『麒麟がくる』長谷川博己も出演した名作『まんぷく』
昭和13年(1938)、今井福子(安藤サクラ)は偶然出会った立花萬平(長谷川博己)と運命の恋に落ちる。福子は厳しい戦争の時代を、彼女らしい明るさと前向きさで元気に生き抜き、戦後は製塩に健康食品といろんな事業を手がけていく萬平をやさしく支える。そしてあらゆる苦難の果てに、発明家萬平はインスタントラーメンの開発を目指して……。
人気女優安藤サクラが主演、そして相手役は2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』で主役・明智光秀役を熱演している長谷川博己。主人公夫妻のどちらかは新人を起用することが定石の朝ドラで、この豪華キャスティングは衝撃的だった。配役だけでなくストーリーも見事で、日清創業者夫妻をモデルにしたお仕事ドラマでありながら、ホームドラマとしても楽しめた。戦前、戦中、戦後と激動の時代を懸命に生きていく福子たち家族の姿に、朝から元気をもらったという人も多いはず。なぜかず〜っと福子夫妻についてきた福子の母、鈴(松坂慶子)もインパクト大で、彼女の決め台詞「私は武士の娘です」は流行語になった。
と、『まんぷく』について語っていると、ついついDREAMS COME TRUEの印象的なオープニングテーマ「あなたとトゥラタッタ」を口ずさんでしまう。
朝ドラのオープニングといえば、ヒロインの健気(けなげ)さや爽やかさを描くことが多いが、このドラマのオープニングはかなり異質だった。福子を演じる安藤サクラが山の中と海辺を歩くだけなのだ。そして、それだけなのに、福子という女性の大らかさとキュートさが伝わってくるという傑出のオープニングだった。安藤サクラだからできた驚きの演出だったが、実は福子が独特のステップで歩いていたあの場所のロケ地が判明している。
今回は妄想散歩をしつつ実際に撮影が行われたロケ地の話もしてみよう。
福子たちが疎開した場所のロケ地は、滋賀の日吉大社
まずは福子が登っていく山道。この地から妄想散歩してみよう。昭和19年(1944)、福子たちが戦時中に疎開した兵庫県上郡の近くという設定だ。オープニングの山登りは安藤サクラ演じる福子のキュートな姿が見られるシーンだが、ロケ地は滋賀県大津市がある日吉大社。
この神社は、全国3800以上ある日吉・日枝・山王神社の総本宮として知られている。比叡山の麓にあり荘厳な雰囲気が漂う神社の一角が『まんぷく』のロケ地だったとは驚きだ。
筆者が日吉神社を訪れたのは『まんぷく』の放送が後半に差し掛かった2019年1月のことで、まだ雪が残っていた。苔むした丸太や木があのオープニングのままで感動! 神聖な神社の中だけあって澄んだ空気に深呼吸をすると体が清められた気がしたが、ここが福子たちの疎開先だったと思うとまた別の感慨も生まれてくる。
『まんぷく』は太平洋戦争中の様子も丁寧に描いた作品だった。日清創業者夫妻の話ということもあり、ドラマ後半の成功譚が注目されたが、戦中戦後の苦労の時代こそむしろ『まんぷく』のキモ。萬平の体調が悪かったり疎開時代は苦労が多かったが、福子はいつも笑顔で乗り切ろうとしていた。静かな森の中でしばし目を閉じる。そして常に前を向いて生きていた福ちゃんのたくましさに思いを馳せ、「トゥラタッタ」と歌いながら日吉大社を後にした。
塩軍団が活躍したあの海は淡路島
そして『まんぷく』を語るうえで外せないのがあの海。昭和21年(1946)、福子と萬平たちがやってきた大阪府の泉大津だ。ここで萬平は塩を作り、その後健康食品ダネイホンを発明。大きな財を成すことになった。実はあの美しい海もロケ地が判明している。兵庫県淡路島の吹上浜だ。
朝ドラファンならうなずいてもらえると思うが、ここに「ヤツら」がいたかと思うとやはりテンションが高まってしまう。そう、この海は福子夫妻が過ごした場所であると同時に塩軍団が暮らした地でもあるのだ。
通常、朝ドラのヒロインを取り巻く人々は、多くても数人だ。わずか15分のドラマということもあり、登場人物は少数精鋭であることが多い。が、『まんぷく』はこの常識を破り、なんと合計15人もの男連中をズラリ並べてみせた。福子夫妻に雇われた男衆は全員がキャラ立ちし、物語を盛り立てる存在に。瀬戸康史、中尾明慶とすでに知名度が高い俳優もいたが、その後『あなたの番です』で話題を集める前原滉、『恋は続くよどこまでも』の記憶も新しい毎熊克哉など、後にブレイクする若手注目俳優が勢ぞろいしていたことも特筆すべき点だろう。
また、このドラマは彼らが演じた若者たちの描写も鮮烈だった。戦争が終わったばかりで仕事も食糧もない時代を、必死で生きていこうとする若者たちの情熱や生存本能のようなものが自然と活写されていたように思う。男同士の喧嘩、ピリついた空気感もリアルだった。大海原を目の前に、塩やダネイホン作りに奔走した塩軍団のことを思い出すとなんだか感傷的な気分になってしまった。
『まんぷく』は主演安藤サクラの明るいキャラクターと、コミカル要素満載の脚本もあり、終始笑える朝ドラだったが、日本の苦難の時代を描いた作品でもあった。カップヌードルを作るドラマと思われがちだが、実は新しい時代、新しい日本を作る人々の物語だったのだ。苦難の時代に向き合った福ちゃんたちに感謝と、尊敬の念を感じながら車で吹上浜を後にする。もちろん口ずさむのは「あなたとトゥラタッタ」だ。歌詞はうろ覚えだが、熱唱してしまった。
文・写真=半澤則吉 参考文献=『連続テレビ小説 まんぷくPart1.2』(NHK出版)