北村 薫

春日部八幡神社の一角にある富士塚。急な階段は、まさに登山。
春日部八幡神社の一角にある富士塚。急な階段は、まさに登山。

1949年、埼玉県生まれ。小説家・推理作家。春日部高等学校、早稲田大学第一文学部を経て高校で教鞭を執るかたわら、89年に『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞、2006年『ニッポン硬貨の謎』で第6回本格ミステリ大賞<評論・研究部門>、2009年に『鷺と雪』で直木賞を受賞。本格ミステリーから一般文芸まで幅広い作風で著書多数。

二つの時代を過ごした学び舎に創作の源が宿る

1967年当時の八木崎駅。北村先生が通学していたころの光景。写真提供=東武博物館。
1967年当時の八木崎駅。北村先生が通学していたころの光景。写真提供=東武博物館。
地上駅で、駅のつくりは変わっていない。かつて、春日部高校生専用の改札口があったという。
地上駅で、駅のつくりは変わっていない。かつて、春日部高校生専用の改札口があったという。

北村薫先生と待ち合わせたのは、東武野田線の八木崎駅。春日部高校の南門まで、徒歩1分とかからない距離だ。「踏切の音が鳴り始めていても、門から走れば電車に間に合いました」。改札正面のコンビニは、「わたしが生徒のころは『後藤商店』といって、電車の待ち時間にファンタを飲んだりしたものです」。先生は、春日部高校を1968年に卒業し、その後80年に国語教師として赴任、93年まで教鞭を執った。生徒と教師、二つの時代を、同じ校舎で過ごしたことになる。

まず足を向けたのは、春日部八幡神社。境内には小高い山があり、柔道部など体育会系の生徒が駆け上って鍛えていたこと、薄暗いから肝試しをしたことなど、歩きながら話す。参道の中央には、御神木である大きなイチョウの木があって、「鎌倉時代、鶴岡八幡宮の御神木の枝が飛んできてここに根づき、今はこんな大木に」という先生の説明を聞きながら木を見上げていると、宮司さんがいらっしゃった。

「北村先生と高校の同級生なんです」とのことで一同驚愕(きょうがく)。約60年ぶりの邂逅(かいこう)を果たした。「同じ敷地にお稲荷さんもありますけど、どんな関係が?」と先生が聞くと「昔からの地主神なんです。おそらく千年以上経ってるんじゃないでしょうか」と宮司の押田豊さんが答える。「境内には“浜川戸砂丘”という県指定の天然記念物があります」とのことで、確かに足元を見れば砂地である。だんだんと、先生に引率されて社会見学をしている雰囲気になってきた。

件の小高い山は、通称「浅間山」と呼ばれる富士塚で、かなり急峻(きゅうしゅん)な階段を、先生はするすると上っていく。中腹には、二合目、四合目などと彫られた石があり、頂上には「不弐大神」の大きな石碑。見晴らしがいいわけではなく鬱蒼(うっそう)としている。登頂した途端、風が強く吹きつけてきた。

illust_2.svg

鎌倉時代に創建された春日部の総鎮守「春日部八幡神社」

鎌倉時代の1330年ごろ、一帯の領主だった春日部氏が鶴岡八幡宮を勧請したと伝わる。参道中央に位置する御神木の大イチョウは、鎌倉から飛来した一枝が一夜にして繁茂したという。境内には稲荷のほか、弁天、天神など、さまざまな神様が祀られている。周囲は八幡公園として、近隣に暮らす人の憩いの場となっている。

☎048-752-3430(8:30~17:00)

母校を案内してもらいその長い歴史を体験する

春日部高校の敷地内には、学校にゆかりがある文学者の顕彰碑や石碑が点在している。「三上於菟吉(みかみおときち)は卒業生で大衆小説家。菊池寛とともに直木賞の最初の選考委員となりました。春日部を舞台にした『百萬両秘聞』がこれです」と、持ってきた本を見せてくれる。「今ではなかなか手に入りにくい貴重なものです」「日本俳句界の巨匠、加藤楸邨(しゅうそん)先生は、春日部高校の前身、旧制粕壁中学校の教員でした。これは、ご夫妻の句碑です」。北村先生は淀(よどみ)なく話し、案内してくれる。

同校は敷地を開放していて、近隣の人は生活の道として行き来している。卒業生の手による彫像などの芸術作品もあり、ここから羽ばたいていった人の多士済々ぶりを実感するのだが、なによりその功績を残し、長く伝えていこうとする姿勢に心打たれる。

校内の一室には同窓会室があり、先生のお気に入りは校舎の模型。99年に竣工した現校舎と、旧校舎の模型が並んで展示されていて比較できるのも気が利いている。「この模型は当時のことが思い出せるので、ほんとうにありがたいんです」。

三上於菟吉、加藤楸邨など、学校にゆかりがある文化人たちの顕彰碑や句碑の前で解説してくれる北村先生。国語の授業を受けているようだ。
三上於菟吉、加藤楸邨など、学校にゆかりがある文化人たちの顕彰碑や句碑の前で解説してくれる北村先生。国語の授業を受けているようだ。
illust_2.svg

積み重ねられてきた長い歴史を記録する「春日部高等学校同窓会室」

春日部高校の創設は明治32年(1899)。男子校。校訓は質実剛健、教育方針は文武両道。同窓会室には、新・旧校舎の300分の1の模型、著名な卒業生の実績などが展示されているほか、大正時代以降の卒業アルバムが保管されている。平日はOBが常駐していて、事前連絡すれば外部の人でも見学可。

☎048-760-1627(同窓会)

生徒時代、教師時代の経験が『スキップ』に生きている

——高校生のときは、部活は何をやられていたんですか。

北村 演劇部です。1年生で最初の公演では声だけの出演でね。「先生ー元気でいくよー先生ー」と、亡くなった生徒の声の役でした。

——脚本を書いたりもしたのでしょうか。

北村 既成の台本を使っていましたが、脚色もやりました。部員はそんなに多くなくて、7〜8人ってところでしょうか。

——先生の作品『スキップ』で描かれている高校は春日部高校がモデルで、演劇部の描写もあります。

北村 教師のときは演劇部の顧問をやっていました。作中の文化祭の描写も実際にあったことで、ステージの幕が下りなくなったこととか、文化祭の終盤にプールに飛びこもうとしている生徒たちがいて、先生が竹刀を持って追い払いに行ったこととか、キャンプファイヤーの周りでフォークダンスをやったこととか。いまはフォークダンス、やってますか?

同席した教頭先生 キャンプファイヤーはやっていませんが、フォークダンスはやっています。

北村 それはいいなあ。

——主人公の真理子さんは国語教師で、授業で「好きな言葉、嫌いな言葉」を生徒に書かせる場面があります。これも……。

北村 実話です。真理子が自分の好きな言葉は「自尊心」だと言うんですが、これはわたしが卒業アルバムに書いた言葉。授業ではいろいろなことをやりました。

——タレントの片桐仁さんは、教え子ですよね。「『スキップ』には、春日部高校と同じ授業内容や文化祭風景が描かれていてたのしい」と雑誌の記事にありました。

北村 片桐は美術部でね。学級日誌で日々、生徒とやりとりをしていたんですが、彼はやはり絵がうまい。今でも残してあります。

——国語は、他の教科とすこし違って、知識があれば答えが分かるとは限らないと思います。当時、教師として教える指針のようなものはありましたか。

北村 たとえば現代文だと、取り上げられている作品の解釈というより、何を答えさせたがっているかをつかむようなところがありますね。しかし根本は、山が高くなるには裾野を広げるということで、たくさんの読書経験や人生経験を積むことだと思います。

先生が卒業した年の卒業アルバムに、好きな言葉「自尊心」を発見。本名は宮本。
先生が卒業した年の卒業アルバムに、好きな言葉「自尊心」を発見。本名は宮本。

——在職中に作家としてデビューして、しばらくは覆面作家でしたね。

北村 そうです。日本推理作家協会賞をもらったときに授賞式があって、覆面していくわけにもいかないだろうってことで顔を出したら、生徒にも分かってしまった。それで文化祭で出店をやるときにね、店の名前を「夜の蝉」(受賞作名)にしようと言うんです。やめてくれ、と。

——恥ずかしい……と?

北村 本というのは内面告白だから、知り合いという理由で読まれるっていうのは嫌ですよね。それは、ほんとうの本との付き合いじゃないと思うんです。

——北村薫として、作家を志したのはいつごろだったのでしょうか。

北村 特に志してはいないですね。ただ本が好きで、ずっと本を読んでいて、図書館にある詩集全集で、素晴らしい詩を見つけては友達と紹介し合うことをやっていました。中学では芥川、高校になると太宰から始まっていろいろと。あと、もちろんミステリーもね。

——高校時代、よく行く本屋さんはありましたか?

北村 春日部の『酒井書店』はよく行きました。駅前の「後藤商店」では、普段読めない少女漫画誌もよく読みましたね。『白いトロイカ』(水野英子)、『花びら日記』(西谷祥子)とか。少年誌ではちょうど『巨人の星』が連載されていて、友達と楽しみにしてました。

——『スキップ』の主人公の真理子さんをはじめ、先生の作品に出てくる女性は芯が強く、いつも凜(りん)としていますね。

北村 それは男子校にいたおかげだと思います。男子校の生徒たちは、女性に対する過度な憧れというか、誤解というか、そういうものが育まれるんです。

——たとえ誤解だったとしても、細やかな乙女心の描写は真に迫っています。

北村 男の内にも乙女はいるし、男気がある女性もいますよね。人間はその中に、少年を持ち、少女を持ち、男を持ち、女を持っている存在だと思いますよ。

取材・文=屋敷直子 撮影=鈴木奈保子
『散歩の達人』2026年3月号より