板橋区蓮根(はすね)の公園に現れる、大人も子供も集まるやさしい場
都営三田線の蓮根駅と西台駅の間、細長い公園を歩いていくと……。芳ばしい香りと、「いもこ〜のやきいも〜あっさ〜みぃ〜や〜」という、ほんわかかわいらしい音楽。リヤカーの上に大きな壺を載せ、赤いベレー帽と割烹着姿の『壺やきいものいもかちゃん』のいもかちゃんがいる。
「しっとり系の紅はるかと安納芋、ほくほく系の紅あずまがあります。今日は小ぶりが多いけど何個にしましょうか」。一人ひとりの好みを聞きながら、一緒に選んでいく。
ご近所の親子やSNSを見て遠くから買いにくる人、通りがかりにのぞいていく人と、お客さんが途切れることなく列になっていく。数年前には赤ちゃんだった子に「大きくなったね」といもかちゃんが声をかけたり、お札をにぎりしめ「これで買える分だけください」と買いにくるちびっ子がいたり、集まる約束があるから手土産にと買っていく人がいたり。
たくさん焼いていても売り切れてしまい、焼けるまで待つこともある。待ち時間に子供たちは公園で走り回り、母たちは話に花を咲かせている。その間にも、近くの小学校から下校途中の小学生には「ランドセル置いたらね!」と声をかけていて、とてもにぎやか。
1人で全ての対応をしているいもかちゃんのとなりで、さつまいもを運んだり、炭をくべたり、重さを計ったりと、手伝ってくれている小学生がいることに気がつく。
「ずっといる子がいたり、みんなの居場所みたいになったりしていることが多いです。不思議な光景だなと思いながら営業しています」といもかちゃんは笑顔で話す。
“大きな窯でじっくりと”が甘さの秘訣
仕入れ先の状況によって芋の種類が変わり、小さいものや太いものなど個性豊か。蜜があふれるねっとりとした安納芋や紅はるかが最近の人気で、昔ながらのほくほく食感の紅あずまも根強いファンがいるらしい。
じっくり低温で焼くことで、サツマイモのデンプンが糖に変わり、いろいろな個性のサツマイモから、最大限に甘さをひきだすことができる。
サツマイモは、農薬や化学肥料を使わずに育てられた、農家さんのこだわりが詰まったものを中心に、近くの市場からも仕入れている。その中にはフードロス支援につながっているものも。
「身近な存在の焼き芋を食べた瞬間に、いつもより少し幸せを感じられるように。そのために、おいしい芋をきちんと選んで仕入れています。その仕入れが誰かの役にたつと、自分もうれしくて周りの人もうれしい。そんな循環を大切にしています」
師匠は焼き芋界のカリスマ『いも子のやきいも阿佐美や』
となりに並んでいるのは、この日たまたま来られていた『いも子のやきいも阿佐美や』のいも子さん。こだわりや製法などは彼女からの直伝。
いも子さんは、2006年に埼玉県戸田市で焼き芋屋を開業し、試行錯誤しながら研究を重ね、今では焼き芋界のカリスマと呼ばれるような存在に。開業講座では、仕入れのノウハウやおいしい焼き方の極意、開業のサポートまでしている。また、一人ひとりが「好き」や「面白い」といった気持ちを生かして楽しく働くというマインドも大切にしていて、その魅力にひかれて仲間が全国に増えているという。
いもかちゃんの正体は、板橋が大好きなデザイナー
いもかちゃんの正体は、実はデザイナー・松本初夏さん。以前は絵本の装丁などを手掛けるデザイナーだったが、出産を期に退職。
子育てをしているとき、おばあちゃんがかわいいわねと話しかけてくれたり、お菓子をくれたり、蓮根(はすね)という地名にちなんで蓮根(れんこん)のかぶりもので楽しませてくれる人までいたりと、気さくで個性豊かな商店街の人たちの存在に助けられていたという。
そんな地域でさまざまな活動に参加するうちに、イベントのポスターや、習い事や子供食堂のロゴなどを作ることに。そこからまたご縁がつながり、お店のロゴや看板などのデザインの依頼が来るようにもなったという。
その中の1つが、高島平の地で50年以上親しまれている日本酒専門店『若松屋酒店』のロゴ。
ロゴは、イニシャルであるアルファベットの“w”を松紋のシルエットになぞらえ、そこに蔵造りの屋根をくわえることで『若松屋』を表現。和の印象ながらアルファベットを組み合わせた遊びのあるデザインだ。丸くふんわりしたかわいさに加え、どっしりとした安心感も。シンプルながら個性があって印象に残る。そこでは、「もっとわくわくする店に」というお店の方の思いが、真摯に受け止められてデザインに落とし込まれている。
伝えたいこと、大切にしたいことなど相手の要望や話を丁寧に聞き、気持ちを汲んでくれる。そんな松本さんだから、彼女が手掛ける店とデザインの両方が、地元で愛され街にとけこんでいるのだろう。
『壺やきいものいもかちゃん』は2026年5月10日に板橋区のレストラン『おいしい野菜塾』で開催される「野菜塾マルシェ」に出店予定。今シーズンの営業はそこで最後だというので、この機会にぜひ足を運んでみてほしい。
取材・文・撮影=aki




