『カムカム』はこちらで妄想散歩をしているので、ぜひこちらの記事も参照してほしい。
朝ドラ史上もっともDVDを売り上げた伝説のドラマ、『ちりとてちん』
『ちりとてちん』は15年ほど前の作品だが今見ても古臭くなく、『カムカム』に負けじと泣いて笑っての名シーン連発、ドラマ好きの間ではかなり評判が高い。朝ドラファンには「朝ドラ史上もっともDVDを売り上げた作品」としても知られている。
古くは『おしん』、そして、近年では『ゲゲゲの女房』や『あまちゃん』といった社会現象レベルの朝ドラもたくさんあったが、『ちりとてちん』のDVD売り上げはいまだにぶっちぎりでトップだ。NHKオンデマンド、NHKプラスなど動画配信サービスが整った今、このセールス記録を抜くことはもはや不可能かもしれない。
そういった意味でも、朝ドラ史に残る作品と言える。今回はそんな『ちりとてちん』を妄想散歩。貫地谷しほりが演じたヒロイン和田喜代美とともに、物語の舞台、大阪を歩く。
散歩に出かける前に、一度この作品を振り返ってみよう。
福井県小浜に生まれた和田喜代美(貫地谷しほり)は、小さい頃から祖父正太郎(米倉斉加年)の影響で落語のカセットテープを聞くのが好きだった。その後、何をやってもうまくいかない青春時代を送った喜代美は、自分を変えるために大阪に出る。そこで落ちぶれた落語家、徒然亭草若(渡瀬恒彦)、弟子の草々(青木崇高)と出会い、徒然亭一門の復活を見守ることに。やがて喜代美も草若の5番弟子、徒然亭若狭として高座にあがるようになる。ついには、長く恋心を抱いていた草々と結ばれ、落語の道を2人で歩んでいく。
上方落語がテーマということもあり笑って泣ける、見事な作品だった。喜代美の師匠、徒然亭草若(渡瀬恒彦)の弟子たちはそれぞれが見事にキャラ立ち。涙々のストーリーも多くこれぞ群像劇という人間ドラマをしかと見せてくれた。さらに、コメディ要素たっぷりの回想シーンなど朝ドラでありながらレベルの高いエンタメとしても昇華されており……と、こんな感じで語り始めたら止まらなくなる。朝ドラとしても、ひとつのエンタメ作品としても長く語り継がれるべき名作と言えるだろう。
異例のダメっ子ヒロイン喜代美がやってきた街、大阪
では、そろそろ喜代美(貫地谷しほり)と散歩に出かけよう。まず歩くのは天神橋筋商店街だ。物語のなかでも登場した活気ある街で、大阪を象徴する場所と言っても良いだろう。天神橋筋商店街は1丁目から6丁目商店街まであり、日本一長い商店街として有名だ。
ヒロイン喜代美は福井からこの活気ある街に出てきたわけだが、さぞその街並みは煌(きら)びやかに映ったに違いない。まぶし過ぎるこの街並みに彼女は何を思っただろうか。喜代美は落ち込んだり、ふさぎこむことが多い異例のヒロインだった。というのも、彼女はほかの朝ドラヒロインと違い夢にあふれて街を目指したのではなく、これまでの脇役人生に終止符を打ちたいという想いで大阪にやってきたのだ。
このドラマは朝ドラの主人公像を変えたという意味でも、記念碑的な作品だ。それまでは天真爛漫で芯が強く夢にあふれるヒロインが当然だったが、喜代美は自分に自信がないし、何をやってもうまくいかないヘタレ女子。同姓同名で優等生の和田清海(佐藤めぐみ)がA子と呼ばれ、喜代美はB子と呼ばれていたのが印象的だった。大阪に来てもA子に対しコンプレックスを感じる日々を送る。さらには恋にも破れてしまう。自分を変えるためにやって来た大阪なのに、結局は何も変われない自分がいる。
このもどかしさや、普通の女の子の抱える胸の痛みこそが、物語を動かす原動力だったように思える。飲食店が立ち並び元気いっぱいの商店街を歩きながらそんなことを考えた。
大阪天満宮は、落語家への道がスタートした場所
次に喜代美と訪れるのはここ、大阪天満宮だ。喜代美が師匠である草若(渡瀬恒彦)の声を聞いた場所だ。草若は大阪天満宮の裏手に住んでいたという設定で、大阪天満宮で途方に暮れていた喜代美はここで草若の一人語りの落語を耳にする。
その後、喜代美はこの草若の家に住むこととなり落語家の道を目指すのだ。まさに喜代美の人生の分岐点となった場所といえる。脇役人生を変えるため、喜代美の長い落語道がスタートした地に立つと、喜代美がただのダメキャラだったわけではないと思い知らされる。熱い気持ちと、しっかりとした意思があるヒロインなのだ。物語が進むにつれ喜代美は情熱を持った強い女性に変貌していく。『ちりとてちん』は少しずつ成長していくヒロインの姿をついつい応援してしまうという、まさに朝ドラ的な楽しみにもあふれた作品だった。
当時、わずか22歳でこの難しい役をやってのけた貫地谷しほりの演技に、改めて驚かされる。
師匠である草若を演じた渡瀬恒彦の演技もまた凄かった。最初は、借金にまみれて人生の底を味わうダメ落語家から、高座に上がったときのプロの表情、師匠としてのやさしい顔、そして最期のときが近づいてからの鬼気迫る姿……喜代美の師匠にして大阪の父といえる草若を見事に演じ切った。この記事を書くために『ちりとてちん』を久しぶりに眺めてみたが、今は亡き名優の演技に完全に心をつかまれてしまった。
最後に、『ちりとてちん』の根幹だった上方落語に想いを馳せよう。この作品はヒロイン喜代美が9歳、1982年(昭和57)から始まり、祖父正太郎(米倉斉加年)とラジカセで落語を聞くというのが落語と触れ合うきっかけになっている。上方落語はこの少し前に大ブームを迎えた。昭和40年代には笑福亭松鶴、桂米朝が「上方お笑い大賞」を受賞するなど落語家が注目を集め、笑福亭仁鶴、桂三枝らが新スターとなっていった。だから、ラジカセから聴こえてきたあの上方落語は、まさしく旬でもっとも粋なエンタメカルチャーだったことがわかる。
ただ、つねに落語をかけられる常設の寄席「定席」は60年にもわたり存在しなかった。上方落語界の悲願としてつくられたのが大阪天満宮に隣接する「天満天神繁昌亭」だ。日本で唯一の上方落語の定席として2006年に誕生した。
『ちりとてちん』は喜代美たち落語家が紆余曲折を経て、定席「ひぐらし亭」をつくるという話でもあっただけに、この建物の前に立つと胸にくるものがある。こちらの「繁昌亭」も喜代美のような熱い想いを持つ落語家たちの、落語愛の結晶なのだ。
その場を去ろうとすると、「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます」、高座にあがった喜代美のあのやさしい声が今にも聞こえてきた気がして、ふと振り返ってしまった。
文・撮影=半澤則吉
参考=公益社団法人上方落語協会HP、NHKステラ臨時増刊『ちりとてちんメモリアルブック』