まったりのんびり、独立独歩な人々がつくる街の魔力にハマる
西荻窪には駅前にそびえる高い建物がない。駅ビルもない。
「西荻ぐらいなものです」と教えてくれたのは『どんぐり舎(や)』の河野三郎さんだ。陸軍や国鉄関係者、芸術家たちが屋敷を構えて以来、ハイカラで質のいい商店や飲食店が軒を連ねた。『駱駝(らくだ)』の山本利幸さんいわく「客筋のいいまち」。それゆえ、自然発生的にアンティーク店が集まり、「骨董通り」と名が付くほど90年代は骨董のまちと謳われた。
「人通りは吉祥寺の10分の1。店を始めた頃、『無相創』(下北沢に移転)の店主に“西荻は人が来ないからやめた方がいい。でも10年やれたらどこでもやれるよ”と言われました」と話すのは『FALL』の三品輝起(みしなてるおき)さんだ。
彼に言わせると西荻は「見えないコア」があり、独特の雰囲気をまとっているという。ヒッピーの流れを汲む『ほびっと村』に有機・自然派の八百屋、レストラン、書店があるし、ありとあらゆる宗教、政治的思想の人が普段着で闊歩。「ヘンな人がいっぱい集まる」と目尻を下げながら「買うことなく話だけしに来る人もいて、それも面白いところ。西荻だからなんとか続けてこられました」と柔和に笑う。
ゆるやかな人付き合いや茶飲み話から新しい文化も芽生えてきた。その最たるものが、2009年にスタートした「西荻茶散歩(チャサンポー)」だ。実行委員長の『HATOBA & SUTOA』の國時誠さんは「イベントを重ねるうちに、大きなヤカンを使ってくださいとくださる方も現れました」と頬をゆるめる。
ピーク時には100店舗が参加する盛況ぶりだったが、コロナ禍を経て世界が変わり、「お客さんの目的が変わってきているように感じます」。モノはネットで買う時代。店主との茶飲み話や珍品名品の物色よりは、行きたい店を独自に探して回るようになったとか。とはいえ、チャサンポーは米子や豪徳寺などと全国5カ所で同日開催し、「今後は各地と交流できるようになれたら」と目を輝かせる。
『酒房 高井』の高井夫妻も「西荻の人は独立独歩で、街一丸の催しはできない性質。チャサンポーのような、のんびりまったりしたイベントがちょうどいい」と笑顔を向ける。
2010年代になると、西荻は新たなフェーズに入った。乙女ロードを中心に多種多様な人気店が揃う一大グルメタウンに。
「乙女ロードのパワーに育ててもらいました」と話すのは『CICLO』の菊地得郎(のりお)さんだ。最初の店舗は90年続いたそば屋の居抜き。「引退したおじいちゃんの、店に求められることは、時代で変化するもの。対応しながら続けてきたって話に感銘を受けちゃって」と、店の記憶を残そうと決意。木造の味のある柱を残し、そば屋で長年使われた白い皿を譲り受けた。取り壊しが決まり、移転した現店舗も、物件の歴史に思いを馳せて自ら改装し、客と昔話が弾むことも。西荻DNAは、住民を介して年輪のように刻まれているようだ。
一方、北銀座通りの拡幅計画が進行中で、住民たちは気を揉んでいる。区画に店が立つ國時さんは「もうしばらくはやれそう」と期待を寄せつつ、隣近所が消え、見晴らしだけよくなってしまったと哀愁を漂わせる。“西荻らしさ”はひとえに住民の西荻精神のなせる技。その気風が未来をもつくっていくのだ。
西荻といえば……アンティーク
80年代より店が増え「アーバンアンティークス」など9軒で「西荻窪 アンティークマップ」を1984年に初発行。通称「骨董通り」を中心に西洋骨董、和家具、照明、古道具などピーク時は70軒もの専門店が連なった。2000年代より骨董に加え陶芸やデザイン系など、新たな流れも。毎年4・10月の第2土に「西荻窪骨董好きまつり」を開催。
修繕のみならず、手作り建具も製作『駱駝』
骨董通りで1985年より営む店主の山本利幸さんは「西荻窪 古本とアンティークマップ」の発行、「西荻窪骨董好きまつり」を主催。大正〜昭和初期の和ガラスの照明が豊富で、和家具の修繕、ガラス職人の技を駆使した模様入りすりガラスの復刻、木枠とステンドグラスが粋でレトロな建具も製作。民家・店舗の内装も手掛ける。
西荻といえば……喫茶店
『物豆奇』『どんぐり舎』『それいゆ』「ダンテ」(2021年閉店)など、70年代以降、喫茶店が西荻の欠かせぬ文化に。「POT」の跡地には、閉店した喫茶店の家具や道具を販売する『村田商會』が誕生し、その文化は受け継がれている。さらに、『松庵文庫』『JUHA』『Satēn 』など、2010年代以降は独自路線のカフェが急増している。
扉の向こうで待つ変わらぬ風情と味『どんぐり舎』
1974年より路地で営む店が、外観をリニューアル。外壁を覆う枝葉は消えたが、店内は、店主の河野三郎さんの兄と母が始めた創業当初のまま。温かみのあるランプや木製家具が落ち着いた風情を醸し、自家焙煎のほろ苦ブレンド600円に目を細める人の姿は変わらない。マフィンやトーストなどの軽食は、小腹を満たすのに最適だ。
西荻といえば……個性派雑貨
アンティーク・古道具に続いて、2000年代より雑貨店が急増。2005 年開店の『FALL 』を皮切りに、『雑貨食堂 六貨』などが加わり、2010年代以降は『HATOBA & SUTOA(当時はSTORE)』などのデザイナーが手作りするスグレもの、フランス雑貨『Boîte』や北欧雑貨『Mies』などの世界各国の雑貨も幅を利かせて多様化し、小誌の西荻特集でも雑貨企画が定番化。
築80年の空間に揃う風変わりなモノたち『FALL』
西荻北の路地で開店し、2015年に伏見通りに移転した現在は、元美容室の木張りの内装を生かした空間に希有な雑貨を揃える。創業時から棚を陣取るのは、実験音楽バンドでも活動する工藤冬里さんの陶器。「口から流血しそうな縁だったり、水漏れもありますが、めげずに8月に個展をやります」と店主の三品輝起さん。
西荻といえば……地元愛
「西荻窪アンティークマップ」「西荻丼」西荻案内所発行「西荻まち歩きマップ」など地元愛がさく裂するマップやフリーペーパーが多い。また、2009年からマップを手に回遊する「西荻茶散歩」も始まった。さらに2021年、カフェや地域コミュニティーの場を設けた『西荻のことビル』が発進。西荻プレーヤーをサポートしている。
ポップな心地になる服&ギャラリー『HATOBA & SUTOA』
「西荻茶散歩」の実行委員長を務める國時誠さんは、服屋とギャラリーを運営。1階『SUTOA』は、100色以上の生地を職人が縫い合わせたボーダーTシャツやカーディガンがポップ&キュートだ。また、2階の『HATOBA』は年間約12本の作家の企画展を催すギャラリーで、イラストレーション、クラフト、アートなど、ラインアップも楽しみ。いいモノにめぐり合いたい。
西荻といえば……グルメ天国
街の顔は駅南北に構える『やきとり 戎』だが、『酒房 高井』『田毎』など、長く地元で愛される名酒場が多い。2000年代に入ると柳小路の『ハンサム食堂』『ミルチ』や『焼とり よね田』が登場し、横丁を盛り上げている。乙女ロードには『caféオーケストラ』『SPOON』『フェンネル』などのカレー屋からラーメン『麺尊RAGE』、定食『湯気』など人気実力店が林立し、昼どきは大行列。さらに、『organ』『CICLO』を筆頭に、小粋なワインビストロも目白押しだ。
ゆるゆる味わい心から温まるいぶし銀酒場『酒房 高井』
駅南で人気を博した「はるばる亭」を経て、「常連さんの伝手で」北側の路地に2003年に開店。大将の高井良二さんの人柄、妻の幹子(もとこ)さんの朗らかさに釣られ、開店直後からなじみ客が続々と集い、カウンターは瞬く間に満席になる。名物は新ジャガ豚バラ煮。こっくりとタレが絡んだねっとりとしたジャガイモが、燗酒を呼ぶ。
季節を表現した料理とワイン『CICLO(チクロ)』
2016年開業の繁盛店が、2024年に線路沿いへ移転。一人客も家族連れも魅了し続けている。オーナーシェフの菊地得郎さんは、イタリア各地の料理を旬の食材で柔軟にアレンジ。シンプルな料理を信条とし、香りや歯触りをくっきりと際立たせる。ナチュールを軸にしたワインと味わえば、舌の上で広がる香味に恍惚(こうこつ)。
取材・文=林 さゆり 撮影=金子怜史 井原淳一(HATOBA & SUTOA)
散歩の達人2026年4月号より







