未体験の食感スイーツ洋風わらび餅

『クレール ドゥ リュンヌ』店内ショーケース。
『クレール ドゥ リュンヌ』店内ショーケース。

ショーケースには美しく飾り付けられた洋菓子が並び、色とりどりのスイーツを眺めているだけで顔がほころぶ。『クレール ドゥ リュンヌ本店』にはカフェスペースも併設されていて、そこではショーケースのケーキや焼き菓子、そして店内限定スイーツを食べることができる。

今回ショーケースからは贅沢ショコラ「クリオロ」818円を注文してカフェスペースでいただくことにした。

『クレール ドゥ リュンヌ』カフェスペース。
『クレール ドゥ リュンヌ』カフェスペース。

カフェスペースはカウンター1列のみ。ステンドグラスのランプシェードと、天井の曲線が柔らかい温かみを演出している。

『クレール ドゥ リュンヌ』メニュー。
『クレール ドゥ リュンヌ』メニュー。
グラスで提供されるおしぼりが、非日常の世界に連れて行ってくれる。
グラスで提供されるおしぼりが、非日常の世界に連れて行ってくれる。

ゴールドのカウンターに置かれたオールドファッションなメニューを開いて、店内限定スイーツからわらび餅ドリンクセット1650円、ドリンクは華660円を注文した。

わらび餅はいちご、グリオット、あんず、マンゴーからチョイスできる。選んだのはグリオットだ。

華660円。
華660円。

華660円はザクロシロップ、グレープフルーツジュース、ソーダのドリンク。

ほのかに香る和柄の杉のコースターと、橙色の華の組み合わせが粋だ。ストローで混ぜてからまずは一口。微炭酸の刺激と鋭い酸味、一瞬遅れてそれを癒やすほのかな甘味がやってくる。途中でグレープフルーツを絞ってみると、ビタースイートな風味が加わり、少しだけ複雑さが増す。

わらび餅ドリンクセット1650円。
わらび餅ドリンクセット1650円。

オーナーシェフの乙坂佳史さんが「洋風わらび餅」と称するグリオットのわらび餅が運ばれた。アングレーズソースが添えられている。

グリオットのわらび餅。
グリオットのわらび餅。

グリオットとはフランス産のサワーチェリー。深紅に輝くグリオットのわらび餅に、薄く削られたチョコレートがかけられる。

特殊な形状のプレートにもちゃんと理由がある。「この不規則な形状でステンドグラスの光が幻想的に歪むんです」

と乙坂さんは言う。少し視点が変わるだけで光がぐにゃりと動く。まるで生きた万華鏡のようだ。

グリオットのわらび餅とアングレーズソース。
グリオットのわらび餅とアングレーズソース。

アングレーズソースをかけて頬張ると、いまだかつて経験したことがない究極の柔らかさと心地よい弾力がおそいかかる。洋菓子の味では類をみない。食感はわらび餅だが、わらび餅としてもこれほど柔らかいものは他にはないだろう。

グリオットのわらび餅は、フルーティなさわやかさのある酸味で、それをアングレーズソースのクリーミーな甘みが優しく包む。そしてチョコレートの甘みと高い香りが食べ終えたあとに幸せな余韻として残る。

子どもの頃に考えていた、月でウサギがついている“特別なお餅”を彷彿とさせる。

贅沢ショコラ「クリオロ」818円。
贅沢ショコラ「クリオロ」818円。

わらび餅を食べ終えて、運ばれてきたのは贅沢ショコラ「クリオロ」818円。事前にショーケースから取り出しておき、食べるのに最適な温度にしておいてくれたのだという。繊細な心遣いがうれしい。

クリオロとは豊かなフレーバーを持つ、非常に生産量の少ない希少種のカカオとのこと。それをここでは混ぜ物をせずに贅沢に使用している。

上に乗っているのはピンクペッパーだ。

ひと口いただくと、カカオの香りが容赦なく広がる。カカオ90%以上のチョコレートとは異なる、質が高く奥行きのある香りだ。カカオの含有率が低くても、甘さをつけても主張する力強さを持っている。

ピンクペッパーは胡椒の香りはするが刺激は少なく、クリオロの風味に立体感を与えてくれる。プレートのピスタチオやソースもアクセントとなり、あっという間に平らげてしまった。

常に最高の状態で提供したいという思い

カフェスペース。
カフェスペース。

オーナーシェフの乙坂さんは、父親がパティシエ、母親は料理学校の講師を務めていたという。ホテルシェフを経験して、渡仏し、料理の腕を磨き上げる中でお菓子に強く魅了されてパティシエに転向した。

「普通の料理であれば5000~6000円使って得られるものと同様の満足感をお菓子は500円くらいから得られると思いますね」

と乙坂さんは言う。

カウンター。
カウンター。

そんな乙坂さんの強いこだわりは、お客様にお菓子をもっともベストなタイミング、温度で食べてほしいということだ。

カフェスペースでは乙坂さんやスタッフがそのタイミングを見計らって提供してくれるが、お持ち帰りのお客様にはそれができない。だから乙坂さんは持ち帰るお客様一人一人に丁寧に説明するという。

「普通のお店では冷やしてお召し上がりくださいとか、温めてからお召し上がりくださいとか言うくらいですが、それだけではそのお菓子の最高の状態には持っていけないんです。

だからできるだけ丁寧に説明します。例えばパイなんですが、ただ温めてから、だけでは足りません。温めた直後は生地の層に油が浮いた状態になってるんですね。それだとサクッとした食感にならないんです。

少し置くとバターが循環して落ち着いてくるので、そうするとサクッとした食感で食べられます。だから温めたあと1、2分粗熱を取ってから召し上がってくださいと説明するんです」

ベストなタイミングに対するこだわりは調理段階から原料にも求められている。

「例えばイチゴは追熟しないんです。ここに置いておいても甘みは増しません。だからクリスマスシーズンには、注文が多いからこそ自ら農家に行ってぎりぎりまで畑で熟されて甘く実ったイチゴを取ってきます」

おいしいお菓子のポテンシャルを少しでも損なわないように、できるだけベストな状態で食べてもらえるようにという思いを強く持って乙坂さんはお菓子と向き合う。

店内からの円窓。
店内からの円窓。

『クレール ドゥ リュンヌ本店』のカフェスペースでは注文したお菓子を最高の状態で提供してくれる。テイクアウトでも最高においしい食べ方を丁寧に説明してもらえる。

月を模した円窓は、夜は地面を丸い月のように照らすという。そして輝く円窓の奥に浮かぶ最高のお菓子。月の引力に引き寄せられたらそのまま扉を開けて中に入ろう。

取材・文・撮影=かつの こゆき