NHKの秘蔵っこ、清原果耶がついに朝ドラヒロインに。西島秀俊、内野聖陽の夢の再タッグも話題に

まずは『おかえりモネ』がどんなドラマだったのかを振り返ってみよう。

永浦百音(清原果耶)は宮城県気仙沼市の離島・亀島で生まれ育ったが、震災後、2014年に島を出ることを決意。高校卒業後に登米市の山主である新田サヤカ(夏木マリ)の家に下宿し、森林組合の職員として働き出す。その後、人気気象キャスター朝岡覚(西島秀俊)と出会い気象予報士を志すことに。見事試験に合格し上京、天気予報士として活躍するが次第に島に戻りたいという想いを抱きはじめて……。

ヒロイン、モネを演じたのは清原果耶。波瑠が主演した2015年下半期の朝ドラ『あさが来た』で女優デビューすると、2018年には同じくNHKの『透明なゆりかご』で初主演。2019年には朝ドラ100作目『なつぞら』で広瀬すず演じるヒロインなつの妹役でも話題を呼んだ。NHKとしては手塩にかけて育ててきた期待の若手を、ついに朝ドラヒロインに起用した格好だ。また、よしながふみ原作の『きのう何食べた?』(テレビ東京)で主人公コンビを演じた西島秀俊、内野聖陽が共演することも話題に。さらには、大人気バンドBUMP OF CHICKENが初めて朝ドラ主題歌を担当するなど、ドラマ放送前からかなり高い期待感を帯びた作品だった。実際ドラマが始まってみると、最初の地味さはむしろ後半の爆発の導火線だったのか!とばかりに、物語が進むに連れ、見る側の熱量もじわじわ高まっていった。

モネが最初に降り立った場所・菅波砲。あの会社の舞台は全部徒歩圏内!

と、語り出すと止まらなくなってしまうがそろそろ妄想散歩を始めよう。

モネとまず歩くのは東京都中央区。地下鉄日比谷線築地駅から徒歩8分ほどのところにある、「明石町船着場」だ。

聖路加国際病院の裏手にあり隅田川を通る水上バス、東京水辺ラインの乗り場となっている。というと、『おかえりモネ』ファンの人はピンと来たかも。そう、ここは気象予報士の試験に合格したモネが、上京後初めて着いた場所なのだ。

川沿いを歩いているとモネが乗っていたような水上バスを目にすることができる。目の前にあるのは隅田川だが、すぐ側は竹芝や晴海などベイエリア。街にはほんのり、潮風の香りが漂っている。そして、希望にあふれたモネの目に写ったであろう巨大なビル群も見えてくる。隅田川沿いにビルを構える大きな会社はもちろん、高層マンション群も見渡せるこの地は、宮城から出てきたモネにとってはキラキラと輝いて見えたに違いない。まさに、モネの心のワクワクを表す場所なのだ。

勝鬨橋は日露戦争での戦勝を記念し命名された。シカゴにある双葉跳開橋に倣い、はね橋だったが大型船の行き来がなくなったため開かずの橋となった。

歩いて行くと、勝鬨橋が見えてきた。隅田川にかかり築地と月島を結ぶこの橋は『おかえりモネ』ファンにとって聖地。そう、大変お待たせしました。ドラマ中、ファンがもっとも沸いたと言っても過言ではない、あのシーンの話です!

月島側に渡り、向こう岸、築地方面を眺めてみるとこの風景。第85話でモネが菅波先生(坂口健太郎)に心に溜め込んだ想いを伝えた場所。モネが投げた合鍵をキャッチした菅波の「あなたが投げるものなら、僕は全部取ります」という一言に卒倒した人も多いはずだ。まさにあの現場がココ! もどかしい2人の恋愛を優しく見守るというのも、このドラマの醍醐味だった。「俺たちの菅波」、「イケ波」、「菅波砲」などさまざまなワードがネットを飛び交い、坂口健太郎が演じる菅波先生は『おかモネ』人気を加熱させた。ファンならこの名シーンの舞台に立つだけで胸が熱くなること確実だ。モネが東京で最初の一歩を踏み出した明石からは歩いてすぐの場所というのもポイント。隅田川を望むこの場所で、モネと菅波は互いに少しずつ成長し、恋を育んで行ったのだ。

橋を渡り切ると、そこはもう月島。明治25年に作られた埋立地だ。駅で言うと大江戸線勝どき駅が最寄り駅となる。晴海通りを豊洲、晴海方面へともう少し歩いてみよう。もう一つの『おかモネ』聖地がこの先にあるのだ。

そう、この大きな建物を見に来たかった。左手の建物「CROSS DOCK HARUMI」こそ、モネが務めていたウェザーエキスパーツのビル。倉庫をリノベーションして作られたという賃貸オフィスだが、モネが憧れたウェザーエキスパーツにまさにぴったりだ。

エントランスをのぞいてみると、見覚えがある景色が。確かにモネたちもこのエントランスを歩いていた! そして、上京してきた父耕治(内野聖陽)が偶然、朝岡と出会うことになったのもこの場所。外から見ても、いかにも東京らしいモダンな雰囲気が感じられる。さすが天気予報士にしてお天気お姉さん。モネはなかなか素敵なオフィスで働いていたというわけ。

モネや未知、街の人々のさまざまな想いが詰まった街、気仙沼

続いて歩くのは気仙沼。モネの故郷、亀島がある街だ。2011年、3月11日の東日本大震災で被災し、大きな被害を受けた。筆者はその2年後、2013年に気仙沼を訪れていて、当時歩いた街に想いを馳せながら『おかえりモネ』を見ていた。ここでは、震災の爪痕がひどく残る当時の画像をあえて掲載させていただく。

そう、あの地震でモネが、未知(蒔田彩珠)が、そして気仙沼の人々が失ったものはこんなにも大きなものだった。そして、あの日から抱えることになったそれぞれの想いや、言語化するのも難しい複雑な感情もまた、あまりに巨大だった。

東日本大震災から10年で、震災をテーマにした朝ドラと聞いたとき、正直嫌な気持ちになった。大きな被害にあったわけではないが、僕自身も故郷が福島県ということもあり、あの震災が今、ドラマとして扱われることに怖れを感じた。それでも『おかえりモネ』は見てホッとした。震災の日のことや被災にあった街というものを丁寧な手つきで描いていた。そして、そこに生きる人々の気持ちをしっかり紡ごうとしていた。

これが、モネが帰ろうと思った海。未知が守ろうと思い続けた海。たくさんの人たちの、あの日の記憶を今も映し続ける海だ。モネ、未知姉妹の発した言葉、2人のやりとりもこの作品の大きな魅力だった。心地よい雰囲気をまといながらも、深いテーマが胸に響くドラマだった。モネは今もこの街で、天気予報を伝えているはずだ。

東京都中央区に行った昨日は残念ながら曇りで青い空を撮れなかったが、この文章を書いている今日は見事な晴天。そういえば『おかえりモネ』のおかげで、空を見る機会が増えたような気がする。昨日の曇り空も今日のこの晴れやかな空につながっている。そんなことを実感させてくれる作品だった。

文・写真=半澤則吉

大田区南雪谷の一画に、昭和32年から続く銭湯がある。創業当時から変わらない、歴史ある建築様式とともに、昔ながらの番台や浴室の風景が残るこの銭湯は、これまで数々の映画やドラマ、CMの舞台としても重宝されている。2021年8月現在放送中の朝ドラ『おかえりモネ』では、ヒロインの下宿先として度々登場。今回は、そんな『明神湯』について紹介する。