まずは旧町名探しで肩慣らし

5月某日、終電がなくなるころ、JR中央線沿いの住宅地に二人は立っていた。

町田
 今日はだいたい二人の家の間をとって集合してみましたが、なんてことない住宅地ですよ。
渡邉 中野純さんに教えてもらった「ご近所闇」を楽しみたいけど、このご時世でも都会の深夜はそれなりに明るいねぇ。
町田 早くナイトスキップ」しましょうよ。
渡邉 それはもうすこし周囲の闇感が増すのを待とう。まずは、6月号から問題です。「中野区の南側」に多いものは?
町田 「旧町名」ですね。6月号で「旧町名を守る会」の102soさんが教えてくれました。
渡邉 なかなかの記憶力だ。まず、それは本当なのかちょっと探してみよう。

歩きはじめたのは、現在の住所でいえば中野区東中野、高台の住宅地だ。

町田 あっ、これじゃないですか?
渡邉 早いな。
町田 掲示板に「上ノ原町会」ってあります。
渡邉 昔の町名は、町会の名前によく残っているよね。

1966年まで中野区上ノ原町。
1966年まで中野区上ノ原町。

町田 あ、あそこの幼稚園にも。いかにも高台って名前ですね。
渡邉 この表札にもあった!
町田 すごいすごい、探せばあるものですねえ。

上ノ原町、たくさんありました。
上ノ原町、たくさんありました。

渡邉 このあたりは古くて立派な家が多いね。さて、今日は忙しいよ。いろいろ探したいものがあるから。
町田 「夜行性植物」「照明現象」なんかはみつけたいですね。
渡邉 そうこう言ってるうちに、あれは……。
町田 これ、あれじゃないですか。『千と千〇の神隠し』の!
渡邉 お〇らさま……!
町田 ほら、ここに立ったら完全に千になれますよ。

ほらほら。ほんとは左側だけど。
ほらほら。ほんとは左側だけど。

渡邉 あれ、線路の向こうに見える建物は顔みたいじゃない?
町田 あれ、ぜったいチョッ〇ーですよ!
渡邉 えっ、チョッ〇ーって、麦わらの一味の……?(画像を検索)うーん、確かに?
町田 幸先いいですね。どんどんいきましょう。

チョッ〇ー?
チョッ〇ー?

高台から川へ下って見つけたものは……

高台の住宅地をぬけて、山手通りを東中野駅側に渡ると急に下り坂だ。

町田 これは水の予感がしますね。
渡邉 いい勘だ。ここを下りきると神田川に出るよ。その先は新宿区。
町田 あ、この階段気になります。下りてみましょう。
渡邉 おお。いきなり暗渠らしい暗渠が。
町田 この表札も旧町名ですね。「川添町」とあります。
渡邉 名は体を表すね……。
町田 近くには6月号で髙村英男さんと吉村生さんが教えてくれた“暗渠サイン”の一つ、コインランドリーもあります。
渡邉 商店街のすぐ裏にこんな道があるってすごいね。
町田 あ、電柱にも「川添」ありました!
渡邉 6月号では電線愛好家の石山蓮華さんが電線の魅力をたっぷり教えてくれたけど、電柱も見逃せないね。

電線だけでなく電柱にも注目だ!
電線だけでなく電柱にも注目だ!

町田 電線は暗いところだとちょっとわかりにくいですね。“南国”とか見つけたかったのに。
渡邉 今日は月も出てないしね。電線と月のセット観賞がマイブームなんだ。たとえばこんなの。

あやとり月。
あやとり月。
ゴムとび月。
ゴムとび月。

町田 なるほど。月は闇遊びで大活躍ですね。

渡邉 あれ、これは「無言板」では?
町田 えっ?違いませんか?
渡邉 いや、これは6月号で楠見清さんが書いていた「ストリート山水画」のような、何かの看板の跡じゃない? というか顔に見える。中野純さんの言葉を借りれば、暗渠の見張り「いつもご苦労さまです」という感じ。

いつもご苦労さまです。
いつもご苦労さまです。

町田 うーん、どうかなぁ。
渡邉 いまひとつご納得いただけないか? あ、公園の名前も「川添」。

いろいろな流れに沿っている旧川添町。
いろいろな流れに沿っている旧川添町。

町田 この公園に「夜行性植物」か「珍樹」はいないかな。
渡邉 あれ、何かっぽくない?
町田 何かって、何ですか?
渡邉 ……緑のアルパカ? 顔がモコモコしたのに包まれてる感じが。
町田 トナカイじゃないですか?
渡邉 トナカイ好きだね。
町田 撮影しておきましょう。珍樹ハンターの小山直彦さんは「あやしいと思ったら、ひとまず撮影」と。後から画像を眺めるうちに気づくことも多いと言ってましたから。
渡邉 そうしよう。

(パシャリ)

渡邉 うん、写真になると、もはやアルパカにしかみえないよ。
町田 トナカイですってば。

もうただの木には見えない。
もうただの木には見えない。

住宅地に飽きてきたので、人けのない商店街を歩いてみる。

渡邉 商店街はそれなりに明るいね。
町田 これなら電線も観察しやすいかも。
渡邉 お店がいっぱいあるから、松村大輔さんが教えてくれた「よきかな」「ヨキカナ」も探したいね。
町田 やることが多いですね。あっ、あの「の」は「よきかな」では。しかも下がちょっと「無言板」ぽくないですか。
渡邉 いや、思いっきり読めるから「無言」ではないだろう。ささやき、くらいじゃないか……?
町田 残念、「ささやき板」でしたか……。
渡邉 もう少し適切な名前ないかな。「つぶやき板」とか。
町田 いや、ささやいてます。

ささやいてます。
ささやいてます。

町田 赤信号ですね。
渡邉 あっ、この子は「夜行性植物」では。信号待ちするポメラニアンの一種ですよ。
町田 ……そうですか?
渡邉 ほらほら、後ろ姿だよ。ひとりでえらいねえ。

信号も守ってえらいねえ。
信号も守ってえらいねえ。

町田 お、あれは今度こそ「無言板」では?
渡邉 確かに……? でも、何かを注意はしている。こういう看板はこの前、オギリマサホさんが連載で書いていたよね。
町田 せっかくなのでみんなで記念写真を撮りましょう。

記念写真を。
記念写真を。

渡邉 あれ、またハンガーがかかってる。
町田 ハンガー、ですか?
渡邉 さっきの暗渠でもフェンスにひっかけてあるハンガー見たんだけど……これってどことなく、片手袋的じゃない?
町田 片手袋って……6月号では都市観察者の内海慶一さんとの対談で登場してくれた石井公二さんが研究している、あの?
渡邉 台本があるかのような紹介だ。そうそう。これはおそらく、物干し竿にかかったままだったものが風で飛んだり、洗濯を干しているときに誰かが落としたりしたハンガーなんだろうけど、落ちっぱなしじゃなくて誰かが拾ってそれらしいところに引っかける。その行動、優しさなのか習性なのか、そこに何かがある気がしない?
町田 先輩、行きますよ。

このハンガー現象、見逃せない。
このハンガー現象、見逃せない。

見どころ満載の暗渠からふたたび珍樹ハント

暗渠界の一級河川ともいうべき桃園川緑道へ。歩きやすく整備され、橋の跡もたくさん残る初心者向け暗渠だ。

町田 立派な暗渠ですね。なんというか、スキがない。
渡邉 おっ、この看板「よき文字」だな~。

手書きの醍醐味。
手書きの醍醐味。

渡邉 おおっ、こっちはいい“木もれ灯”感。
町田 これはいわゆる「照明現象」でしょうか。
渡邉 ここで散歩本でも読んだらよさそうだ。

読書によさそうな“木もれ灯”。
読書によさそうな“木もれ灯”。

町田 あれは、ペンギンじゃないですか? こんな夜中に群れをなしてどうしたの。
渡邉 暗渠に車が入らないように24時間体制で警備中だよ。

いつもご苦労様です……。
いつもご苦労様です……。

立派な暗渠から南側の住宅地へ入ると上り坂になっている。

渡邉 さあ、こんどはまた上るよ。
町田 ご近所とはいえ、先輩このあたりの道に詳しいですね。
渡邉 能町みね子さんの「バーチャル散歩講座」にならって予習してきたからね。
町田 6月号の宣伝に余念がないですね。あ、この小さい階段は暗渠サインぽいですね!
渡邉 というか、めっちゃ水が流れてる音がするね。

(グワッ グワッ)

渡邉 !? いま、何か聞こえなかった?
町田 鳥の鳴き声ですよね。「グワッ グワッ」ていいました。
渡邉 さすがにこの闇じゃ姿が見えない。
町田 メモメモ。“鳥さんぽ”を教えてくれた♪鳥くんが「鳴き声はメモしておこう」って言ってましたよ。
渡邉 アヒルのような声だったが。あ、このマンホールなんだか古そう。
町田 しかも「よき文字」ではないですか。
渡邉 前にマンホールの取材をしてから、マンホールが気になってしまう。学校とかお寺とかの近くで、こういう古そうなのをよく見る気がします。

いつ頃からあるのだろう。
いつ頃からあるのだろう。

町田 こっちに「塔の山公園」という公園がありました。さっきから「塔の山」はよく見ますね。これも旧町名ですか?
渡邉 そうですそうです。公園の名前も要チェックだよね。そして確かにここも地形に「山」感ある。
町田 せっかくなので、この公園でもう一度真剣に珍樹ハントに挑戦しましょう。

1967年までは中野区塔ノ山町。
1967年までは中野区塔ノ山町。

渡邉 珍樹もいいけど、野草もないかな?
町田 6月号でハーブ王子が教えてくれたヨモギのケーキとか作りたいですよね。
渡邉 でも、足元は暗いなあ。
町田 あ、あの木はジャ〇アンじゃないですか? あれが目、まるっこい鼻、ちょっと離れてるけど口です。
渡邉 ジャ、ジャ〇アン? うーん、うーん、どうかなあ?
町田 絶対ジャイ〇ンです。
渡邉 お、こっちは眠そうなおじさんじゃない? とろんとした目と、葉っぱが口髭。
町田 えーっ、そうですかぁ……?
渡邉 ダメだ、見立てる心が欠如している。ひとまず写真を撮っておこう。

おれはジャ○アン。
おれはジャ○アン。
眠いおじさん改め、眠い紳士。
眠いおじさん改め、眠い紳士。

渡邉 すでにヘトヘトだ。パリッコさんやスズキナオさんの知恵を生かして椅子を持ってくればよかった。
町田 ナイトチェアリングですか。
渡邉 リモートワークで弱った足腰には休憩も必要だよ。
町田 でも、チェアリングは珍樹観賞にもよさそうですね。

 

大忙しの闇遊びのクライマックスやいかに

公園をあとにしてさらに坂を上ると、青梅街道に出る。暗闇をもとめて再び住宅地へ。

渡邉 あっ、これはもしや……。
町田 パンダが打ち合わせ中じゃないですか! 私、混ざります。
渡邉 えっそんな、「公園の動物は夜がマジ」なのに大丈夫?
町田 ……大丈夫ですが、輪に入れてない感あります。
渡邉 でも、左の子は町田に興味津々だよ。

あ、ほんとだ……。
あ、ほんとだ……。

渡邉 パンダといえばさて、うっかりまた明るいほうに来てしまったから、また桃園川のほうに下ってみよう。
町田 それにしても、桃園川はほんとうに谷の底間ありますね。
渡邉 この、人がいないまっすぐな道は、とっておきのためにあるようなものじゃない?
町田 ついに「ナイトスキップ」ですか!
渡邉 うまく撮れるかな……。

!!!
!!!

渡邉 すごいナイススキップが撮れてしまった。
町田 高揚感ありました。

渡邉 ミッション達成したなあ。あっ、あっちに銭湯がある。

写真の奥、桃園川緑道は東西に走る。
写真の奥、桃園川緑道は東西に走る。

町田 ほんとだ。これも暗渠サインですかね。
渡邉 銭湯の手前の道も、よくみるとくぼんでる。
町田 暗渠も何本かあるんですかね? 散歩しがいがありますね。
渡邉 おおっ、これこそ「無言板」では。
町田 本当だ!
渡邉 でも、絵が雄弁だなあ。タイトルを付けるとしたら何だろう。

「察しろよ!!」 ……うーん、乱暴ですね。
「察しろよ!!」 ……うーん、乱暴ですね。

町田 最後にいい収穫があってよかったですね。
渡邉 いや、まだまだ。今日の散歩で‟歌の入り口”は見つかりましたか。
町田 えっ、ここで短歌ですか……。難題ですね。
上下左右見どころだらけで大忙し電線はいいのが見つからず
 脳内画像のストックなさすぎて例えがアニメのキャラばかりでした
……こんな感じでしょうか。
渡邉 反省点ですか。
町田 今後の課題です。で、先輩はどうなんですか。
渡邉 課題とするとあのハンガーかな。あれは、
もう誰の服も着なくていいハンガーが道端にかかっている
というような
「やさしい人間」がくれた自由とみるのか、
せっかく外に飛び出したのに囚われ市中に晒されるハンガー
という余計なお世話という感じなのか、研究が必要だなと。
町田 ……なぜハンガー側に感情移入を?
渡邉 ずっと家にいるハンガーに、つい思いを馳せてしまった……。でも、ご近所さんぽでこれだけ楽しめるというのは愉快な再発見だね。
町田 そうですね、「ご近所」が無限に広がった気がします!

(6月号にご協力いただいた達人の皆さま、ありがとうございました。)

構成・撮影=渡邉 恵(編集部)