今の場所に横浜駅ができた頃、表玄関は東口だった。
「目の前は海で、その証拠にマンションの建築現場から貝殻が出てくる」と『朝日湯』の菓子田卓也さんが話す。空想の昔風景を思い描きつつ、観光地とは逆方面の横浜へ突入だ。
波の音、と言いたいところだが、電車の音が追いかけてくる。線路が近い。すぐに「裏横」と呼ばれる界隈だが、『カントナ』の粂田崇宏さんいわく、
「その呼び名は浸透してないけど、いい店が点在する面白い所ですね」
塩田、錨、銭湯の湯船。海を感じる横浜下町
石崎川沿いには、関東大震災後に造られた震災復興橋梁が、狭い間隔に7つ。再建を心待ちにした人々が、忙しく往来した光景が目に浮かぶ。
氏神様は、かの震災と横浜大空襲に遭うが難を逃れた『水天宮 平沼神社』。元は海近くにあり、塩田で働いていた人が流れてきた祠を見つけたのが起源。歩くほどに海の気配が濃くなる。
電車の音が遠ざかると、子供らの遊ぶ声が聞こえてくる。犬の散歩に楽しげな井戸端会議。なんだぁこの下町っぽさは。まったりのんびり、超のどか。
『シネマノヴェチェント』の箕輪克彦さんは、川崎市から映画館に適した地を求め、移転・移住した。「商店街のさびれ方が気に入ってね」。8年が過ぎ、昨今は空き店舗に若い世代が出店。
「面白い進化だよ」。
金物店跡で開業した『HILL COFFEE BAKERY』は、向かいの八百屋で野菜を調達、肉屋とコラボで総菜パン作りなど、新風が活気を生んでいる。
あちら側のランドマークとこちら側の下町っぽさを、「ちぐはぐな感じ」と表現するのは『USAGIUMA』のきまぐれ店主。その感じ!道中で何度も聞いた「面白さ」につながるぞ。
ゴールはペンキ絵の海を望む銭湯へ。ウエストサイドのランドマークは、昔も今も、銭湯の煙突なのだ。
【思わぬ発見の宝庫。魚のようにスイスイめぐろう】
涼み屋(夏季)/ぬくみや(冬季)
横浜下町の“シン・茶屋”で集合
路地裏のコンテナで営む、現代の茶屋。地元出身で元バーテンダーの店主・眞田陽介さんの陽気な接客に惹(ひ)かれ、近所の人が気軽に立ち寄っていく。冬の看板は大学芋。普通味の他に「チョコ」や「アップルシナモン」などの変り種に注目!夏は大学芋に代わりかき氷が登場。
営業日時は、公式Twitter参照。@yushokukai
自然派ワインと中華の店 カントナ
ポツン営むにぎわい中華で乾杯!
店主・粂田崇宏さんの「好き」が充満するレトロかっこいい店内。L.A.滞在中に中華料理にハマり、帰国後、横浜中華街で修業した。妻の礼子さんが「日々おいしくなる」とほめる独創的な料理と自然派ワインを。グラス880円~。
・18:00~23:00、日休。☎︎045-314-4337
水天宮 平沼神社
線路沿いに鎮座する地元の氏神様
提灯に描かれた社紋は錨。天保10年(1839)に平沼橋のたもとで創建、以来「水天宮さん」と親しまれ、ロープや帆の製造など海にまつわる産業に寄り添ってきた。かつて塩田が広がったあたり。境内で目を閉じれば、潮の香りがするかも。境内自由。
・☎045-321-8895
朝日湯
脱衣所に響くハマっ子の独創太鼓
1951年創業の銭湯を、菓子田卓也さん、マリ子さん夫妻が継いで55年。壮大なペンキ絵と、薪と油で沸かす柔らかい熱湯が自慢だ。卓也さんは故郷・石川県の伝統太鼓を基に「杉豊太鼓」同好会を結成。毎年地域の祭りで披露する。
・14:00~22:00、無休。☎045-321-5472
よこはま金魚
ミニ水族館と呼んでいい!?ショーベタ専門店
「小さいのに個性豊か」と、店主の虎岩健吾さんがショー(品評会)を目指すベタ(熱帯魚)に惚れて開店。魅惑はひらひら広がるヒレだが、社員の浅井さんいわく「気まぐれな性格も好き」。1匹8000円~。飼育セットも揃う。
・14:00~20:00(土・日は12:00~)、月・木休。☎070-3539-4580
シネマノヴェチェント
フィルム全盛期の20世紀へダイブ
映画を観て、酒を飲み、語る。支配人の箕輪克彦さんが理想とする人生の醍醐味をくっつけた28席のシアターだ。独自のセレクトで幅広い作品を組み、週末は可能な限りフィルムで上映。監督を囲み乾杯する懇親会付きイベントも開催。
上映情報・料金は公式HP参照。☎045-548-8712
HILL COFFEE BAKERY
開業の夢の舞台は人情温い商店街
イーストの量を減らしてゆっくり発酵させる生地が自慢。「コーヒーに合うパンだけを作ってます」と吉田翔太さん・美寿恵さん夫妻が元気に営む。自家製バターを使うクロワッサン270円、手成形のドーナツ240円、アイスコーヒー350円。
・9:00~18:00、日・月・火休。☎080-3245-8067
横浜イングリッシュガーデン
咲き誇るバラは、なんと2200品種
こぢんまりした園内は小道が入り組み、エリアごとに変わる表情に心躍る。青色ベンチの周辺に咲くバラは黄色。足元には青色の花々を散りばめ、黄と青のコントラストが見事に広がる。併設カフェのローズソフトクリーム550円。
・10:00~18:00、無休。入園料~1500円。☎045-326-3670
Handmade cafe USAGIUMA
日々の食卓と旅心をさりげなく満たすカフェ
古い家をDIYした空間は住みたくなるほど心地良く、モロッコ風洞窟席も。きまぐれ店主(この日はウマ)が心を込めて作る彩りと栄養に富む総菜200円~は、常時6種~。店内利用は土曜のみで、ケーキとコーヒー700円やカレーを。
・13:00~17:00、日・月・火休。☎なし
取材・文=松井一恵(teamまめ) 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2023年5月号より