対話から生まれるもう一つの視点

「イベントを開きたいという思いが先にあって、そのための空間として本屋がいいと思ったんです」

店に足を運ぶうち、本を通してあらゆる価値観に触れ、もはやただの本屋ではない、文化の発信拠点だと感じた。それで、どうしてこんなスタイルになったのか店主の大森皓太さんに聞いたところ、このように教えてくれた。

「世の中にはたくさんの本があるので、本をきっかけにすれば幅広いイベントを開くことができます」

店内イベントは月6本程度開催。内容はもちろん、登壇者との距離の近さも醍醐味(写真は2024年12月21日に行われた、発酵デザイナーの小倉ヒラク氏、文学者の須藤輝彦氏による「発酵とクンデラ──生物学と文学を醸す」)。「マイクは使いません。スピーカーとは違って、口から発せられた言葉が直接届く感じがしていい」。
店内イベントは月6本程度開催。内容はもちろん、登壇者との距離の近さも醍醐味(写真は2024年12月21日に行われた、発酵デザイナーの小倉ヒラク氏、文学者の須藤輝彦氏による「発酵とクンデラ──生物学と文学を醸す」)。「マイクは使いません。スピーカーとは違って、口から発せられた言葉が直接届く感じがしていい」。

過去には「支援とは何か?」をテーマに医師とドキュメンタリー映画作家を呼び、トークセッションを行ったり、ドイツ文学研究者とロシア文学研究者に「翻訳」について語ってもらったり、歌人と俳人の化学反応を見せたり、さまざま。予想できないような、思わぬ方向に話題が転がっていくことも珍しくないという。

「いろいろ本を読んでいくと、この著者とこの著者を引き合わせて、話をさせてみたいと思い付くんです」と大森さん。

「例えばAさんとBさん、BさんとCさん、CさんとAさんでは、それぞれ違う結論に至る」という。そんな活気あふれる対話を目の当たりにして、居合わせた観客も胸が熱くなる。

「何かを感じたり、考えたりする入り口を用意したい」

気づきをもらえる本屋

店を始めるのに三鷹を選んだのは、当時近辺に新刊書店がなかったこともあるが「文化的素養が十分にあると感じました。隣町の吉祥寺と比べて年齢層が高いのも良かった」と大森さん。さらに、駅前に大通りが1本延びているというシンプルな街の造りも気に入ったとか。

「(読書や考え事など)何かに時間を費やすには、ちょうどいい土地柄」

店内に併設された喫茶スペースでハンドドリップコーヒー638円を飲みながら、購入したばかりの本を読むひとときが味わい深い。「ハンドドリップだと準備するのに多少時間がかかるので、本屋に長居するためのアイテムとしてぴったり」。ビール880円もある。
店内に併設された喫茶スペースでハンドドリップコーヒー638円を飲みながら、購入したばかりの本を読むひとときが味わい深い。「ハンドドリップだと準備するのに多少時間がかかるので、本屋に長居するためのアイテムとしてぴったり」。ビール880円もある。

店内には喫茶スペースも。本を買うたび自宅まで我慢できずにカフェに寄ったり、駅のホームで本を広げたりするタイプの人には実にありがたい。カウンターならスタッフと本談義も楽しめる。

「『反復横跳びの日々』というエッセイ集なんですが、“天才かもとだめかもの間”とか、2つの間で揺らいでいる様子が面白いです」と客が言えば、スタッフが「選択肢は多いほうが生きやすい。著者の岡本真帆さんは、東京(三鷹)と高知の二拠点生活をしているんです」と返すという具合に。

選書の基準は「店主の趣味が出すぎるとお客さんを選んでしまう気がします」と、間口を広げることを優先。「その意味ではチェーン書店に近いですが、あちらは返本ありき。そこからこぼれ落ちるような、長く置きたい本を選びます」。

また、陳列の仕方も秀逸。歌集・詩集や文芸、エッセイ、人文・思想、ノンフィクション、経済、評論、食文化、エンターテインメントなど、「明確なジャンル分けはせずに、グラデーションをつけながらぐるっと並べています」。そのキュレーションが絶妙で、普段飛ばしてしまいがちなジャンルの棚も、気づけばじっくり眺めているというような仕組み。

『UNITÉ』は、さまざまな世界につながる入り口だ。

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大森さんが今おすすめする2冊

『反復横跳びの日々』岡本真帆/自主制作

歌人である著者が「友達と親友の間」「言葉と想像の間」など、2つの点を行ったり来たりしながら考えたことをつづったエッセイ。「何かと何かの間にいることで物事を相対的に見られるんです」。

『ヤンキーと地元』打越正行/筑摩書房

沖縄で暴走族の少年と出会った社会学者が、10年以上交流を続け、フィールドワークを行った記録。文庫化されるにあたり補論が追加された。「これほど厚みのある内容で990円はバグっています」。

住所:東京都三鷹市下連雀4-17-10 SMZビル1F/営業時間:12:00~20:00/定休日:月(祝の場合は翌火)/アクセス:JR中央線三鷹駅から徒歩13 分

取材・文=信藤舞子 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2025年2月号より

いま、チェーン店ではない、少人数で運営し、店主自らの意思で本を並べる本屋さんが着実に増え続けている。扱うのは本だけではない。雑貨類はもちろん、イベントスペースがあったり、カフェが併設されていたり。ひと口に「本屋さん」といっても枠にとらわれない気ままな形で、穏やかな雰囲気の店ばかりだ。店主も十人十色。ある店主は編集者として、ある店主はバンドマンとして、またある店主は縁起熊手の職人として活躍した過去を持つ。自由自在な空間は、彼らが紡いできた物語の先で、確かに作られているのだ。今回紹介するのは、移転オープンを含む2021年以降に扉を開いた都内の本屋さんたち。楽しみ方は無限大。さて、どこから巡る?
西荻窪の駅前に店を構える『今野書店』の今野英治さん。青梅街道沿いに店を構える『本屋Title』の辻山良雄さん。ふたりの新刊書店店主に互いの店をじっくり見てもらい、お話を聞いた。
白山通りと不忍通りの交差点からすぐの角地、窓の向こうにいくつもの本棚が見える場所がある。2024年11月15日にオープンした、産業編集センター出版部が手がける書店『アンダンテ』だ。
夕暮れ時、不忍通りの一角に飴色の灯りが点った。窓から見えるのはぎっしり詰まった本棚、看板には「古本と珈琲」の文字。『books&café BOUSINGOT(ブーザンゴ)』で一杯と一冊を味わうべく、足を踏み入れた。