創業からつゆを継ぎ足しながら使う、伝統の関東風おでん
久しぶりに新宿駅へ降りたら改札口や通路まで変わっていて困惑した。案内板を見ながら東口の改札口へ向かう。すっかりおのぼりさんだ。『お多幸 新宿店』へ向かうには地上へ出てもいいが、天候が悪いときは地下街・モアを経由し4番街または5番街から行けて便利だ。
大正12年(1923)に銀座で誕生した『お多幸』。昭和27年(1952)、当時銀座5丁目にあった本店で戦前から勤務していた野田嘉文さんが、のれん分けされた『お多幸 銀座店』を銀座8丁目に出店。続いて昭和34年(1959)には新宿店も誕生した。
野田嘉文さんの孫で、現社長の野田康彦さんはこう語る。「おでんの命であるつゆは、創業当時のものを継ぎ足しながら使っているんです。おでんだねの仕込みも昔から続いている製法を守っています」。
創業から継ぎ足しながら使うつゆは、カツオと昆布のだし、濃口醤油と薄口醬油を混ぜた混合醤油などで味付けられていて、長年使い続ける鍋の中で、不動の人気だね大根、玉子、こんにゃくなど38種がふつふつと煮込まれている。真っ黒になったおでんはしょっぱそうに見えるが、思いのほかやさしい味わい。おでんのほかにも刺身、焼物といった酒のアテもそろっている。
飴色に煮込まれた大根は不動の人気!
店に入るなり、ふわ〜っと広がるおでんのほっとする香り。仕切りが入ったおでん鍋にたくさんの具材が煮込まれているのが見える。出迎えてくれたのは、1988年からこの店に勤務する店長の村松安洋さんだ。
「初めていらっしゃったなら、おまかせ盛り合わせがおすすめですよ。もちろん、好きな具材を単品で頼むこともできます」。それならぜひ、おまかせで!
すると村松さんから「絶対入れたい具材、食べられないものはありますか?」と聞かれ、大根をリクエスト。あとは文字通り“おまかせ”で、通常は皿に3〜4品を盛り付けてくれるそう。絶対○○を食べるぞ、と決めてなければおまかせのほうが悩まずに済んでいいかも。
きれいに盛られた大根に箸を入れるとすっと通り、口の中に入れたら溶けていった。醤油の味がキツそうにみえたが、むしろ甘め。食べ終わったつゆはカツオや昆布の出汁だけじゃなくいろんな具材の味わいが織り込まれていて、スープのように飲める。
旬の時期になるとしばしば我が家にも登場する大根のおでん。だけどここまで柔らかく、味を染み込ませることはできない。これはどんな下処理をしているのだろう。
すると、村松さんが「大根を決まった形に揃えて、皮を剥いて下茹でをします。そのあと小鍋で下煮をし、大鍋に移して本煮をして味を調え、お客様に提供します」と答えてくれた。ほほう、さすがに手が込んでいる。
村松さんがさらに続ける。「おでん鍋には大鍋と小鍋があります。大鍋は弱火で炊いて味を寝かす役割をします。火加減ひとつで味が変わってしまうので、調整が大変難しいですね。あと、小鍋は具材を煮込みながらおいしいつゆを作る役割もあります」。
そのほかにも、どの具材を隣に置くかなど配置にも技があるそうだ。長年愛されるおでんには、それなりの努力と家庭ではなかなかできないひと手間、ふた手間があった。
おじさまの代名詞・おでんが近年、若い女性に人気急上昇中!
これまでは圧倒的にミドルシニア以降の男性がメインの客層だったが、SNSの普及とともに20代の女性が増えているのだとか。
「ここ10年くらいでしょうか。おじさまよりも20代くらいの女性が圧倒的に多いです。いや〜、どうしてなんでしょうね。20年くらい前は、おじさまが若い女性を連れてくる店だったんですけどね(笑)」。
「お客様に伺ったことはないので想像ですが、おでんはカロリーが低いものが多いからヘルシー感でウケているのかなと。それによくみなさんは写真を撮っているので、黒いツユの中に玉子の黄身が“映え!”みたいな感じなのかな〜と思って見ていますけど(笑)」。それは意外、まさかおでん屋さんで女子が盛り上がっていたとは!
約100年に渡り伝統をつないできた、庶民的だけどちょっと贅沢なごちそうおでん。食べた後、胃がポカポカ温まる幸福感も人気の理由かもしれない。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢