開業当時は珍しかった紅茶の専門店
神田すずらん通りの一角、『東京堂書店』の向かい側に、地下へと続く階段がある。そこへ1人、また1人と吸い込まれるように入っていく人の姿。ここが『TeaHouse TAKANO』の入り口だ。1974年創業で、2024年に50周年を迎えたこの店は、東京ではじめての紅茶専門店としても知られている。
店主・高野健次さんが紅茶のおいしさに目覚めたのは高校生のとき。友人からインドみやげにもらったダージリンの茶葉がきっかけだった。「経験したことのない味と香りに驚いて、そこからさまざまな紅茶を楽しむようになったんです」。そのときにもらった茶葉の缶は、原点を忘れないために今でも店で使っているのだとか。
大学卒業後、一度就職したものの紅茶店を開く夢を諦められず、数年して開業に踏み切った高野さん。神保町を選んだのは、大学時代を過ごした街であり、道ゆく人々の多様性に魅力を感じたからだった。
しかし、前述の通りここが東京ではじめての紅茶専門店。「当時、喫茶店で出てくる紅茶は、ほとんどお湯のようなものでした」と高野さん。紅茶の茶葉自体も希少であり、紅茶を嗜(たしな)む文化がまだ浸透していなかったこともあって、数年は苦戦の日々が続いたという。
開業翌年にはスリランカへ赴いて農園を視察し、新鮮な紅茶のおいしさに改めて気付かされた。1977年には念願の茶葉直輸入をスタート。「おいしい紅茶を提供し続ければ、その魅力をわかってもらえるはず」という思いは徐々に実り、数年すると店の外に列ができるように。
インパクトに驚かされる、深い旨味
『TeaHouse TAKANO』に来たらやはり味わいたいのが、ブレンドしていないシングル茶。産地の特徴がよくわかり、茶葉本来の香りを楽しめる。
この日いただいたのは、最近入荷したというセイロンウバ。スリランカ東南部の高地で作られる銘茶で、世界三大紅茶のひとつだ。鮮やかな色が美しく、ポットからティーカップに注ぎ始めた段階で「おっ」と感じる爽やかな香りがある。輪郭のはっきりとした味わいはインパクトがあり、ストレートでいただくと渋みのなかに旨味も感じられる。また、ミルクを加えると角が丸くなり、一気に表情が変わるのもおもしろい。
デザートも、自家製のケーキやババロアなど紅茶に合うものがそろう。王道はやっぱりスコーン。熱いプレートに載せて提供され、ほかほかでふんわりとした口当たりにやさしい甘み。紅茶の味や香りを邪魔せず、相性バッチリだ。
紅茶のおいしさを、もっと多くの人に
店頭では茶葉の販売もしていて、おいしいたて方を解説したリーフレットもついてくる。使用量や蒸らし時間など、購入した茶葉に合わせて書き入れてもらえるのもうれしい。
また、店で使用しているティーポットやティーストレーナー(回転式の茶漉し)などの茶器は、使いやすさを考えて開発したこの店のオリジナル。こちらも店頭で購入することが可能だ。
過去には、茶葉とその産地についての解説やバリエーションティー、紅茶に合うスイーツのレシピなども掲載した書籍『紅茶 おいしいたて方』を出版。「ポットでゆっくり丁寧に紅茶をたてる時間をつくってみてほしい」と、紅茶の本来の魅力を伝え、広めるべく、半世紀もの間尽力してきた。しかし、「ゆっくりと紅茶を嗜むという文化を暮らしのなかに定着させるのは、現代の日本ではもう難しいのかもしれない」と話す高野さん。「ファストフードやインスタント食品の味に慣れていると、わずかな味の違いに気づくのは難しいんです」。
せわしない現代のライフスタイルのなかでは、ゆっくりとお茶をたててその味と香りを堪能するという時間さえ取れないという人も多いだろう。いわゆる「紅茶の味」だと認識されているペットボトルの紅茶は、ここで味わえる紅茶本来の味とは全く違うものだ。
でも、『TeaHouse TAKANO』を訪れる人の足は絶えない。ここを訪れれば、半世紀以上紅茶に携わってきた店主が目利きし、選定した新鮮な茶葉の紅茶をいただける。
「ゆとりを持って、成熟した時間の使い方をする人たちの希望を消さないように、続けていきたいですね」と高野さん。紅茶を愛する人々にとってなくてはならない、大切な場所なのだ。
取材・文・撮影=中村こより