パンス

コメカさんと共に対談ユニット「TVOD」として活動。歴史好き。ときどきライター。ひまさえあれば年表や地図を手に取って眺めている。最近は韓国を中心に東アジアの近現代史とポップカルチャーを掘る。コロナ禍により海外に行けないので、東京都内でアジア各地の飲食店をめぐる日々。韓国語の勉強中。DJもする。@panparth

2020年、ポップミュージックを切り口に時代性と政治を考察する『ポスト・サブカル焼け跡派』(百万年書房)を出版し、今、論壇から熱い注目を集めるコメカさんとパンスさんによるテキストユニット「TVOD」。2021年1月、パンスさんが、『焼け跡派』に所収した「年表・サブカルチャーと社会の50年」の完全版を300部限定で出版。題して、『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』。政治・社会・犯罪・出版・音楽・芸能・アートなど、ジャンルを横断した出来事を、B1判ポスター4枚組という予想斜め上を行くフォーマットに盛り込んだ。その情報量は、50ページ超におよぶ『焼け跡派』の年表の、さらに数十倍にもなるという。いったい、年表に込められたこの熱量はなんだ。制作者のパンスさんを駆り立てる年表の魅力とはなんなのか?
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瀬川昌治監督『喜劇急行列車』(1967)

寝台特急さくらが舞台、人情味あふれる「列車シリーズ」

1976年、寝台特急「さくら」の食堂車。(写真=交通新聞クリエイト)
1976年、寝台特急「さくら」の食堂車。(写真=交通新聞クリエイト)

鉄道は近代日本の交通を支えてきた。戦後は日本国有鉄道(国鉄)がその役目を担ったが、同時にそれは日本の交通手段が変化していく渦中のことでもあった。

人々の生活の足であり、産業界を活性化させ、旅行のツールとして人々の楽しみを提供した高度経済成長期の鉄道。『喜劇急行列車』は、まさにその時代を象徴するような作品。渥美清が『男はつらいよ』シリーズ直前に主演を務めた、東映の「列車シリーズ」第1作。

最初の舞台は東京発の寝台特急「さくら」。ベテラン車掌の青木(渥美清)が、運行する車内で起こるさまざまな出来事に対応するさまをコミカルに描く。かつて想っていた毬子(佐久間良子)と車内で偶然再会。青木は車掌室で回想するのだが、モノローグかと思いきや全部しゃべっており、車内放送で流れてしまう。その味のある説明口調は「男はつらいよ」の寅さんそのもの。

列車は長崎行き。九州まで一晩かけて寝台列車で向かう旅のスタイルに憧れる。国鉄全面協力のもと、当時のPRにも多大に貢献したであろう、人情味あふれる人物たちのやり取りが心地よい。

増村保造監督『動脈列島』(1975)

当時話題になっていた新幹線の騒音問題がテーマ

1973年、国府津~鴨宮間を走る東海道新幹線。(写真=交通新聞クリエイト)
1973年、国府津~鴨宮間を走る東海道新幹線。(写真=交通新聞クリエイト)

鉄道が出てくる映画には、サスペンスものが比較的多めなのだが、本作は国鉄を取り巻く社会の変化をも捉えている。

高度経済成長期に登場した新幹線は、人々の交通手段に対する意識を大きく変え、むろん便利になったわけだが、建設直後においては沿線住民に騒音被害をもたらす存在でもあった。60〜70年代は公害問題がクローズアップされた時代。改善されていった今となっては想像するのが難しいが、当時は便利さ優先で、変えていくには熾烈な訴訟運動などを経ていたのだった。新幹線の騒音公害問題も当時実際に話題になっており、それをテーマにした清水一行による推理小説の映画化。訴訟団にいた一人の医師が、新幹線へのテロを目論む……という大胆なフィクション(国労・動労とは無関係の旨、冒頭に明記されている)。予告文を送り、列車を脱線させたり、停止させたりする犯人と警察との攻防を描く(ただし、人には被害を与えない)。

思い詰めた孤独な犯人、秋山(近藤正臣)の動きが織りなすクライム・サスペンスだが、どちらかに肩入れすることなくラストまで突き進む。

山本薩夫監督『皇帝のいない八月』(1978)

エンタメのなかに「戦前回帰」の気配が描かれる

1978年、停車中の寝台特急「さくら」。(写真=交通新聞クリエイト)
1978年、停車中の寝台特急「さくら」。(写真=交通新聞クリエイト)

『喜劇急行列車』の舞台「さくら」がこちらにも登場。ただし本作では車内でクーデターが起きる。

小林久三の小説が原作。自衛隊によるクーデター計画が、列車ジャックという形で繰り広げられるストーリー。昭和のエンタメ映画のひとつとしてのイメージが強いかもしれないが、実際1961年には「三無事件」という旧軍人らによる政府打倒計画が発覚するなどの出来事があり、その後も1970年の三島由紀夫による事件など、昭和元禄の平和を謳歌する中でも「戦前回帰」の気配はそこはかとなくあった。寝台列車という特性から、物語はその一晩をかけて展開。その間の政府、要人たちの動きが細かく描写され、恋愛要素も入ってきてなかなか詰め込み過ぎなのだが、現実の社会的な事象を取り入れつつ娯楽映画としても楽しめるという点で、昨今の韓国の社会派ドラマや映画にも近い。

そして、かつては荒唐無稽に見えた描写に妙にリアリティを感じるところもあり、いま観るのがおすすめ。

さらに、渥美清が乗客として端役で登場。ひとりコミカルな演技で、クーデターに対する平和を示しているようにも見えてくる。

庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』(2016)

「はたらくくるま」たちが国土を守る

現在の東京駅。
現在の東京駅。

庵野秀明の作品では鉄道が重要な存在として現れる。「新世紀エヴァンゲリオン」では碇シンジが一人で電車に乗っており、そのシーンは「シン・エヴァンゲリオン劇場版」でも碇ゲンドウによって反復されている。

「シン・ゴジラ」においては中盤、鎌倉に上陸したゴジラの様子を映し出すシーンで江ノ電が登場。そして、公開当初も話題になったが、東京駅付近で停止していたゴジラを攻撃するため、「無人在来線爆弾」として各種の列車が活躍している。

「ゴジラ」シリーズは戦争から災害に至るまで、何度も崩壊と再生を繰り返してきた日本社会と並走するように作られてきたものだ。そして、“かつて戦争を終わらせた「核」”がテーマの中心に据えられている。「シン・ゴジラ」では、「核を使わない」選択として鉄道やその他クレーン車、コンクリートポンプ車が登場。戦後という時代を支えた「はたらくくるま」たちによって国土が守られる。そして核を内包したゴジラ自体が「凍結」されることで再生の道を歩む。戦後70年を過ぎたタイミングで作られた、時代の総括を試みるような作品は、公開後数年が経ち、コロナ禍も経験した今見返すとまた新たな発見があるかもしれない。

文=パンス

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