さっくりとふんわりが両立。他にはどこにもないフランス式ホットケーキ

フランス式ホットケーキ Single 880円。こう見えて、ボリュームあり。
フランス式ホットケーキ Single 880円。こう見えて、ボリュームあり。

人気のホットケーキやパンケーキというと、生クリーム盛り盛りで、映えるヤツかなと安易に想像するけれど、『熊木ホットケーキ店』のフランス式ホットケーキは、ずいぶん趣が違う。

見た目はシンプルながら愛らしく、焼き色もうっとりしそうな美しいキツネ色。銅板の上にセルクル型をのせて、やわらかい生地を流し込み、10分以上かけて焼き上げている。2.5センチほどある厚みにもニンマリ。

シロップをたっぷりかけて、ホイップバターとからめて……。早く食べたい気持ちと、ゆっくり存分に味わいたい気持ちがせめぎ合う。

フランス式ホットケーキという名前の由来は、フランス菓子の製法を取り入れて作っているから。フランスにこんなホットケーキがあるというわけではない。

紅茶は440円。吉祥寺の『SATO’S TEA』がブレンド。ホットのオリジナルブレンド珈琲は神楽坂の『swing by coffee』がブレンド。
紅茶は440円。吉祥寺の『SATO’S TEA』がブレンド。ホットのオリジナルブレンド珈琲は神楽坂の『swing by coffee』がブレンド。

フランス式ホットケーキの誕生当初は、イベントなどでときどき提供していた。そのころから好評だったが、さらに1年ほどかけて改良が加えられた。

そして完成したのが現在のホットケーキは、表面はさっくりしていて、生地の密度が高くずっしり感があり、しっとりと柔らかい。ホットケーキらしい粉の風味も感じられる。

材料には、小麦粉も卵、乳製品も厳選。卵は栃木県で作られた有精卵を使っているという贅沢さだ。

どちらも自家製のキャラメルアイスとミルクアイス、ホイップバターがのったホットケーキ・ブリュレは1430円。パリパリのブリュレ部分とアイスの相性のよさは想像以上。
どちらも自家製のキャラメルアイスとミルクアイス、ホイップバターがのったホットケーキ・ブリュレは1430円。パリパリのブリュレ部分とアイスの相性のよさは想像以上。

ホットケーキに欠かせないシロップも数種類の砂糖を使った自家製。少し塩味を効かせたホイップバターも手作りだ。

お店は元製本所。ゆっくり浸れるレトロな雰囲気

入り口も趣深い。
入り口も趣深い。

作っているのは店主の熊木啓悟(くまきけいご)さん。「フランス式ホットケーキのことを、ホットケーキ界のUMA(未確認生物)だっていう人もいますよ」と妻の美粧子(みさこ)さんは冗談めかして話す。

熊木さん夫妻は、2017年に今の場所で独立した。それまで夫の啓悟さんは洋食店で料理の腕を磨き、妻の美粧子さんはカフェなどでお菓子づくりを経験してきた。

独立当初のお店は、子どものころの体験を通して熊木さんが憧れを持っていた“喫茶店で洋食”がメインだった。2019年にリニューアルして、平日に「BAR&RESTAURANT洋食オリホン」、週末にスイーツメインの『熊木ホットケーキ店』という、同じ場所で2つのお店を開くというちょっと変わったスタイルに。平日の洋食店は、昼間はオリホン焼きと名付けた生姜焼きのプレートが人気のランチ、夜にはスタンディングでお酒とおつまみも楽しめるといった店だった。

向かって左の本棚に置かれた本たちは、この場所で作られた。
向かって左の本棚に置かれた本たちは、この場所で作られた。

2020年のコロナ禍スタートをきっかけに、洋食店としての営業は一旦終了し、金土日と祝日に開く『熊木ホットケーキ店』として営業している。

『熊木ホットケーキ店』があるのは、かつて製本作業のひとつ折本を行う工場だった場所だ。

入り口のすぐそばには、レトロなジュークボックス型のスピーカーが置かれているが、よく見ると向かって左手にボタンがある。印刷物を運んでいたエレベーターが残っているのだ。店内にはこの場所で製本作業が行われていた書籍も並ぶ。

今は使われていない業務用エレベーター。中に置かれたジュークボックス型のスピーカーからはオールディーズの音楽が流れている。
今は使われていない業務用エレベーター。中に置かれたジュークボックス型のスピーカーからはオールディーズの音楽が流れている。

もともとレトロな雰囲気が好きだという店主夫妻の趣味もあって日本の古いメーカーが作った柱時計がコチコチと小さく音を刻んでいるし、窓際の席には、昭和の喫茶店か宿のようにノートが置かれていて、交換日記と呼ばれている。訪れた人は誰でも自由に書くことができるものだ。

常連客から「おじいちゃん時計」と呼ばれる古い時計。気づくと遅れているけれど、心地よい音を静かに響かせている。
常連客から「おじいちゃん時計」と呼ばれる古い時計。気づくと遅れているけれど、心地よい音を静かに響かせている。

「僕が小さい頃に行ったお店にもノートが置かれていて、楽しく読んだ思い出があります」と啓悟さん。長く続いている交換日記には、書いた人の人となりが見える文章が書かれている。なかには失恋したとか仕事で疲れていたけどホットケーキを食べて励まされたとか。訪れるたびに書き込みしている人もいるんだとか。

みんなの交換日記。訪れた人たちの気持ちが交差する。
みんなの交換日記。訪れた人たちの気持ちが交差する。

「料理やお菓子を作って提供してという毎日を過ごしていると、来てくれる人の気持ちを考えることを忘れがちです。コメントを見ると、今日もおいしいものを作ってよかったなと思います」と美粧子さんが言うように、交換日記の存在は店主夫妻のやりがいにも繋がっている。

新メニュー、ミートパイは持ち帰りOK

ミートパイのブランド名はmeatorion。イートインなら550円。
ミートパイのブランド名はmeatorion。イートインなら550円。

お店には、2023年になって正式に加わったメニューがある。それはミートパイだ。

店内で食べる時は、ザワークラウトとマスタードが添えられる。テイクアウトも可能だし、実はお店が開いていない平日にイベントなどで販売している。

さっくりした食感のパイ生地は店で手作り。フィリングも、知り合いの精肉店に品質のいい肉を粗挽きにしてもらって、トマトなどは加えずにじっくり煮込んでいるため、ダイレクトに肉の味と食感が感じられる。手間をかけて作ったミートパイは、イートインでは550円、テイクアウトは540円という手軽な値段だ。

「そもそもお店は、料理以上に空間を重要に考えています。おいしいものも接客も、すてきな空間のためなんです。ミートパイは、お店のような空間を自宅で再現して楽しんでもらおうというコンセプトで作っています」と美粧子さん。

お皿の下に敷かれるマットもカトラリーも、クラシカルなデザイン。
お皿の下に敷かれるマットもカトラリーも、クラシカルなデザイン。

自宅で食べるときも、お店と同じく、ザワークラウトやピクルスなど酸味のあるものを添えて、ワインなどと一緒にくつろいで食べて欲しいのだとか。

レトロな空間でクラシカルなホットケーキを味わえる『熊木ホットケーキ店』。ランチやおやつとしてホットケーキを食べたら、帰りにミートパイをお土産にしてもいい。神楽坂の奥の道から、ほんのり懐かしさのある空気も一緒に連れて帰ることができるかも。

取材・撮影・文=野崎さおり