1991年大宮鉄道まつりにて撮影。鉄道工場が一般開放されたとき、保管されていたデッキ付き電気機関車EF15 192(左)とED16 10(右)。右端はガスタービン試験車キヤ391系。現在は残念ながらこの3両とも2015年と17年に解体されて現存しない。
1991年大宮鉄道まつりにて撮影。鉄道工場が一般開放されたとき、保管されていたデッキ付き電気機関車EF15 192(左)とED16 10(右)。右端はガスタービン試験車キヤ391系。現在は残念ながらこの3両とも2015年と17年に解体されて現存しない。

EF15は戦前から活躍してきた電気機関車のように、先頭部に手摺りとデッキを配した古風な出立ちで、端正な寝台特急用の機関車と比較すると、無骨で厳つい印象を与えました。引退は1986年のこと。国鉄がJRへと分割民営化する前年でした。EF15は戦後の復興と高度成長期を支えながら活躍し、国鉄と共に去っていきました。

1991年大宮鉄道まつりにて撮影。今は無き192号機。
1991年大宮鉄道まつりにて撮影。今は無き192号機。
1991年大宮鉄道まつりにて。これを撮影したのは13歳。デッキ付き電気機関車に興味津々であった。EF15 192号機デッキ下部の先輪(せんりん)と連結器付近。
1991年大宮鉄道まつりにて。これを撮影したのは13歳。デッキ付き電気機関車に興味津々であった。EF15 192号機デッキ下部の先輪(せんりん)と連結器付近。

私は無骨で厳つい表情の機関車が幼少期から大好きです。ただ、デッキ付き電気機関車は私鉄を除いてほぼ引退しており、先輩諸氏の撮影した写真が掲載された鉄道雑誌を読んでは「もう少し早く生まれていれば……」とブツブツため息を漏らしていました。

1991年大宮鉄道まつりにて。広角レンズが無くて必死に撮った一枚(と思われる)。同じデッキ付き電気機関車ながらEF15とED16の違いを見る。
1991年大宮鉄道まつりにて。広角レンズが無くて必死に撮った一枚(と思われる)。同じデッキ付き電気機関車ながらEF15とED16の違いを見る。
1991年大宮鉄道まつりにて。ED16は戦前に誕生した。EF15と比較するとボディはひときわごつく、無骨なデザインである。写真の10号機が解体され、ED16は青梅鉄道公園の1号機のみ現存する。
1991年大宮鉄道まつりにて。ED16は戦前に誕生した。EF15と比較するとボディはひときわごつく、無骨なデザインである。写真の10号機が解体され、ED16は青梅鉄道公園の1号機のみ現存する。

そういった旧国鉄の機関車に会いたくとも、今は保存車両があるのみ。今回はEF15が貨車を連ねた状態で間近に見られるというので、韮崎市へ向かいました。

貨物列車編成で残されているEF15はトビ茶色だった

目的のEF15が保存されているのは、山梨県韮崎市の韮崎市中央公園です。古の八ヶ岳火山活動により溶岩が流れて隆起した七里岩の高台に位置し、中央本線の列車で行くのは難があります。ここは自動車で行くのが良いでしょう。公園には甲府機関区で活躍したC12 5号機が保存されていますが今回の主役ではなく、公園の右手へ向かいます。緑地帯の向こうにトビ茶色をした機関車が見えてきました。

公園の緑地の向こうに佇んでいるEF15形電気機関車。車体色が明るいのが気になる。
公園の緑地の向こうに佇んでいるEF15形電気機関車。車体色が明るいのが気になる。

EF15 198号機。EF15の最末期に製造されたグループの1両で、昭和33年(1958)汽車製造会社製です。東海道本線や山陽本線で活躍し、最後は立川機関区へ配置され、1986年2月にEF15最後の1両となってさよなら運転をしたシンボリックな存在です。

EF15 198。貨車を従えた堂々とした貨物列車編成である。
EF15 198。貨車を従えた堂々とした貨物列車編成である。

198号機はEF15最後の車両として解体されず、この地へ保存されました。面白いのは機関車だけでなく、貨車3両と車掌車1両を従えた貨物列車編成の状態で保存されたのです。

デッキ付き機関車に会える!とワクワクしながら近づくと、貨車を従えた姿は保存車両ながら、どこかの貨物側線で待機をする現役時代を彷彿(ほうふつ)とさせます。よく保存機関車は単体で置かれていることが多いのですが、ここでは編成となっているので、この機関車の役割がビジュアルとしてすぐ理解できるのが良いです。

ローアングルで狙うとデッキが強調されてカッコイイ。この無骨さが良いのです。
ローアングルで狙うとデッキが強調されてカッコイイ。この無骨さが良いのです。

とはいえ、トビ茶色と表現したように、車体色が錆止め塗料で終わってしまったのかな?と思うほど、現役時代と異なる塗色となっています。ぶどう色2号の焦茶色へ忠実に合わせるのは大変かと思われますが、かなり車体色が明るいのです。パンタグラフも上がっていて雰囲気はかなり良いものの、パンタグラフは本来無塗装であるのに対し、198号機はトビ茶色へ塗られています。

車体色が残念なのだが、パンタグラフを上げて貨車と連結した部分をクローズアップすると、現役の臨場感が漂う。架線があれば完璧である。
車体色が残念なのだが、パンタグラフを上げて貨車と連結した部分をクローズアップすると、現役の臨場感が漂う。架線があれば完璧である。
無骨さを引き立てるのがフロントガラスを覆う深いヒサシだ。
無骨さを引き立てるのがフロントガラスを覆う深いヒサシだ。
台車をのぞき込むとモーターが見える。
台車をのぞき込むとモーターが見える。
観賞用の通路から。手前は無蓋貨車のトラ70000形。やっぱり気になるのは車体色...
観賞用の通路から。手前は無蓋貨車のトラ70000形。やっぱり気になるのは車体色...

詳細は分からずじまいであったので、色味に関しては気にしないことにします。焦茶色へと脳内変換するか、どこかの会社所有となって、独自の車体色へ塗られた世界観を想像します。塗色の微妙さを差し引いても、保存されてから30年以上は経過しているはずなので、編成ごと残されていることのほうがうれしいのです。

憧れであったデッキへ上がり無蓋貨車の上にも立つ

198号機と貨車たちは間近に寄ることができます。デッキへ上がることも出来ますが、かなり足を上げねばなりません。かつての入換作業では、職員がこのデッキへ足を掛けて旗を振りながら機関車が動いていましたが、けっこうな高さなので慣れが必要というか、転けたら車輪に巻き込まれそうで怖いなと感じました。実際に巻き込み事故はあったそうです。

無理してデッキへ上がらずとも、機関車の奥側には観賞用の階段がちゃんとあるので、そこからデッキへ伝うことができます。憧れだった無骨なデッキへ一歩。あ、意外と狭い。

デッキに立ってみる。意外と狭かった。連結するとこうやって見えていたのか。
デッキに立ってみる。意外と狭かった。連結するとこうやって見えていたのか。

デッキ付き電気機関車には、「先輪(せんりん)」というモーターの動力を伝えない車輪が先頭部に配置され、ポイントやカーブを走りやすいようにしていました(蒸気機関車にもある)。形式によって先輪の数が1軸と2軸があり、2軸の場合はデッキも広いです。EF15の場合は1軸で、デッキは狭いのです。

先輪部分。この真上がデッキで、ステップ部分から撮影した。先輪は直径が小さい。
先輪部分。この真上がデッキで、ステップ部分から撮影した。先輪は直径が小さい。

運転台への出入りはこのデッキからで、先頭部にはドアが配置されているのに対し、現代の機関車のように側面にはドアがありません。198号機の内部には入れませんが、デッキからフロントガラス越しに運転台が覗けます。

観賞用の通路から窓越しに運転室内を覗く。手前が機関助士の座席だ。機関士席は奥。
観賞用の通路から窓越しに運転室内を覗く。手前が機関助士の座席だ。機関士席は奥。

観賞用の通路は最後尾の車掌車まで続いています。貨車は「無蓋車(むがいしゃ)」と呼ばれる種類のトラ70000形。砂利などを運搬し、屋根のないタイプです。平ボディトラックのような存在。それこそ国鉄時代はどこでも存在した貨車で、一度は見たことがある人も多いことでしょう。

編成は、EF15 198(昭和33年、汽車製造会社製)+トラ72379(昭和43年、日立製作所製)+トラ74778(昭和44年、東急車輛製)+トラ75013(昭和44年、日立製作所製)+ヨ14041(昭和27年、国鉄松任工場製)です。

トラ70000形無蓋貨車が3両とヨ5000形車掌車が最後尾に連結されている。
トラ70000形無蓋貨車が3両とヨ5000形車掌車が最後尾に連結されている。
車掌車を手前にしてEF15 198を見る。くどいけれど現役の貨物列車に見えてしまうし、ついつい現役っぽく見えるアングルを探してしまう。
車掌車を手前にしてEF15 198を見る。くどいけれど現役の貨物列車に見えてしまうし、ついつい現役っぽく見えるアングルを探してしまう。
最後尾はヨ5000形ヨ14041。かつて貨物列車にはこのような車掌車が連結されていた。
最後尾はヨ5000形ヨ14041。かつて貨物列車にはこのような車掌車が連結されていた。
ヨ14041の車内は入れないが窓越しに観察できる。車掌が乗務し、冬季用のダルマストーブはあったがクーラーはなかった。
ヨ14041の車内は入れないが窓越しに観察できる。車掌が乗務し、冬季用のダルマストーブはあったがクーラーはなかった。

無蓋車は廃車後、倉庫に転用できる箱型の貨車とは異なって使い勝手が悪い。巷では廃車体をあまり見かけません。貨車の保存車両そのものも全国的に稀少で、198号機には申し訳ないのですが、後ろの貨車の方が貴重じゃないかとも思えてきました。

しかも、トラ70000の一部側面は撤去されて荷台へ入れるのです。荷物になった気分が体験できます。198号機の顔が望めるし、後ろを振り返れば若干カーブした状態で保存されているから、そのほか2両のトラ70000と車掌車が見渡せる。映画のように、発車を待つ貨物列車へよじ登って侵入した背徳感が得られます。

トラ70000の荷台に草が生えていた。
トラ70000の荷台に草が生えていた。
EF15 198の後ろのトラ70000形は荷台に乗ることができる。
EF15 198の後ろのトラ70000形は荷台に乗ることができる。
荷台に乗って後ろを振り返る。このまま走ったらさぞかし気持ちいいのだろうなぁ……。
荷台に乗って後ろを振り返る。このまま走ったらさぞかし気持ちいいのだろうなぁ……。
ということでちょっとぶらしてみた。
ということでちょっとぶらしてみた。

と、駆け足で保存車両を紹介しました。草むらに遺棄された「廃」ではないのですが、間近にデッキ付き貨物用電気機関車に触れられる機会もないので、韮崎や近隣へ観光に行くときは立ち寄ってみるのもいいですね。韮崎中央公園には、冒頭で紹介したように蒸気機関車C12 5号機も展示されており、週末は子供向けのミニSLが走り、ちょっとした鉄道公園になっています。

<おまけ>

少し離れた位置に保存されているC12 5号機。こちらは少々草臥れているのが気になる……。

取材・文・撮影=吉永陽一