川崎で3代続く町中華。登録商標を取得した“天下一いずま”とは?
JR川崎駅を出て、東口のにぎやかなアーケードを歩くこと徒歩5分。『中華料理 天龍』を見つけた。この地で80年以上も愛される町中華だというが、のれんの両端に記された“天下一いずま”とはこれいかに。興味をひかれ店に入った。
すると、3代目店主の谷口善隆さんが迎えてくれた。「ここはうちのおじいさんが開いた店なんです。オープンした年数が定かではないのですが、1949年ごろだと聞いています。おじいさんが戦前から銀座の料理屋さんで働いていて、向かいに中華料理店の天龍があったそうです。その店とは交流があったのでよく食事をしていたんですって」。
そのうち銀座の店から独立して川崎で中華料理店を開くことになり、なじみのあった『天龍』という名を付けてタンメンや餃子を提供しはじめた。
現在は冒頭の写真の銀座街店、その並びにある三世店とテイクアウト専門の餃子店に加え、5分ほど歩いたところに仲見世店がある。「おじいさんが最初にオープンした天龍1号店は現在の餃子店の場所だったんですよ。『天龍三世』は自分が24歳のとき(1998年)、おじいさんが“自分で店を切り盛りする経験をさせたい”と店を持たせてくれました。個人的には三世店にしかない醤油ベースのヤキソバがおすすめですね」。
タンメンと餃子は全店共通で提供しているが、店を担当しているコックにより微妙にメニューが違う。天龍ファンなら各店を巡礼するのも楽しそう。
ところで、ずっと気になっていた“いずま”の正体を尋ねてみた。「いつからか、おじいさんが“天下一いずま”というキャッチフレーズをつけました。意味を聞いてもハッキリ教えてくれなくて……。まあ、マズイの逆で“うまい”ってシャレですよね(笑)」。
あはは、ユーモアのあるおじいさまだったんですね。ハッキリ理由を言わなかったのは、ちょっと照れもあったのかもしれません。
初代から引き継いでいるタンメンはじんわり染みるやさしい塩味
今日オーダーはするのは、もちろん看板メニューのタンメン600円と餃子300円だ。谷口さんが「すみません、ここ数年の物価やエネルギー価格の高騰のため、値上げしたんですよ」と申し訳なさそうに言うのだが、このご時世に充分ありがたい価格ですよ!
オーダーが入ると、もわっと熱気を感じる厨房がさらに活気づく。熱した中華鍋で野菜を手早く炒め、スープを加えて煮込む。
「先代の父からあまり厳しく指導された印象はないのですが、タンメンのスープと餃子の餡だけはしっかり仕込まれました」。今でも谷口さんは早朝からスープや餃子の仕込みをするのが日課になっている。ちなみにタンメンや餃子などにもたくさん使用されている白菜やキャベツは、山梨にある自家農園で栽培している。
タンメンと同時に餃子もテーブルにやってきて驚いた。わっ、すごいボリュームだ。これで合計900円なら毎日でも食べたいですよ。
まずはタンメンからいただいてみよう。『天龍』の命ともいえるスープは、見た目通りの澄んだ味。湯気とともに立ち上るゴマ油の香りが鼻をくすぐる。「スープを作るときに特別なことはしていませんが、塩にはこだわっています。初代からコレというものがあって、今も同じものを使っています」と谷口さんが語る。鶏や豚、野菜の旨味もありながら、それらを引き立て合うやさしい塩味。その奥に感じるまろやかさ。
野菜はシャッキシャキで旨味が最大限に引き出され、スープで軽く煮込んでいるから具と麺がうまく調和している。シンクロ率100%。お見事! 野菜がモリモリなのもうれしい限りだ。麺は50年もの間変えずに、『竹島製麺』の中太平麺を使用している。
野菜の山から麺を探りあて、麺をすすってみた。あっさりとした麺でスープや具材ともよく合う。無心にタンメンを食べていたが、そうだ餃子もアツアツのうちにいただかなければ!
外はパリッと、中はふんわりジューシー。手包にこだわる餃子
餃子は冷凍せず、その日提供する分を餡から手作りするのが『天龍』のこだわりだという。「餃子を包む機械もあるんだけど、やっぱりなんか味が違うんですよね。だからちょっと手間がかかるけど1個ずつ手包みしているんです」。
餡の中身は国産の豚ひき肉に自家畑の白菜やキャベツ、ニラ。麺と同じく『竹島製麺』の皮を使用している。
パクッと半分かじってみると、野菜と肉のスープが染み出して来た。これまたシャッキシャキ野菜と豚肉のやさし&うまし劇場の開幕ですよ。卓上には酢、醤油、ラー油などの調味料が揃っているけど、筆者はそのまま食べてもいいと思った。
ところが調味料の中に川崎名物・餃子みそを発見。これはつけて食べてみるべきと、ひとつ、ふたつ食べてみた。ああ〜、やっぱり相性バツグンだわ〜。
タンメンと餃子を交互に食べ進めていたら、いつの間にか完食していた。野菜よく噛んで食べたからか満足感も得られ、満腹だけど胃は軽やかだ。次は炒めものやご飯ものも食べてみたいから、友達と一緒に来て隣に座っていた2人組みたいに料理をシェアしてみよう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢