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Profile:山内聖子
呑む文筆家・唎酒師
岩手県盛岡市生まれ。公私ともに19年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)。YouTube番組にて「オトナの酒場 スナック菓房」(by国分グループ本社)のママを担当。

一つの便利は一つの不安を生む!? 日本酒造りの話

近年の日本酒造りでは、機械の登場で便利になったことがたくさんあります。重い蒸米を楽に運べたり、手洗いしていた米をムラなく洗えるようになったり、自動製麹機を使うことにより麹の品温(品温の上下を細かく繰り返して麹は完成する)を深夜にチェックしなくてもよくなったりと、造り手の労力が減った工程はいろいろあるのだと思います。

しかし、日本酒造りが効率化すればするほど、酒蔵への負荷について私は考えてしまいます。

負荷とは、光熱費のこと。機械を使えばそれだけ電気代がかかり、最新の洗米機はおそらく手洗いより倍以上の水を使い、さらに便利な道具が増えれば、それを洗浄する水の量も増えていくはずで、水道代もかさんでしまいます。

そう考えると、特に気になるのは水の話。水は日本酒の約80%を占める大切な原料で、洗米や道具洗いでも必要な水は、尋常じゃない量を確保しなければなりません。製造現場の全体を洗うときも大量の水は必要で、清潔第一の日本酒づくりでは水をケチるなどもってのほか。ECOへの配慮が叫ばれる世の中であっても、おいしい日本酒をつくるためには大量の水を使うのは致し方ないのです。

とはいえ、日本酒造りの時期に酒蔵を訪ね、製造現場でじゃぶじゃぶ水を使っているのを目の当たりにすると、おいしい日本酒のためだと頭ではわかっているのですが、貧乏性の私は内心どうにも落ち着かない。

水道水を使っている酒蔵では「一ヶ月の水道代いくらかかるんだろう」と、せせこましいことをつぶやいてしまいます。いくらでも湧いてくる天然水を使っている酒蔵もありますが、この先ずっと水が枯渇しない確証はどこにもないと想像し、勝手に不安になってしまいます。

洗わない米でもおいしい日本酒ができていました

そんなことをふつふつと考えていた2021年、前のめりで手に取った日本酒がありました。都内に唯一残る日本酒蔵(東京港醸造)から発売された、「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」です。

この酒で使っているのは、なんと無洗米の酒米。

「む、無洗米!!!?」と私は目を丸くしました。なぜなら、日本酒好きの方はご存知の通り、日本酒造りの中でも洗米はとても重要な工程で、ここをサボると雑味のある酒になりやすいのは、疑問を持つのも野暮なほど日本酒の世界では定説です。どれだけ綿密に米を洗うのが大切なのか、数々の蔵元に話を聞いていた私は目から鱗でした。

蔵元杜氏の寺澤善実さんに聞くと、この無洗米は日本酒造り用に特殊加工したものだそうで、原料の一部ではなく100%使用しているとのこと。

あまりにもびっくりした私は、「本当に一切洗ってないんですか?」と蔵元にしつこく聞いてしまいましたが(笑)確かにそのようで、無洗米を使うことにより、洗米で必要な水の約90%をカットすることに成功したのだと言います。光熱費の節約にもつながり、造り手の労力が減ったのは言うまでもありません。もっとも気になるのは酒質への影響ですが、徹底的に洗う米を使うよりも味わいに奥ゆきが生まれるのだとか。

実際に飲んでみると、無洗米で造ったとは思えないほど雑味がなく、引き締まったきれいな甘みを感じます。洗わない米でこれほどの日本酒ができるとは……。ふだん、何をするのにもテンション低めの私ですが、思わず「うわ〜っ」と体をよじらせてしまうほど、驚きの味わいです。実は、日本酒業界ではそんなに話題になっていない(ように感じた)「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」ですが、今までの洗米の概念に一石を投じる取り組みなのではないかと、私は思いました。

さて、「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」を改めて飲んだ今日は春分の日。スーパーには旬の大粒アサリが並んでいました。そうだ、久々に酒蒸しを作ろうと思いつきます。ふと隣に目をやると、立派な真鯛の頭がある、プリプリのホタルイカもある! 春の陽気で浮かれていた私は勢いあまって全部を購入。さらに冷蔵庫にあった野菜もいろいろ追加し、やりすぎかな…と思いつつ、まとめて蒸してしまうことにしました。

材料は、真鯛の頭、アサリ、ホタルイカ、スナップエンドウ、ミニトマト、ニンジン、「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」50cc、水100cc、酒蒸しにつけるポン酢や塩などの調味料。

真鯛の頭は軽く洗い、スナップエンドウはスジを、ホタルイカは目玉を取る。ニンジンは適当に切りました。それをフライパンに並べます。見た目からしてやりすぎ感が満載ですが、ひとまず蒸します。

上から水を注ぎます。

「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」を注ぎます。

蓋をしたら火をつけ、弱火強で加熱します。

火を通している間、酒蒸しをつけて食べるポン酢のほか、クミンシードを加えた塩、新潟のかぐら南蛮を用意します。他にもお好みの調味料があればぜひ。

ニンジンがやわらかくなり、真鯛の頭に火が通ってしっとりしたら(身を美味しく食べたいので火の入れすぎには注意。身が硬くなります)、火を止めて蓋をしたまま3分後、完成です。

予想以上のボリュームに慌てて我が家で一番の大皿を用意。盛りつけて軽く汁を回しかけます。

酒も添えましょう。少量サイズの「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」がさらに小さく見えるほど、もりもりの酒蒸しです。

この酒は、繊細な薄はりの大吟醸グラスでいただきます。落ち着いてじっくり飲むと、硬めの梨をかじったときのような、シャリっとした甘みが心地よく口に広がりますね。真鯛の旨味や野菜の甘みと合わせると、余韻に上質なビターテイストが顔を出します。これがなんとも後を引く苦みで、ついもう一杯。

当然、汁もつまみにしましょう。魚介と野菜の味が重なった、深いコクにうっとり。トマトの酸味がいいアクセントになり、「江戸開城SUSTAINABLE SAKE」はあっという間に空になってしまいました。240ml(50mlは酒蒸しに使用)しかないから当たり前ですね。まだ午後5時。よし、追加の酒を買いに、ひとっ走りしますか。

文・写真=山内聖子

日本酒は、どんな料理にもなんとなく合ってしまう柔軟性が魅力です。中華にイタリアン、フレンチなどでも、合わせたときに対立する料理がほぼないということです。しかし、私は特に自宅だと、日本酒を合わせてみよう、と考察させられる料理よりも、無意識に日本酒を飲みたくなるつまみを好みます。今回は、そんなつまみをつくるちょっとしたコツについて書きます。
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