ワインボトルと手書きボードでギャラリーのような店内
『わいん酒場 cham』は、JR品川駅の港南口を出て徒歩1分と気軽に行ける場所にある、業態を変えながら続く長い歴史のある老舗酒場。40年提供し続けているという大人気メニューに期待しての訪問だ。
店内に入ると、正面にはテーブル席、奥には個室風のボックス席、右にはパーテーションで区切られた席が並ぶ。手書きメニューやセンスのいい装飾品が並び、まるでギャラリーのよう。
「開業は1980年です。その前は喫茶店やイタリア料理店で働いていました。このビルにお店を出さないかと誘われて、経験のある喫茶店を開業しました。そのときの店名が「茶夢」。現在の店名のchamもここから来ているんですよ」と教えてくれたのは店主の黒崎敦史さん。
「開店当時、このあたりには飲食店はほとんどなかったので、近くの会社で働く人たちが毎日のように通ってきてくれました」と黒崎さん。その後、お客さんのニーズにあわせて、居酒屋へ改装。長椅子を導入した相席の酒場で人気があったそう。そののちに本格中華レストランへと業態を変更、2017年からビストロになった。
よりお客さんに喜んでもらえるように、地域の環境変化やお客さんの要望に合わせて柔軟に業態を変えてきた。ビストロ開店に合わせて黒崎さんのご子息の圭一郎さんがソムリエの資格を取得したのも、お客さんにおいしいお酒を飲んで、楽しんでほしいという思いからだ。
居酒屋時代から続く『cham』の伝統のメニュー
ランチメニュー5種類のうち、今回は看板メニューの1つ、常連さんに大人気の鶏肉の黒こしょう煮950円を注文。長年お客さんに支持され続けているということで、期待が高まる。
「子供の頃に母親がよく作ってくれた料理をもとに考えたメニューなんです。鶏肉を醤油と胡椒で煮込みます。居酒屋時代に始めて大人気メニューとなり、業態を変えてもずっと出し続けているんですよ」と黒崎さん。
料理が運ばれてきた。まず、鶏肉の量の多さに感動。さっそく、鶏肉をいただくとホクホクの食感に驚く。口に入れるとかんたんに鶏肉が崩れてしまうほど柔らかい。同時に、よく染み込んだ醤油の味と胡椒の心地よい刺激が口の中に広がる。しっかりとした醤油味は白いご飯にぴったり。とにかく食がすすむ味だ。ボリュームたっぷりの鶏肉に、これならご飯大盛りにしておけばよかったとちょっと後悔。
出汁で煮込んできちんと味の深みを出しているので、醤油のとがった辛さもなく、胡椒の刺激とのほどよいバランスを生み出している。
調理のポイントを聞くと、「味がしっかりと染み込むように、作ってから一晩寝かせているんです」と黒崎さん。おいしい料理を食べてもらうために、ひと手間を惜しまない。
この味付けは酒の肴にも最適。居酒屋で大人気だったというのも納得の一品だ。もう少し日が傾いていたら、迷わずビールを注文しただろう。またはソムリエに、この料理にあったおすすめのワインを聞いていたかもしれない。
お客さんのあたたかい気持ちに支えられたから長年続けられた
「店を始めた1980年から、ここでずっと品川の街を見続けているんですが、個人経営のお店が減ってチェーン店ばかりになって、ちょっと寂しいよね」と黒崎さん。
先日、転勤した常連のお客さんが4〜5年ぶりに来店し、もう1つの看板料理である和風スープパスタを食べて、このパスタがまた味わえたと大喜びだったそう。
「街が変わっても、何年経っても、こうやって来てくれるお客さんに支えられて40年以上続けられたんだと思います」と黒崎さんは笑顔で話してくれた。
壁にはお客さんの記念写真が並べて貼ってある。写っている笑顔を見ると、このお店が長年愛され続けているのがよくわかる。常連客が部下や同僚を連れてきて紹介してくれることも多いそう。仲間を連れてきたくなるのはお気に入りの店だからこそだろう。
1980年から40年以上愛され続ける理由。品川を離れてもまた食べたくなるおいしい料理と居心地のいい空間、そしてあたたかいスタッフがいるからだろう。またすぐに鶏のこしょう煮が食べたくなりそうだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=羽牟克郎