古書店とカフェがひとつになった店

開店時間は細かく決まっていない。SNSで「オープンなう」とポストされた時が、この店のオープンだ。

2006年から不忍通り沿いで営む『books&café BOUSINGOT』は、古本屋でありカフェでもある。「本に関わる仕事がしたいなと思っていて」と開店の経緯を話してくれたのは、店主の羽毛田顕吾(はけた けんご)さんだ。

店内にはテーブル席が12席ほど。
店内にはテーブル席が12席ほど。

フランス文学を専攻していた学生時代から、神保町の古書店でアルバイトをしていたという羽毛田さん。出版社に数年勤めた後、「古本屋のほうが性に合っているかな」と店を開くことを決めた。その際、カフェも併設する形にしたのは、バイトや仕事でさまざまな書店を見て思うところがあったからだった。

「同じ本好きといっても、大型の新刊書店には老若男女幅広くいるけれど、神保町の古本屋は学生街の割におじさんばかりという印象でした。でも、新刊書店で買える本ってすごく限られていて、戦後に限ってもここ70~80年で出版された本のほとんどは絶版。そういう本を探しているという人も潜在的にいるんじゃないかと思ったんです。カフェと一緒に古本屋をやれば、違う層が入りやすかったりコーヒーのついでに本を見たりできるかな、って」

千代田線ユーザーだったこともあり、谷根千エリアを歩く機会も多かったという羽毛田さん。ちょうど「不忍ブックストリート 一箱古本市」が始まった頃、鴎外や漱石など文人ゆかりの地でもあり文化的な雰囲気もあったことから、千駄木に店を構えることにした。

本が置いてある「ブックカフェ」は時折見かけるが、このくらいの規模感で古本屋とカフェが半々という形態の店は意外と少ない。ひとまずコーヒーを注文するもよし、書店と同じようにぶらりと立ち寄って本棚を眺めるもよし、その両方が叶う空間がここにはある。

フランス文学を中心とした彩り豊かな棚

店内の蔵書は約2000冊。開店当初のラインナップは、羽毛田さんが学生時代から集めていたものだったこともあり半分以上がフランス文学だった。現在も文芸の中ではその割合が比較的多いそうだが、羽毛田さんの興味の広がりに合わせてジャンルの幅も広がったという。

お客さんとの対話がきっかけになることもあり、最近はラテンアメリカ文学のほか、映画や落語に関わる本が新たに加わっている。

店奥のカウンターに立つ羽毛田さん。
店奥のカウンターに立つ羽毛田さん。

店名になっている「BOUSINGOT」は、1830年代フランスの前衛的な作家や芸術家の卵の呼び名。現代ではフランス人でもなかなか使うことのないという単語で、「フランス文学かぶれだったから、やんちゃな名前がかっこよく響いたんですよね」と笑うが、この店名に惹かれてやって来た文学通やアート好きもいるはずだ。

ブーザンゴについての研究書も店内にある。
ブーザンゴについての研究書も店内にある。

せっかくなので、Web「さんたつ」読者に向けて街の歴史にかかわる本のおすすめを聞いた。「誰でも知っているような本だとおもしろくないですよね。スラムの話とかでも大丈夫ですか?」と言いながらサクッと選んでくださったのが、松原岩五郎著『最暗黒の東京』。明治20年代、東京三大貧民窟と呼ばれたエリアのひとつ、下谷万年町の実態を記録した潜入ルポタージュだ。

『最暗黒の東京』(1893年、松原岩五郎著、岩波文庫)。
『最暗黒の東京』(1893年、松原岩五郎著、岩波文庫)。

「当時は貧困のルポが流行った時期でもあって、格差社会の現状を伝えようとしていたんですよね。こういうのを読んでから、今のその地域を散歩してみるのもおもしろいかもしれません」

トークイベント「ブーザンゴ夜会」も

本棚にばかり注目してしまいがちだが、ドリンクメニューもかなり充実している。コーヒー、紅茶、チョコレートドリンクから、カクテルやウイスキーなどのアルコールも揃う。この日は、コーヒーメニューのなかでもフランスの典型的な飲み方であるカフェ・クレームをいただいた。エスプレッソにたっぷりのミルクが入ってまろやかで飲みやすく、読書のお供によさそうだ。

カフェ・クレーム550円。学生の時は毎年夏にフランスへ行っていて、街角のカフェにもよく入ったそう。
カフェ・クレーム550円。学生の時は毎年夏にフランスへ行っていて、街角のカフェにもよく入ったそう。

また、「ブーザンゴ夜会」と題したイベントも1~2カ月に一度の頻度で開催している。取材日の数日後に控えていたのは、ルイ=フェルディナン・セリーヌ『戦争』の翻訳刊行を記念した訳者とフランス文学者のトークショー。お店に通う常連の編集者や大学の先生、留学生などの伝手で実現するイベントも多いといい、「高校生の時から長年通ってくれている人が、出版社に勤めるようになり、著者を紹介してもらったこともあります」。

開店時間が遅めということもあり、お客さんは近所に住む20~40代の人が多い。東大や芸大が近いこともあって、最近は大学生や大学院生も来るようになったという。

「店を始めた頃に僕と同世代の大学院生だった人が、教授になって教え子を連れて来てくれたりして。そういうことがあると、長く続けていて良かったなと感じますね。この店をきっかけにいろんなつながりができたり、新しい出会いの場になってくれればいいなと思います」

おいしいコーヒーが飲める喫茶が多く、個性的な書店も点在する谷根千エリアだが、両方を兼ね備えた空間は唯一無二。変化がある一方で変わらない魅力も多い千駄木の街と同じように、『BOUSINGOT』も変わらず続いていくだろう。

『books&café BOUSINGOT』店舗詳細

住所:東京都文京区千駄木2-33-2/営業時間:夕方〜22:00/定休日:火/アクセス:地下鉄千代田線千駄木駅から徒歩2分、根津駅から徒歩10分

取材・文・撮影=中村こより