能町みね子
コラムを書いたり漫画を描いたり。『散歩の達人』にて、地図で見つけた気になる場所を訪れて実踏レビューする「ほじくりストリートビュー」連載中。仕事の合間に地図を見て、行きたい場所を夢想することが好き。
長屋も極細道も、全部あの頃のまま。旧麻布宮村町(現・元麻布2丁目周辺)
ただ私が地図上で気になる路地や街角を見つけて歩くという本誌連載「ほじくりストリートビュー」をつづけて約12年半。過去に取り上げた場所から、特にお気に入りの2つを再訪してみます。
これらは両方とも港区にあり、この連載をする前から趣味で何度か訪問して定期観察しているほどに気に入っている場所。そして、くしくも、片方は12年半の時を経ても奇跡的なほど変わらず、もう片方は跡形もなく変わってしまった場所なのだ。
私はこの2か所を、昭和中期までの旧町名で呼んでいる。変わらなかったほうは「麻布宮村町」。跡形もなくなったほうは「麻布我善坊町」。
麻布宮村町をレポートしたのは2013年11月号。当時、「窪地にぎっしりと、二階建ての家々が完全に密着して立っている」と書いているが、その様子は全くと言っていいほど変わらない。周りを高級低層マンションに囲まれながら、長屋や木造の小さな家屋がそこだけにぎっしりと並んでいる。
一角を歩いている間にも、その長屋の一つから80代くらいの“港区女子”が顔を出し、買い物カートを押しながら麻布十番のほうへ細道をゆっくりと歩いて行った。
近隣の寺院・本光寺の敷地に当たるようで、土地が簡単に売られづらいという事情もあるらしい。連載時には「(区画内の)長屋の一軒が売りに出てました。(略)1980万!」と書いているけれど、この価格だけはさすがに今変わっただろうか。売りに出されることもないかなあ。
旧麻布宮村町(現・元麻布2丁目周辺)の30年前
旧麻布宮村町(現・元麻布2丁目周辺)の現在
跡形もなく失われた麻布台の街。旧麻布我善坊町(現・麻布台1丁目周辺)
場所を移って、麻布我善坊町をレポートしたのは17年9月号。同様に谷底の路地だったけれど、「麻布台1丁目1の1」という良い番地にあるかなり古い木造平屋をのぞけば家々は特に小さくはなく、「シャトレ麻布」「麻布センチュリーマンション」「麻布中央マンション」など味のある昭和のビンテージマンション群も並んでいた。木造平屋の前は左に曲がる急坂で、ここには「我善坊谷坂」という名前があり、歴史を感じる一角でもあった。
しかし、取材の時点で「ほとんどの住民が立ち退かされ、あらゆる建物に『立入厳禁。巡回警備実施中。森ビル(株)』という掲示がお札のように貼られたまま10年近く放置」と記している。この一帯は、20年近くの間、取り壊される計画がありながら長く放置されていたのだ。
現在の「麻布台ヒルズ」の開発が始まってみればあっという間で、建物はおろか、道の引き方も完全にリセットされ、土地の高低差すらかなりいじられたほか、「麻布台1丁目1の1」が示す位置までが変わっている。
ここに思い入れのある私は、当時の記事でも露骨に怒りを込めて「道も区画も何もかも、跡形もなく徹頭徹尾つぶされ尽くすようです」と書いていたのだが、本当に当時の街並みの痕跡が徹頭徹尾何もなくなってしまった。以前の地図を元に、古い木造平屋や、かつては私が住みたいとまで思っていた「シャトレ麻布」の跡地らしき場所に行ってみるも、あまりにも何の手がかりもなく、その位置すらはっきりとは分からない。「我善坊谷坂」も、道そのものがない。茫然としてしまった……。
東京に生きるということは、日々、街が激しく変化していくのを受け入れて生きるということでもあると思う。思うが。思うけれども。
せめて、坂道くらいは残してくれませんか(泣)。
旧麻布我善坊町(現・麻布台1丁目周辺)の30年前
旧麻布我善坊町(現・麻布台1丁目周辺)の現在
取材・文=能町みね子 撮影=鈴木奈保子
散歩の達人2026年4月号より







