パンス

コメカさんと共に対談ユニット「TVOD」として活動。歴史好き。ときどきライター。ひまさえあれば年表や地図を手に取って眺めている。最近は韓国を中心に東アジアの近現代史とポップカルチャーを掘る。コロナ禍により海外に行けないので、東京都内でアジア各地の飲食店をめぐる日々。韓国語の勉強中。DJもする。@panparth

2020年、ポップミュージックを切り口に時代性と政治を考察する『ポスト・サブカル焼け跡派』(百万年書房)を出版し、今、論壇から熱い注目を集めるコメカさんとパンスさんによるテキストユニット「TVOD」。2021年1月、パンスさんが、『焼け跡派』に所収した「年表・サブカルチャーと社会の50年」の完全版を300部限定で出版。題して、『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』。政治・社会・犯罪・出版・音楽・芸能・アートなど、ジャンルを横断した出来事を、B1判ポスター4枚組という予想斜め上を行くフォーマットに盛り込んだ。その情報量は、50ページ超におよぶ『焼け跡派』の年表の、さらに数十倍にもなるという。いったい、年表に込められたこの熱量はなんだ。制作者のパンスさんを駆り立てる年表の魅力とはなんなのか?
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梅崎春生「蜆」

飲みすぎで電車で寝てしまう時間とニヒリスティックな感触

『ボロ家の春秋』(講談社文芸文庫)に収録
『ボロ家の春秋』(講談社文芸文庫)に収録

敗戦直後。寒いなか酔っぱらった状態で電車に揺られている。いまみたいに暖房のなかでウトウトしているわけにはいかない。そもそも着ていた外套を売り払った金でカストリ焼酎を飲んだ帰りなのでえらく寒いのである。

そんな中なぜか声をかけてきた男から、自分が着ていた外套を脱いで渡されるという不思議な体験をする。その後、ちゃっかりその外套を着用して街にいるとその男と再会し――もめるような、そうでもないようなコミュニケーションをする。その後、渋谷駅でまた酔っぱらって寝ていると――といった具合で、「外套」を軸に話が進む。

戦後派を代表しつつ長らくわりとマニアックな作家だったが、最近になって文庫オリジナルで編纂された『怠惰の美徳』が評判になった。とにかく怠け者のままサバイブしていく描写はじつに楽しいのだが、「蜆」に関しては戦後すぐという時代の暗くニヒリスティックな感触があり、これはこれで良い。飲みすぎて電車や駅で寝てしまう、あのどうしようもない時間を味わった人すべてにおすすめ。

尾辻克彦「風の吹く部屋」

赤瀬川原平らしい、奇想ながらもほのぼのとしたノリ

南陀楼綾繁・編『中央線小説傑作選』(中公文庫)に収録
南陀楼綾繁・編『中央線小説傑作選』(中公文庫)に収録

前衛芸術、トマソン、老人力などなど縦横無尽に活躍した赤瀬川原平は、尾辻克彦名義での小説でも芥川賞をとっており、なんともオールマイティな人である。その住まいは武蔵小金井、西荻窪、阿佐ケ谷など中央線沿いだった。

この短編では娘と二人暮らしの様子が淡々とつづられる。しかし徐々にどうもおかしくなってくる。家に備わっている設備があちこちにあり、鉄道で移動する必要があるのだ。国分寺に住んでいて、銭湯ではなく「家に風呂がある」のだが、風呂に行くためには切符を買わなければならない。電車に乗り、高円寺で降りて「風呂に入る」。家の風呂なので、スリッパで外に出るが、そんな軽装で道を歩く違和感が当然のように描写される。そして賃貸物件を眺め、我孫子にあるという「廊下」も借りようかと考えている。

赤瀬川原平/尾辻克彦らしい、奇想に彩られつつほのぼのとしたノリ。南陀楼綾繁氏が編纂した『中央線小説傑作選』で読むことができます。他の作品も併せてぜひ。

池澤夏樹『キップをなくして』

改札から出られなくなり、東京駅の中で暮らす

角川文庫
角川文庫

キップをなくしてしまったために、改札から出られなくなった主人公のイタルは、「駅の子(ステーション・キッズ)」として東京駅の中で暮らすことになる。子どもから大人まで幅広く読めるファンタジー小説。

閉じ込められているのだが、閉塞感はない。なぜなら改札の中は、電車であらゆる場所につながっているともいえるからだ。子どもたちの共同生活では、駅弁の情報からなにから、鉄道ファンにはうれしい細かな描写があふれていて、鉄道が大好きな子どもが見た長い長い夢のようにも見えてくる。

しかし、物語が進むにつれ、徐々に生と死のあわいのようなものに肉薄していくのが思わぬ展開。そして文庫版解説が、この物語の時代設定を細かく分析していて膝を打つ。国鉄が民営化し、自動改札機が普及するより前の時代——昭和の終わりの、まだセピア色にはなりきれてない時間を明確に捉えているのだ。

文=パンス

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