まったりのんびり、独立独歩な人々がつくる街の魔力にハマる

西荻窪には駅前にそびえる高い建物がない。駅ビルもない。

「西荻ぐらいなものです」と教えてくれたのは『どんぐり舎(や)』の河野三郎さんだ。陸軍や国鉄関係者、芸術家たちが屋敷を構えて以来、ハイカラで質のいい商店や飲食店が軒を連ねた。『駱駝(らくだ)』の山本利幸さんいわく「客筋のいいまち」。それゆえ、自然発生的にアンティーク店が集まり、「骨董通り」と名が付くほど90年代は骨董のまちと謳われた。

『どんぐり舎』のピザトーストセット1050円、ハムチーズマフィンセット900円。
『どんぐり舎』のピザトーストセット1050円、ハムチーズマフィンセット900円。
国産ライトの笠を探すなら『駱駝』へ。
国産ライトの笠を探すなら『駱駝』へ。

「人通りは吉祥寺の10分の1。店を始めた頃、『無相創』(下北沢に移転)の店主に“西荻は人が来ないからやめた方がいい。でも10年やれたらどこでもやれるよ”と言われました」と話すのは『FALL』の三品輝起(みしなてるおき)さんだ。

彼に言わせると西荻は「見えないコア」があり、独特の雰囲気をまとっているという。ヒッピーの流れを汲む『ほびっと村』に有機・自然派の八百屋、レストラン、書店があるし、ありとあらゆる宗教、政治的思想の人が普段着で闊歩。「ヘンな人がいっぱい集まる」と目尻を下げながら「買うことなく話だけしに来る人もいて、それも面白いところ。西荻だからなんとか続けてこられました」と柔和に笑う。

『古書音羽館』をはじめ、古書店の街としても長年知られてきた。
『古書音羽館』をはじめ、古書店の街としても長年知られてきた。
『FALL』では用途不明の雑貨にも魅了される。
『FALL』では用途不明の雑貨にも魅了される。

ゆるやかな人付き合いや茶飲み話から新しい文化も芽生えてきた。その最たるものが、2009年にスタートした「西荻茶散歩(チャサンポー)」だ。実行委員長の『HATOBA & SUTOA』の國時誠さんは「イベントを重ねるうちに、大きなヤカンを使ってくださいとくださる方も現れました」と頬をゆるめる。

ピーク時には100店舗が参加する盛況ぶりだったが、コロナ禍を経て世界が変わり、「お客さんの目的が変わってきているように感じます」。モノはネットで買う時代。店主との茶飲み話や珍品名品の物色よりは、行きたい店を独自に探して回るようになったとか。とはいえ、チャサンポーは米子や豪徳寺などと全国5カ所で同日開催し、「今後は各地と交流できるようになれたら」と目を輝かせる。

『酒房 高井』の高井夫妻も「西荻の人は独立独歩で、街一丸の催しはできない性質。チャサンポーのような、のんびりまったりしたイベントがちょうどいい」と笑顔を向ける。

駅南に延びる乙女ロードはグルメロード。休日の昼どきはこの人通り。
駅南に延びる乙女ロードはグルメロード。休日の昼どきはこの人通り。

2010年代になると、西荻は新たなフェーズに入った。乙女ロードを中心に多種多様な人気店が揃う一大グルメタウンに。

「乙女ロードのパワーに育ててもらいました」と話すのは『CICLO』の菊地得郎(のりお)さんだ。最初の店舗は90年続いたそば屋の居抜き。「引退したおじいちゃんの、店に求められることは、時代で変化するもの。対応しながら続けてきたって話に感銘を受けちゃって」と、店の記憶を残そうと決意。木造の味のある柱を残し、そば屋で長年使われた白い皿を譲り受けた。取り壊しが決まり、移転した現店舗も、物件の歴史に思いを馳せて自ら改装し、客と昔話が弾むことも。西荻DNAは、住民を介して年輪のように刻まれているようだ。

オープンな『CICLO』の外観。
オープンな『CICLO』の外観。

一方、北銀座通りの拡幅計画が進行中で、住民たちは気を揉んでいる。区画に店が立つ國時さんは「もうしばらくはやれそう」と期待を寄せつつ、隣近所が消え、見晴らしだけよくなってしまったと哀愁を漂わせる。“西荻らしさ”はひとえに住民の西荻精神のなせる技。その気風が未来をもつくっていくのだ。

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西荻といえば……アンティーク

80年代より店が増え「アーバンアンティークス」など9軒で「西荻窪 アンティークマップ」を1984年に初発行。通称「骨董通り」を中心に西洋骨董、和家具、照明、古道具などピーク時は70軒もの専門店が連なった。2000年代より骨董に加え陶芸やデザイン系など、新たな流れも。毎年4・10月の第2土に「西荻窪骨董好きまつり」を開催。

修繕のみならず、手作り建具も製作『駱駝』

山本さんが岐阜県高山市の木工芸工房とタッグを組んだ建具が優美だ。
山本さんが岐阜県高山市の木工芸工房とタッグを組んだ建具が優美だ。
切り子やガラス製コップも見つかる。
切り子やガラス製コップも見つかる。

骨董通りで1985年より営む店主の山本利幸さんは「西荻窪 古本とアンティークマップ」の発行、「西荻窪骨董好きまつり」を主催。大正〜昭和初期の和ガラスの照明が豊富で、和家具の修繕、ガラス職人の技を駆使した模様入りすりガラスの復刻、木枠とステンドグラスが粋でレトロな建具も製作。民家・店舗の内装も手掛ける。

住所:東京都杉並区西荻北4-35-8/営業時間:11:00ごろ~19:00ごろ(来店前、電話確認推奨)/定休日:水/アクセス:JR中央線西荻窪駅から徒歩11分

西荻といえば……喫茶店

『物豆奇』『どんぐり舎』『それいゆ』「ダンテ」(2021年閉店)など、70年代以降、喫茶店が西荻の欠かせぬ文化に。「POT」の跡地には、閉店した喫茶店の家具や道具を販売する『村田商會』が誕生し、その文化は受け継がれている。さらに、『松庵文庫』『JUHA』『Satēn 』など、2010年代以降は独自路線のカフェが急増している。

扉の向こうで待つ変わらぬ風情と味『どんぐり舎』

現在は河野さんが甥と営んでいる。
現在は河野さんが甥と営んでいる。
耐震工事で2024年11月に外観だけリニューアル。
耐震工事で2024年11月に外観だけリニューアル。
アーチ窓のある一角は人気の席。週2回、河野さんが焙煎するコーヒーの味を求める人が絶えない。
アーチ窓のある一角は人気の席。週2回、河野さんが焙煎するコーヒーの味を求める人が絶えない。

1974年より路地で営む店が、外観をリニューアル。外壁を覆う枝葉は消えたが、店内は、店主の河野三郎さんの兄と母が始めた創業当初のまま。温かみのあるランプや木製家具が落ち着いた風情を醸し、自家焙煎のほろ苦ブレンド600円に目を細める人の姿は変わらない。マフィンやトーストなどの軽食は、小腹を満たすのに最適だ。

住所:東京都杉並区西荻北3-30-1/営業時間:10:00~20:30LO/定休日:水/アクセス:JR中央線西荻窪駅から徒歩2分

西荻といえば……個性派雑貨

アンティーク・古道具に続いて、2000年代より雑貨店が急増。2005 年開店の『FALL 』を皮切りに、『雑貨食堂 六貨』などが加わり、2010年代以降は『HATOBA & SUTOA(当時はSTORE)』などのデザイナーが手作りするスグレもの、フランス雑貨『Boîte』や北欧雑貨『Mies』などの世界各国の雑貨も幅を利かせて多様化し、小誌の西荻特集でも雑貨企画が定番化。

築80年の空間に揃う風変わりなモノたち『FALL』

工藤さんの陶器のほか、FALLハーブティーも評判。
工藤さんの陶器のほか、FALLハーブティーも評判。
三品さんは執筆家や音楽家としての一面も。
三品さんは執筆家や音楽家としての一面も。

西荻北の路地で開店し、2015年に伏見通りに移転した現在は、元美容室の木張りの内装を生かした空間に希有な雑貨を揃える。創業時から棚を陣取るのは、実験音楽バンドでも活動する工藤冬里さんの陶器。「口から流血しそうな縁だったり、水漏れもありますが、めげずに8月に個展をやります」と店主の三品輝起さん。

住所:東京都杉並区西荻北3-13-15/営業時間:13:00~19:00/定休日:月・火/アクセス:JR中央線西荻窪駅北口から徒歩3分

西荻といえば……地元愛

「西荻窪アンティークマップ」「西荻丼」西荻案内所発行「西荻まち歩きマップ」など地元愛がさく裂するマップやフリーペーパーが多い。また、2009年からマップを手に回遊する「西荻茶散歩」も始まった。さらに2021年、カフェや地域コミュニティーの場を設けた『西荻のことビル』が発進。西荻プレーヤーをサポートしている。

近年は地元出身の目黒雅也氏による『西荻さんぽ』『西荻ごはん』が『今野書店』で大ヒット。
近年は地元出身の目黒雅也氏による『西荻さんぽ』『西荻ごはん』が『今野書店』で大ヒット。
駅南口アーケードのアイドル・ピンクの象はハリボテから2018年に代替わりした3代目。
駅南口アーケードのアイドル・ピンクの象はハリボテから2018年に代替わりした3代目。

ポップな心地になる服&ギャラリー『HATOBA & SUTOA』

『SUTOA』のコットン製ボーダーカーディガンを着こなす國時さん。
『SUTOA』のコットン製ボーダーカーディガンを着こなす國時さん。
2016年から2階で『HATOBA』を開始。木の梁(はり)と白壁の空間に自然光が差し、作品が映える。
2016年から2階で『HATOBA』を開始。木の梁(はり)と白壁の空間に自然光が差し、作品が映える。

「西荻茶散歩」の実行委員長を務める國時誠さんは、服屋とギャラリーを運営。1階『SUTOA』は、100色以上の生地を職人が縫い合わせたボーダーTシャツやカーディガンがポップ&キュートだ。また、2階の『HATOBA』は年間約12本の作家の企画展を催すギャラリーで、イラストレーション、クラフト、アートなど、ラインアップも楽しみ。いいモノにめぐり合いたい。

住所:東京都杉並区西荻北5-7-19/営業時間:11:00~18:00/定休日:月・火(HATOBAは展示会期中のみ営業)/アクセス:JR中央線西荻窪駅北口から徒歩7分
住所:東京都杉並区西荻北5-7-19 2F/営業時間:11:00~18:00/定休日:月・火(2020年より火・水)/アクセス:JR中央線西荻窪駅から徒歩7分

西荻といえば……グルメ天国

タンメンの名店『はつね』から入る柳小路は、ネオンがきらめく異国情緒あふれる横丁だ。
タンメンの名店『はつね』から入る柳小路は、ネオンがきらめく異国情緒あふれる横丁だ。

街の顔は駅南北に構える『やきとり 戎』だが、『酒房 高井』『田毎』など、長く地元で愛される名酒場が多い。2000年代に入ると柳小路の『ハンサム食堂』『ミルチ』や『焼とり よね田』が登場し、横丁を盛り上げている。乙女ロードには『caféオーケストラ』『SPOON』『フェンネル』などのカレー屋からラーメン『麺尊RAGE』、定食『湯気』など人気実力店が林立し、昼どきは大行列。さらに、『organ』『CICLO』を筆頭に、小粋なワインビストロも目白押しだ。

ゆるゆる味わい心から温まるいぶし銀酒場『酒房 高井』

新ジャガ豚バラ煮800円、牛肉春雨700円、「大七」純米生酛750円。随時替わる日本酒は、地元『三ツ矢酒店』からの仕入れを貫いている。
新ジャガ豚バラ煮800円、牛肉春雨700円、「大七」純米生酛750円。随時替わる日本酒は、地元『三ツ矢酒店』からの仕入れを貫いている。
名物大将の高井さんは御年80才。
名物大将の高井さんは御年80才。

駅南で人気を博した「はるばる亭」を経て、「常連さんの伝手で」北側の路地に2003年に開店。大将の高井良二さんの人柄、妻の幹子(もとこ)さんの朗らかさに釣られ、開店直後からなじみ客が続々と集い、カウンターは瞬く間に満席になる。名物は新ジャガ豚バラ煮。こっくりとタレが絡んだねっとりとしたジャガイモが、燗酒を呼ぶ。

住所:東京都杉並区西荻北3-31-6 西荻ハウス/営業時間:18:00~22:30/定休日:月・木/アクセス:JR中央線西荻窪駅から徒歩3分

季節を表現した料理とワイン『CICLO(チクロ)』

黒毛和牛イチボのグリリア4600円、イタリア式菜の花と卵のスープ1700円、グラスワイン1200円~。
黒毛和牛イチボのグリリア4600円、イタリア式菜の花と卵のスープ1700円、グラスワイン1200円~。
「席があるときは張り紙でお知らせしています」と菊地さん(奥左)。
「席があるときは張り紙でお知らせしています」と菊地さん(奥左)。

2016年開業の繁盛店が、2024年に線路沿いへ移転。一人客も家族連れも魅了し続けている。オーナーシェフの菊地得郎さんは、イタリア各地の料理を旬の食材で柔軟にアレンジ。シンプルな料理を信条とし、香りや歯触りをくっきりと際立たせる。ナチュールを軸にしたワインと味わえば、舌の上で広がる香味に恍惚(こうこつ)。

取材・文=林 さゆり 撮影=金子怜史 井原淳一(HATOBA & SUTOA)
散歩の達人2026年4月号より