つ入っていて、「おかわり?」と店員さんに促されるまま、ついつい食べ続けてしまう。本当にあれこそまさに「延々」だった。瞬く間に皿は積み上がり、もう12皿。それでも食べるのをやめなかった。なぜだろう。ビールのおかわりも止まらない。
先輩とは仕事のことで語り明かした夜があった。「ああしたいね」「実現したいね」と夢中でラーメンをすすった夜。恋の終わりに涙する先輩の背中をさすったり、互いの将来を大いに語ったり。何時間だって話せる、大事な大事な「友」のような先輩だった。いつだって「味方だから!」と口にしてくれる、拠り所だった。そんなふうに積み重ねてきた日々。今も、そんなあたたかさはきっとそのままで。置いていかれているのはわたしのほうで。そう思うことにした。必要に応じて、なんだって移ろい行く。それは自然で尊いこと。当たり前のこと。
もうすぐ先輩は引っ越してこの街を出る。新しい家にもお邪魔することは、はたしてあるんだろうか。
「腹ごなしにちょっと両国をぶらぶらして帰ろう」と夫が言う。気づけば、窓の外は真っ暗だ。「そうしよう」と頷く。まだまだ餃子を箸で掴みながら。わたしは夢中で。とにかく夢中で餃子をじゅるりと口の中へ放り込み続けた。生ぬるい涙を我慢して、途切れないようずっとずっと頬張り続けた。秋の夜のことだった。
文=中前結花
エッセイスト。兵庫県生まれ。現在は東京で活動中。著書に『好きよ、トウモロコシ。』『ミシンは触らないの』(共にhayaoki books)。最新刊『ドロップぽろぽろ』(講談社)が好評発売中。
まちまち通信
ひらいめぐみさん・中前結花さんが同じ街をテーマに、毎月交互につづっていくリレーエッセイ。
『散歩の達人』2026年6月号より






