「芋坂の団子」って?
JR・京成電鉄京成日暮里駅近くの善性寺門前と谷中墓地を結ぶ「芋坂」にある『羽二重団子』の創業は文政2年(1819)。
夏目漱石の『吾輩は猫である』や正岡子規の『道灌山』などに“芋坂の団子”として登場する同店は、初代澤野庄五郎氏が現在地に開いた「藤の木茶屋」がはじまりだ。団子のキメが細かく絹織物の羽二重のようだと評判になり、それがやがて菓名となり屋号となった。現在の店主は7代目の澤野修一さんだ。
生醤油の焼き団子か、渋抜きこし餡か。
『羽二重団子』は滑らかで粘りがあり、シコシコとした歯触りが特徴だ。焼きと餡の2種類あり、餡の方は一粒一粒こし餡で包まれている。北海道産の小豆を使う渋抜きこし餡は甘さ控えめ。さらりとした舌触りで団子の柔らかさが一層際立つ。
焼き団子は、生醤油を付けて焼いてもだれないように水加減を調整し、餡団子の生地よりもやや固めに仕上げているそうだ。適度な歯応えと焼き目の香ばしさがたまらない。
羽二重団子は庄内産のはえぬきをメッシュ(挽目の度合い)指定で挽いた粉を湯でこねて蒸し、臼と杵でつき抜いてつくる。「羽二重」と賞される滑らかなキメの細かさは、よくつくことで生まれる。実はずいぶん前にも澤野さんにお話しを伺ったことがある。そのとき「よそが300つくならうちは600つけ。」と伝わっているというくらい、とにかくよくつくとのことだった。
改めて尋ねてみると、「人より手間をかけなさいということですね。米粉の団子は、つかなくても食べられますが、つくほどに滑らかな団子になるのです。」。とはいえつき過ぎれば糊(のり)になる。ギリギリのところを見極めて、よい加減までつくのだ。
リニューアル後は限定のランチも登場!
現在の建物は、以前の建物の老朽化に伴い2019年に建て替えたものだ。リニューアル前のお庭にあった赤石や青石、水辺は坪庭に残り、パワースポットといわれた『藤稲荷大明神』も店舗向かいの『隼人稲荷神社』と向かい合う形で鎮座する。
リニューアル後にはじまったのが藤稲荷大明神にちなむランチ、藤稲荷セットだ。人形町の老舗『人形町志乃多寿司總本店』から毎日届く稲荷寿司と海苔巻、五色巻にお吸い物、デザートにミニあん団子まで付く。新型コロナウイルスの感染対策で席数を絞っていることもあり、現在提供している数量はごくわずか。運良く出合えたら味わってみよう。
本店限定「漱石もなか」にメロメロに!
同店には語り尽くせないほどのエピソードがあるけれど、そのいくつかはメニューでも楽しめる。焼き団子2本に神田猿楽町の老舗酒舗『豊島屋本店』の純米無濾過原酒「十右衛門」を合わせた天心セット。岡倉天心の長男、岡倉一雄氏の随筆にある、芋坂の団子屋で酒を傾けて、陶然として帰るのを忘れていたという話にちなむものだ。
そして夏目漱石の『吾輩は猫である』にちなむ漱石もなか。リニューアル後に誕生したもので、猫の笑顔に癒やされる。中には餡団子を一滴のしづくに見立てた「しづくあん」が3粒。最中の香ばしさが意外なほど団子と合う。
文豪たちと同じ団子を同じ場所で食べ、その作品を読んでいると、彼らの時代へ旅しているような気持ちになる。なかなかできない贅沢な体験だ。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)