お話を聞いたのは……

紅子(左)
1972年生まれ。色街写真家。10代で風俗嬢となり、吉原のソープランドにも勤務。引退後、2021年から各地の色街を写真に記録。自身のYouTubeチャンネルで過去の体験も発信する。

渡辺 豪(右)
1977年生まれ。2015年に遊廓専門出版社を立ち上げ、翌年に書店『カストリ書房』をオープン。京都芸術大学・非常勤講師。全国の色街跡を取材・撮影し、街歩きツアーも行う。

吉原遊郭

江戸時代につくられた幕府公認の遊郭。江戸市中に点在していた遊女屋を元和3年(1617)に日本橋葺屋町(ふきやちょう/現在の日本橋人形町)へ集めて開設された。江戸の開発が進んだことで、明暦2年(1656)幕府に命じられ浅草北部(現在の台東区千束)へ移転。移転前を元吉原、移転後を新吉原と呼び、単に吉原という場合は後者を指すことが多い。1958年の売春防止法施行によって廃止され、妓楼(ぎろう)の一部は特殊浴場(ソープランド)に転身し現在も続いている。

今の世代に求められていること

—— 現在の活動を始めた経緯を教えてください。

渡辺 子供の頃から古いものが好きで、特に自分の目の前でなくなっていくものに興味がありました。それは今の東京でいえば戦後史。意外とそこに関心が払われていないとも感じていました。自分が何をすべきか考えて、視覚資料を残そうと全国の遊郭や赤線(※1)跡の写真を撮りはじめたのが2010年ごろです。

紅子 私は20代初めから13年ほど吉原で働いていたのですが、その時は遊郭に関する知識もなく、恥じる場所で働いているという思いがありました。引退して20年近く経ってから、かつてここに遊郭があり、そのうえで今の風俗街が成り立っていると知ったんです。そこから『カストリ書房』を訪れたりツアーに参加したり、独学でカメラを始めて写真を撮るようになりました。

吉原公園(写真=紅子)。
吉原公園(写真=紅子)。

—— 実際に足を運んだ印象はいかがでしたか。

紅子 いろんな思いが駆けめぐりましたが、風俗店で働いていた時間を取り戻すことはできなくても、写真を通して文化として伝えることができるかもしれないと感じました。

渡辺 地元の人は遊郭の過去をタブー扱いしているという見方があるかもしれませんが、そんなことはないと気づきました。地域の図書館や資料室には地元の人が書き残した資料が結構あるし、関係者の方は親切に対応してくださるんですよ。彼らは隠そうとしているのではなく、社会がその言葉に耳を傾けてこなかっただけではないかと考えました。新しい情報を生み出すよりも、今ある情報をバトンタッチすることが自分の世代に求められていることではないかと考えて、遊廓専門の出版社を興し書店も開業しました。

※1 赤線
赤線地帯、赤線区域とも。終戦後にGHQの指令で公娼が廃止された後1958年に売春防止法が施行されるまで、遊郭や私娼街だった場所が特例措置として売春を黙認されていた区域の通称。特殊飲食店街。吉原もその一つで、赤線時期に建設されたカフェー建築が残っている。

注目されてはいるもののなかなか理解はされない実情

—— 近年は『鬼滅の刃』(※2)や『べらぼう』(※3)でも吉原遊郭が扱われていましたが、その反響は感じますか?

渡辺 自分の活動の範囲では、反響はありません。SNSでは賛否両論巻き起こっていましたが、議論を戦わせる刺激に夢中になっている印象でした。

紅子 私も同じように感じます。特に今年(2025年)の春は吉原にたくさんの人が訪れていましたが、立ち寄る場所は主に吉原神社やイベント会場。花魁(おいらん)のお化粧をして楽しそうに歩く姿を見て、残念な気持ちになってしまったのが正直なところです。そういった取り上げられ方や見方しかされないのかな、と。

渡辺 セクシュアリティーやジェンダーに関する考え方はここ10年弱で一気に変わったのに、吉原に対する見方は変わっていません。吉原の遊女たちは当時のトップレディーで文化人だったという言説が一人歩きして、商業出版物を開けばそういう内容で占められている。何十年と変わり映えのしない状況が続いていることが残念だし、自分自身の無力さも感じます。

「遊郭や赤線の跡地には、ちょっと違う空気感や寂しさが感じられます」と紅子さん。
「遊郭や赤線の跡地には、ちょっと違う空気感や寂しさが感じられます」と紅子さん。

—— 昨年の「大吉原展」(※4)でも、同様の批判や議論が起こっていました。

渡辺 SNSが普及したせいか、遊廓に限らずさまざまなことが耳学問で終わってしまうんですよね。スッキリした情報に出合うと、それで理解したように錯覚してしまう。「吉原は文化的な施設だった」という言説に対して「遊女が苛酷に扱われていた場所だった」と反論が起きますが、SNSでは大抵そのどちらも真偽不確かな極論から対立している。また、これは東京全体の話かもしれませんが、形あるものが残っていないので、ある程度の予備知識がないと楽しめない部分もあると思います。

—— 吉原へ足を運ぶ方はどんな人が多いのでしょうか。

渡辺 私が催行しているツアーの参加者は大多数が女性で、知識はゼロの方がほとんどです。だからこそ熱心に聞いてくださるし、一歩引いて物事に向き合うことができるのだと思います。逆説的なようですが、話題になった映画やドラマを理由に訪れるパターンほど学習へのモチベーションは低いと予想します。一方で、地元では何を提供するかということこそ、問題の本質だと思っています。紅子さんも同じことを課題として捉えているのではないでしょうか。

紅子 そうですね。私はYouTubeでソープ街としての吉原についてお話しする動画も多いのですが、性風俗は捉え方も難しいものです。誰もが自分のように話せばいいとはもちろん思いませんが、それぞれの思いを持って働いている人がいるという事実を伝えるようにしています。

※2 鬼滅の刃
マンガ・アニメシリーズ。2021年12月から放送された「遊郭編」は、大正時代の吉原遊郭が舞台。

※3 べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~
2025年のNHK大河ドラマ。前半は主人公・蔦屋重三郎が生まれ育った江戸時代の吉原が描かれた。

※4 大吉原展
2024年3~5月に東京藝術大学・東京新聞・テレビ朝日の主催で開催された美術展。文化を強調しポジティブな表現に終始した告知文やポスタービジュアルが、人権侵害という負の側面を軽視しているのではないかと指摘の声が上がった。

吉原を訪れたらスッキリしないで帰ったほうがいい

現代の吉原「ソープ街」(写真=紅子)。
現代の吉原「ソープ街」(写真=紅子)。

—— 吉原を街歩きの対象にすることへの抵抗はありませんでしたか?

渡辺 それがツアーガイドを始めたときに一番迷った点です。過去のことだけではなく現代の性風俗に触れたとき、刺激的であるだけに、見世物のように案内してしまうことはしたくなかったので。でも隠すことも間違いであると思います。基本的には公共空間なので誰でも来る自由がありますが、振る舞い方は求められるものが違います。紅子さんのお話にもあったように、それぞれ思いや覚悟があって今ここで働いている人たちが多い。でもそれは私たちも同じことです。さまざまな理由や思いを抱えて日常を送っている。だからこそ、慎重な振る舞いが求められる。

紅子 どの立場の人にも本当に複雑な思いがあると思いますね。興味関心を示されないことを残念に思う人もいるかもしれないし、私が今もし現役で働いていたら、こういった形で取り上げてくれるんだとうれしく感じると思います。でも、他の観光地と同じような見方はできないのも事実です。

渡辺 私が常々思うのは、こういった扱いの難しい場所が残り続けた理由です。江戸時代の初期に辺鄙(へんぴ)な場所へ売春の場を集めて、それ以来4世紀近く続いている。今こうして「どのように訪れるべきか」と悩んでいるのは、人目のつきづらい場所に問題を棚上げしてきた結果なのではないでしょうか。世の中には「スッキリ」できない矛盾がたくさんあるけど、その大きな一つが吉原に4世紀の間あり続ける。その場では結論を導き出せずに、複雑な思いを抱えたまま帰ってもらいたいと私は思います。

東京都台東区「吉原遊廓・吉原の日常」(写真=紅子)。
東京都台東区「吉原遊廓・吉原の日常」(写真=紅子)。

—— 現地での取材や撮影、ツアーの案内で気をつけていることはありますか?

紅子 すれ違う方々とはなるべく目を合わせて、ごあいさつするようにしていますね。特にこうして大きなカメラを持っていると怪しいので、地域の方とお話をしながら写真を撮るようにしています。

渡辺 私も取材するなかで、自分から懐を開いていくのが一番いい付き合い方ではないかと思っています。案内の際に大切にしているのは、自分の考えを含めて伝えること。もちろん当時と今では価値観が違いますが、そもそも時代を超越して物事を見ることは不可能なので、憎しみや分断を煽(あお)らないようにしながら価値判断を含めて話すようにしています。

紅子 渡辺さんのツアーは、そこが他と違うとすごく感じます。

渡辺 紅子さんも私も、対象にしているのは本当に名もない人々の半生なので、一層気をつけなきゃいけないと思いますね。

渡辺さんの背後には、全国各地で集めてきた膨大な量の遊郭に関する資料が並ぶ。
渡辺さんの背後には、全国各地で集めてきた膨大な量の遊郭に関する資料が並ぶ。

—— 吉原に興味を持った読者へ伝えたいことは?

紅子 吉原には赤線時代のカフェー建築がいくつか残っています。そこから歴史に思いをはせてみてほしいですね。渡辺さんのツアーに参加したり本を読んだりすると、今までとは違った見方ができると思います。

渡辺 戦前のものはなく、まして江戸時代の建物は何一つ残っていませんが、だからこそ本を読む必要がある。言い換えれば、本と相性のいい街です。本を読んで街に来て、新たな疑問が生まれたら家に帰ってまた本を開いて、現場と本を往復するのが楽しい場所だと思いますよ。

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『カストリ書房』

吉原弁財天前に立つ日本唯一の遊郭専門書店。新刊・古書のほか、渡辺さんが復刻出版した貴重書も販売する。「実際に吉原に足を運んでほしい。書店の存在がそのきっかけになれば」と渡辺さん。色街に関する作家の個展や「遊郭文学マーケット」も開催。

住所:東京都台東区千束3-21-14/営業時間:12:00~19:00/定休日:月・火/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩10分、地下鉄日比谷線入谷駅から徒歩12分

構成=中村こより 撮影=山出高士
『散歩の達人』2025年12月号より