【目黒・白金台の切絵図】
目黒白金図
現在では高級住宅地の目黒や白金だが、江戸時代には郊外に位置付けられ、田畑が広がっていた。「太鼓橋」や「行人サカ」は錦絵にも描かれる名所だった。「瀧泉寺」は徳川3代将軍家光によって江戸鎮護のために置かれた江戸五色不動の筆頭となり、江戸中心部から気軽に行ける行楽地として多くの人が訪れていた。近くの五百羅漢寺は明治時代にこの地に移転してきたが、元禄時代に一人の僧が彫った305体の羅漢像が鎮座する。
中屋敷や下屋敷などの武家屋敷が多くあり、「松平讃岐守」の下屋敷は江戸時代初期には大久保彦左衛門の屋敷で、当時の松が八芳園に残るという。また、「松平内蔵頭」の下屋敷は、岡山藩・池田家のもので、池田山公園に名前が残っている。
※掲載の古地図は、江戸の町を32区画に分割して作った切絵図を使用。すべて、麹町にあった金鱗堂が出版したもので、屋号である尾張屋清七から「尾張屋板(版)」と呼ばれる。鮮やかな多色刷りが特徴。
※切絵図内の白色の部分は【大名屋敷などの武家地・御用地】、赤色は【神社仏閣】、灰色は【町屋】、黄色は【道】、青色は【海・川・池】、緑色は【山林・土手・馬場・田畑など】を示している。
【散歩コース】
スタート:不動駅は東急電鉄目黒線で目黒駅から1分・140円。
東急目黒線不動前駅→(12分/0.8km)→瀧泉寺→(3分/0.2km)→五百羅漢寺→(8分/0.6km)→太鼓橋→(2分/0.1km)→行人坂→(1分/0.1km)→大圓寺→(13分/0.9km)→国立科学博物館附属自然教育園→(12分/0.8km)→池田山公園→(15分/1.0km)→八芳園→(2分/0.2km)→瑞聖寺→(1分/0.1km)→地下鉄南北線・三田線白金台駅
ゴール:白金台駅から地下鉄南北線で目黒駅まで2分・180円、地下鉄三田線で目黒駅まで2分・180円。
今回のコース◆約4.8km/約1時間40分/約6400歩
江戸を守る五色不動の一つ「瀧泉寺」
慈覚大師が彫刻したという不動明王を安置する。日本三大不動で、目黒不動尊とも呼ばれる。独鈷(どっこ)の瀧には水かけ不動王があり、水をかければ厄払いの御利益があるという。毎月28日が縁日。
「瀧泉寺」詳細
“目黒のらかんさん”と親しまれる「五百羅漢寺」
元禄8年(1695)創建で明治時代に現在地へ移転した。元禄時代(1688~1704)に松雲元慶和尚が十数年かけて彫った羅漢像は305体が現存。
「五百羅漢寺」詳細
木喰(もくじき)上人が建造に関わったという「太鼓橋」
目黒川に架かる橋で、明和6年(1769)の建築当時は珍しい石造りの太鼓橋だった。長さ約15.3m、幅約3.6mあったが、大正時代初期の豪雨で流されてしまった。斎藤月岑(げっしん)や歌川広重の浮世絵にも描かれている。
「太鼓橋」詳細
行人が多かったため名が付いた「行人坂」
太鼓橋から目黒駅に登る急坂。出羽三山の一つ、湯殿山の高僧行人(行者)・大海法師がこの地で修行をはじめ、次第に行人が集まるようになったという。江戸市中に通じる坂道がいつしか行人坂と呼ばれるようになった。
「行人坂」詳細
江戸裏鬼門守護の大黒天を祀る「大圓寺」
江戸時代初期に大海法印が祈願道場を開いたのが始まり。江戸三大大火の一つ・行人坂火事の火元になったといわれ、幕末に薩摩藩により再建。
「大圓寺」詳細
自然本来の姿が残る森林は水戸光圀の兄の下屋敷跡『国立科学博物館附属自然教育園』
室町時代には豪族が館を構え、江戸時代には高松藩主・松平頼重の下屋敷となった。当時の庭園にあった松が「物語の松」と名付けられて現存する。園内は国の史跡および天然記念物。
『国立科学博物館附属自然教育園』詳細
池田家屋敷跡の自然豊かな公園「池田山公園」
江戸時代初期に岡山藩主・池田家の下屋敷があったことから池田山と呼ばれた。現在は起伏に富んだ池泉回遊式庭園として四季折々の花が見られる。
「池田山公園」詳細
「天下のご意見番」といわれた武将の屋敷跡「八芳園」
約3万3000平方メートルの庭園は400年という歳月を重ねた池泉回遊式庭園。季節により夜にはライトアップも行われる。江戸時代には徳川家康から家光まで3代の将軍に仕えた大久保彦左衛門の屋敷があった。
「八芳園」詳細
隈研吾氏が設計した庫裡(くり)も必見「瑞聖寺」
寛文10年(1670)開山の江戸で最初の黄檗宗(おうばくしゅう)の寺。国の重要文化財の大雄宝殿のほか、薩摩藩8代藩主・島津重豪の扁額が残る。『江戸名所図会』にも描かれる。
「瑞聖寺」詳細
取材・⽂・撮影=アド・グリーン
『古地図であるく 大江戸散歩地図』より







