昼さんぽで垣間見える、夜の街の素顔
ギラギラした夜の街が、まだ寝ぼけた顔をしている午前中に散歩する。
これが楽しい。人が少ないのもいいし、再開発されて久しい六本木界隈も一本路地に入れば、まだあちこちに昔の風情を感じられて、その都度「へぇ」となる。
創業100年を越す鮮魚店『西麻布 いわ田』のすぐ近所にある長屋も現役の様子。ふと見上げれば、屋根には洗濯物。グンゼのパンツの向こうに聳(そび)えるのは六本木ヒルズだ。この愛すべきアンバランスさよ。すごくいい。夜は厚化粧をしている街の素顔がチラリと見えたようで、なんだかずんずん歩きたくなる。
自然と足が向かうのは笑顔が温かい店
小腹がすいたら、目指すのは東京ミッドタウン……じゃなくて、その麓で暖簾(のれん)を掲げる『三州屋 六本木店』。昼から一杯できるのもうれしいけど、初めてでも落ち着いた気分でくつろげるのは“看板娘”たちのおかげ。
「え、私が誰かに似てる? 女優の沢口靖子でしょう。よく言われるわよ、アンタ、あはは!」
女将(おかみ)さんの有無を言わせぬ豪快なトークにつられて昼酒が進む。気づけば隣の常連さんと「乾杯〜」なんてことも。いわゆる六本木のイメージからはかけ離れた店だけど、これもまた六本木。二、三度通えば、すっかり女将さんの虜(とりこ)になって、思わず「ただいま」なんて言っちゃうはず。
立ち寄れば、街の印象が変わるとっておきの場所
ほろ酔い気分で店を出て、広尾、麻布方面へ向かうと街の雰囲気も変わる。この辺は各国の大使館も多い閑静なエリアだ。道を走っているのは高級外車ばかりで、庶民はお呼びじゃないのかと思いきや、ンなこたない。
広尾商店街の『廣尾湯』で、散歩がてらにひとっ風呂、なんてのもオツなもんでしょう。さっぱりしたところでもう少し歩こうかと、自然と足が向かうのはやっぱり笑顔が温かい店だ。
さて、今日はどっちにしよう。
まだ日が高いし、『レストラン&喫茶 おもかげ』にしようかな、それとも、『十番のおばちゃん』にしようか。うー、どうせならハシゴしちゃうか。お店のママに「おかえりー」なんて言ってもらうのを淡く期待しながら、少し早足で歩くのも悪くない。
創業100年以上。家族で営む鮮魚店『西麻布 いわ田』
作家・向田邦子が惚(ほ)れ込み、生涯通ったという『西麻布 いわ田』は、旬の魚を取り揃え、お造りのオーダーも可能。「この辺は、昔は霞町と呼ばれて、朝晩はモヤで霞むこともよくありました」。3代目・岩田修さん(右)の包丁捌きを見ながら聞く“西麻布今昔物語”もまた絶品だ。
●8:30~17:00、日・祝休。☎03-3408-1039
実家に帰ってきたような心地よさ『三州屋 六本木店』
「ウチは料理もサービスも昔のまんま。新しいことは、なーんにもできません」と笑うのは、創業45年目を迎える『三州屋 六本木店』の女将、林 二女子(ふめこ)さん(写真右)。店を手伝う浪江カヅコさん(左)との掛け合いも楽しい。はい、勝手に“六本木の実家”認定です。
●11:30~23:00(土・日・祝は15:00から)、無休。☎03-3478-3796
オモニ秘伝の絶品キムチを! 『麻布第一物産』
韓国大使館の真ん前にある韓国食材店『麻布第一物産』では、大使館御用達の自家製キムチが大人気。量の少ない夏場でも毎日約60㎏の白菜を仕込んで、即日完売だとか。ビギナーにも、創業者清水夫妻の孫・真美さんと秀林(ひでき)さんの姉弟が優しく説明してくれる。
●10:00~20:00。第2・3水休。☎03-3444-7646
広尾商店街のコミュニティスペース『廣尾湯』
「流行りのサウナはないけれど、『いいお湯だ』って、通ってくれるお客さんがいるからうれしいよね」とは『廣尾湯』の3代目ご主人・幸田文夫さん。地域住民にとっては、欠かせないふれあいの場になっている。ひとっ風呂浴びてから、タオル片手に商店街を歩けば気分爽快。
●15:00~24:00。水休。☎03-3473-0624
都会の真ん中にある古刹(こさつ)をめぐる『臨済宗・祥雲寺』
広尾商店街の突き当たりに山門を構えるのは、『臨済宗・祥雲寺』。境内には、武将・黒田長政公の墓所のほか、明治時代にペストが流行した際に駆除されたネズミを供養した「鼠塚」など、立ち寄りたいスポットも多い。お茶講座などのイベントも定期開催しており、早朝の座禅体験会に参加すれば、身も心もリフレッシュ!
●境内自由。☎03-3400-6526
憩いの聖地でホッとひと息『レストラン&喫茶おもかげ』
『レストラン&喫茶 おもかげ』は1980年創業。懐かしい味のナポリタンやオムライスで空腹を満たすもよし、早めの時間からちょいと一杯やるもよし。その日の気分に応えてくれる懐の深い店だ。店名は、オーナー・田口はる代さんの地元、西早稲田の面影橋から。
●12:00~21:00(季節により変動あり)、不定休。☎03-3453-1668
“麻布十番の隠れ家”にハマる人が増える理由『十番のおばちゃん』
『十番のおばちゃん』は、家庭的な料理と雰囲気が楽しめる居酒屋。店主の小林文子さんが10年前に始めた店には、夜な夜なおばちゃんファンが集う。「ごめーん、そのメニュー、今日はできないや!」なんてのもご愛敬で、その笑顔を見れば誰もがリピ確実。
●17:30~23:00LO。不定休。☎03-6543-8229
取材・文=芹澤健介(セリザワモータース) 撮影=藤牧徹也、新谷敏司
『散歩の達人』2022年9月号より