さっぱりとしているが奥深いつゆ。衣が薄くパリッとした天ぷら。心ゆくまで楽しみたい。

お店の外の様子。古くからの地元に愛されるお店であることがわかる。
お店の外の様子。古くからの地元に愛されるお店であることがわかる。

のれんをくぐる、という行為にはいつもワクワクさせられてしまう。

中に入るとふわぁっとお出汁の香り。この香りを嗅ぐだけで、期待値が何百倍にも膨れ上がり幸せになる。すっかりお腹をすかせきっていた筆者は、早速女将さんにおすすめを教えてもらった。

「七福天せいろが新メニューでおすすめなんですけど、定番だと……旬野菜の天せいろが多いですねぇ」とにこやかに教えていただく。忙しそうなのに優しくて、丁寧。個人的にはイチオシの七福天せいろとも迷ったのだが、まずは定番を楽しみたいと思い、旬野菜の天せいろ(温)2000円を頼んだ。

旬野菜の天せいろ(温)2000円。シンプルなかけそばがたたせる湯気が食欲をそそる。
旬野菜の天せいろ(温)2000円。シンプルなかけそばがたたせる湯気が食欲をそそる。

目の前にやってきたかけそばと天ぷらに、思わず声を上げてしまう。薄くて上品な衣に包まれた色々な野菜たち。シンプルながらも見ただけで「絶対においしい」とわかるかけそば。多すぎない薬味のネギ。天ぷらは天つゆと塩、どちらでも食べられる。

まずはおそばをすする。冬の冷えたからだに、温かいそばが沁み渡る。そばは細めで喉越しが良い手打ち麺。つるつると身体に入っていく。ほわん……とからだが幸せに満ちていくのを感じる。

旬野菜の天ぷらは、季節により変わる国産素材。今回はブロッコリー、プチトマト、ズッキーニ、エリンギ、海老天、ごぼうと人参のかき揚げ。
旬野菜の天ぷらは、季節により変わる国産素材。今回はブロッコリー、プチトマト、ズッキーニ、エリンギ、海老天、ごぼうと人参のかき揚げ。

続いて、天ぷらをサクリ。衣は薄づきでサクッとしていて、中の具材もおいしい!

しかも、変わり種の天ぷらだらけ。初めて食べる味わいに感動が止まらない。

大根おろしを天つゆに溶かし、エリンギをつけていただく。これはジューシー。ブロッコリーとズッキーニは水分が多いからか、塩でいただくと旨味が凝縮されるような気がして不思議! かき揚げはかけそばにドーン!とぶっ込んで食べてみる。つゆに油が染み出して、サクサクの衣がだんだんふわふわになっていくのが愛おしい。海老天はプリプリしていて、やっぱり天つゆとおろしで食べるのが最高……。

個人的に驚いたのがプチトマト。衣とも合うし、少し熱を通されているから中の水分がジューシーさを増してあまぁい! 筆者は生トマト全般が苦手なのだが、このプチトマトが天ぷらの中で一番のお気に入りになるほどおいしかった。ただ、揚げたてアッツアツなので口の中のやけどだけお気をつけて……。

野菜の旨味がどれも濃いのだが、それもそのはず。こだわり抜いて選んだ国産野菜を使用しているのだそう。

かけそば。シンプルだが透き通ったつゆの茶色に思わずほう……とため息が漏れる。
かけそば。シンプルだが透き通ったつゆの茶色に思わずほう……とため息が漏れる。

つゆはシンプルだが奥深く、出汁の味は濃いが塩気はキツすぎない。一般に、東京のそばのつゆは濃いめだと言われるが、ここのかけそばはそんなことはない。かといって関西風のように甘いわけでもない。ちょうど良い塩気と出汁の味の奥深さに背中を押され、筆者もついついつゆを飲み干してしまった。

つゆは店主が休みを返上して、何日もかけて寝かせて仕込んだ一級品。店主は「飽きのこない味」を目指しているとのこと。まさに。これは毎日食べたくなる味だ。

店主は4年前に店を引き継いだ3代目。試行錯誤しながら日々進化していくメニューたち

店内の様子。年越しそばは当日も受け付けているそう。
店内の様子。年越しそばは当日も受け付けているそう。

元々この『尾張屋』は、昭和30年創業のお店。2019年頃、2代目からのオファーでこのお店を引き継いだのが、大将が店主となるきっかけだった。

大将は若い頃からそばの道一本の真面目な職人。立ち上げ当初は、「お店を経営する」ということに四苦八苦したそう。思い切って一から経営について学びながら、試行錯誤を繰り返して今の形に至っているとのこと。今は少しずつ新メニュー開発に勤しんでいるとのこと。

新メニューの中で、一番お勧めなのが七福天せいろ2700円だ。

七福天せいろ2700円。えび天なすのみぞれそば1300円は女性人気が高いとのこと。
七福天せいろ2700円。えび天なすのみぞれそば1300円は女性人気が高いとのこと。

えび2本、いか、キスと海の恵みだらけの天せいろだ。

なぜ「七福天せいろ」という名前なのかというと、それはこのお店の立地にある。実は『尾張屋』周辺には七福神めぐりのできる神社があるのだ。七福神めぐりの合間や帰りに、ぜひこのそばを食べて元気になってほしい、という願いを込めて作られたメニューである。次はぜひ、七福神めぐりをしてからこのおそばを食べたい。

七福神めぐりのマスコットたち。可愛らしい。
七福神めぐりのマスコットたち。可愛らしい。

また、試行錯誤はメニューの中身だけでなく、メニューの名前にも表れている。「おろし」という名前で提供していたそばを「みぞれ」という名前で提供することで人気商品に押し上げるなど、女将さんの提案もしっかりとこのお店の未来を作っている。

店主の職人としてのそばづくりと、女将さんのお客さんやメニューに向けられた愛情で、このお店はまだまだ飛躍し続ける、ということが予感される。5年後には全く違うメニューが人気になっているかもしれないとすら思う。2人が力を合わせることの面白さが、ここにある。

接客は当たり前の優しさを大切に。ひとりひとりのお客さんに寄り添う理想の接客

ピカピカに磨かれた机と椅子。ゴミ一つ落ちていない床。大きな文字のメニュー。

ひとつひとつは小さなことだったとしても、その全てが一体となり、このお店を感じの良い、過ごしやすい、清潔な空間にしている。そしてそれこそが『尾張屋』の女将さんの矜持だ。

接客のたび、必ずゴミを拾うように徹底している。お話を聞いている時も机の上を綺麗にしてくださった。この小さいながらも繰り返される努力が、ピカピカのお店に繋がっていると思うと、まさに「塵も積もれば山となる」である。

店内の様子。広すぎず狭すぎなくて居心地が良い。
店内の様子。広すぎず狭すぎなくて居心地が良い。

また、ひとりひとりのお客さんに丁寧に寄り添うことを徹底しているので、車椅子のお客様がいらしたときは、自動ドアの電源を切り、対応するとのこと。店内通路も車椅子が安心して通れる広さだ。

忘れ物も、お客様が帰ってすぐだったら走って駅の方まで追いかけるとのこと。「親切ですね」と言うと「お客様の立場に立って考えるようにしているので当たり前の事です…。それに、喜んで頂けたらこちらも嬉しいですから。」と返ってきた。これはすごい。その親切をお店の「当たり前」にする。一流の接客の極意なのではないか。

うさぎの置物と相撲取りの絵。店内には相撲にちなんだ絵や番付表が飾られている。
うさぎの置物と相撲取りの絵。店内には相撲にちなんだ絵や番付表が飾られている。

店内の飾りも見ていて楽しい。女将さんが置いたものや先代が置いていったものもあるそう。

筆者が伺ったのはクリスマスの季節だったので、可愛らしいクリスマスカードも飾られていたし、相撲部屋が目の前にあるからか、相撲関連のポスターや番付表、絵なども飾られている。2023年はうさぎ年だから、とうさぎの置物も置いてある。

季節ごとに置くものを変えているそうで、季節ごとに遊びに来て、「今は何が置いてあるんだろう」と見るのも楽しそうだ。ぜひこの地元に愛されるおそばやさんで、一度心を温めて帰ってみてほしい。

住所:東京都江東区清澄2-7-9/営業時間:11:00~15:00LO、17:30〜20:30LO/定休日:木、第2水/アクセス:地下鉄清澄白河駅から徒歩5分

取材・文・撮影=HOKU