岩手県盛岡市生まれ。公私ともに19年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)。YouTube番組にて「オトナの酒場 スナック菓房」(by国分グループ本社)のママを担当。
宇宙的スケールの日本酒はわかりにくいのがおもしろい
何事も白黒はっきりした味が好まれる今の時代では、グレーゾーン色が強い、わかりにくいものは敷居が高いと敬遠されるかもしれません。日本酒を想うとき、ついそんなことを考えてしまいます。
はっきり言って日本酒の味はわかりにくいです。「日本酒はどんな味?」と聞かれて1行で即答できる人なんていないのではないでしょうか。
原料の質や品種の個性がストレートに出る単発酵のワインと比べて、米の糖化と発酵が同時に起こる並行複発酵を経て完成する日本酒は、原料の特性が味に直結しにくいため体系化が難しく(実際に体系化を試みる機関や団体もありますが全部が統一されていない)、その言い切れないモヤモヤした味をもどかしいと言う人も多いと感じています。
日本酒の味を銘柄そしてラインナップごとにわかりやすく、誰もが理解できる形ではっきりまとめるのはなかなか至難の技です。特に、仕事で日本酒を提供している人たちにとって、日本酒のわかりにくさはときに〇〇の酒には〇〇が合うと明確に言えない短所になり、ワインと料理の相性を堂々と語る世のソムリエに圧倒されるときもあるでしょう(まず私がそう感じてびびることが多い)。
日本酒は複雑すぎる味ゆえに、ドンピシャリ以上のいわゆるマリアージュと呼ばれる組み合わせを考えるのも、(ワインも同じですが)一朝一夕の付け焼き刃ではできないことです。
でも、どんな腕のいいプロや識者が味を体系化しようとしても、いっこうにまとまらない宇宙的な日本酒のスケールこそ、おもしろい長所です。ひとつの酒を取っても、甘いような酸っぱいような苦いような渋いような、ごにょごにょしたいろんな味わいを微細に感じるのですから、日本酒を表面的にひとくくりにしようとするなんて無理なのかもしれません。
そう、日本酒はこのごにょごにょしたところが真骨頂だと私は思う。だからこそ、合わせるつまみによって寄り添ったり、表情を豊かに変えられるしなやかさがあるのではないでしょうか。
とある日本酒鑑定官の先生によると、日本酒には700種類を超える成分が含まれていて、その数は他の酒に比べて格段に多いのだと言います。やっぱり、日本酒のスケールは宇宙的です。それを想像すると、日本酒に合う料理を方程式に当てはめたり、ひとつの枠に押し込めるのではなく、もっと自由に楽しみたいなあと私はワクワクしてしまうんです。
この連載で紹介する日本酒とつまみの組み合わせは、方程式など全くなくて、毎回音楽のセッションに近い形で考えているかもしれません。その時の季節や気温、私の体が求めているものを想像しながら、いつも自宅で晩酌するのと同じく、酒とつまみの組み合わせを即興で仕上げます。
また、飲みたい酒が先にある場合、蔵元がある地域の名産を調べ、それに近いものを合わせることも。つまり簡単な話、海が近ければ海産物を、山に近い酒蔵の酒は畜産物や農産物を合わせるんです。昔から、地酒には地のものが合うと言われていますが、それは間違いありません。
今は、技術の力によっていろんな酒質を造ることができるので、この地域は淡麗の日本酒が多いというような、以前よりも表面的な酒質の地域性は少なくなってきています。地元の食材に合わなそうな地域の酒質傾向から外れた酒も増えてきました。でも、酒の約80%を占める水の質は動かしがたい地元の個性なので、どんな酒質でも飲んでいるうちに、だんだん地のものに寄り添っていくことがほとんどです。
少し肌寒い今日飲みたいなあと思った「神雷 純米三温至福」は、寒冷地の山間にある蔵の酒なので、海のものより山のものが合うイメージです。奥行きのある旨みが特徴なので、食べたいのは肉かなあ。調べてみると“帝釈峡しゃも地鶏”が名産とのこと。同じものは手に入れられませんが、鶏肉には合うはずです。
鶏肉の旨味と梅の酸味で酒の世界がぐんと深まる
「神雷 純米三温至福」は、まったりした酒質なので、鶏肉つまみのアクセントに何か酸っぱいものが欲しいかも、と思い、梅干しと日本酒を入れて柔らかく煮てみるのはどうかなあと考えました(深い意味はなくあくまでも思いつきです笑)。では、早速作ってみましょう。
鶏モモ肉を約300g、梅干し(大)2個、塩を小さじ2、「神雷 純米三温至福」150cc、水200cc、豆板醤を小さじ1。
ボウルに鶏モモ肉を入れて全体を塩でもみ、約10分置いておきます。
深鍋に「神雷 純米三温至福」と水、梅干しを入れます。
10分置いた鶏モモ肉の皮を下にして鍋に入れ、火をつけます。弱火でふつふつ沸騰する程度でじっくり煮ていきます。
ときおり鶏肉をひっくり返し、出てきた灰汁を丁寧に取ります。
20分くらい煮たあと火を止めて梅干しだけを取り出し、蓋をして粗熱が冷めるまで約15分そのままにします。
取り出した梅干しは種を取り、豆板醤を加えてよく混ぜ合わせます。
鶏肉はスライスして皿に盛り、梅醬を添えて完成です。弱火でゆっくり煮たので、鶏肉がとてもしっとりしていますよ!
酒も並べて飲みましょう。「神雷 純米三温至福」をぐびぐびつまみパクリ。柔らかい鶏肉と優しい酒の旨味が口で混じり、なんだろう、初めて合わせたとは思えないくらいこなれた相性です。酒のまったりした旨みと鶏の脂がしっくりくるのです。梅醬の酸っぱ辛いアクセントが加わると、酒の奥行きがさらに加速して深くなる。どこまで深まるの、というくらい味(酒)の世界が広がります。
梅醬だけでもいいつまみになりますよ。これをちびちびつつきながら「神雷 純米三温至福」を飲むのもたまりません。
鶏肉を茹でた汁もぜひつまみに。酒は燗酒にしましょうか。「神雷 純米三温至福」がたっぷり入った汁ですもの、合わないはずがありません。酒の熱で鶏肉の脂が溶けると、酒とつまみの全てが一体になって全身に沁みてきます。こうなるともう頭は酔っぱらいまっしぐら。ただひたすら飲み続けてしまうのでした。
文・写真=山内聖子