日本橋の小さな路地の地下にある超人気店
東京メトロ銀座線と東西線、そして都営地下鉄浅草線の3路線が乗り入れている日本橋駅。B3出口から地上に出ると、中央通りを挟んだ正面に日本橋高島屋の重厚な建物がお出迎え。この最初の風景だけで日本橋感が自然に高まる。
本日の目的地『季節料理いし井』はここからほんのすぐの場所。中央通りから高島屋を背にして50メートルほど進むと、右側に小さな路地が。右に折れ5メートルほど進むと、その地下に『季節料理いし井』がある。ここを目的に来なければ、なかなか見つけられないお店かもしれない。
お店のご主人、石井博司さんがこのお店を始められたのは昭和58年(1983)のこと。今から約40年前になる。もともとは18才で福島県から上京されたご主人が、別の方がやられていたこのお店に修行に入る。
26歳の時にオーナーに独立の意思を伝えたところ、それならばこのお店で、ということで、32歳でこの場所を譲り受け、『いし井』をオープン。以来40年、ずっとこのお店を守り続けてきた。
「当時の日本橋はバブルに向かう元気いっぱいの時代。バイタリティあふれる人たちで昼も夜も連日大にぎわいでした」とご主人は語る。
現在中心となってお店を切り盛りする2代目昌男さんが生まれたのはちょうど初代がお店を始めた頃であったとのこと。昌男さんは18才で和食の専門学校に通い、それ以降、東京、広島の料亭で修業を積んだ。
『いし井』で働く職人さんが独立したのをきっかけに店に戻ってきたのが4年ほど前のこと。以来「料理はもう100%息子に任せています」とはご主人のお言葉。
定食で出す、魚へのこだわり
『いし井』は小さなお店で、座席数はカウンターも入れて18席ほど。そのためお昼ともなれば多い時には7回転ものお客様が訪れるという。定食は刺身、焼き魚、煮魚がどれも1150円で、1年を通し変わらないメニューで提供されている。
「お昼にお出しするためには、おいしいことはもちろんですが、仕入れによって味や値段が変わらないようにすることも大切です。それを毎日食べていただけるような値段設定、短いお昼の時間ですのでお待たせしないいで、お出ししするのが大事だと思います」と2代目昌男さん。
いくつもの高級料亭で修業を積んできた昌男さんだが、こうしたお客様側の視点を、父親である博司さんと一緒に働くようになって気づかされたとのこと。
本日いただいたのは、定番メニューの中の2品。刺身定食と銀ひらすの漬焼の定食。お刺身はブリ、本マグロ、ヒラメ、アオリイカ。銀ひらすにはたっぷりと大根おろしが添えられ、上から削りゆずがかけられている。
定食だとご飯とお味噌汁、そしておこうこの小皿が添えられる。まずみそ汁。一口飲むと、「あれ?」と一味違うおいしさに気づかされる。
2代目に図々しくもその秘密をお聞きすると、大根の搾り汁をみそ汁に入れているとのこと。「大根は煮物で使ってもとても良い出汁がでます。これをお味噌汁に入れてはどうかと思って試したところ、うちのお味噌汁の味ができました」とのこと。
そしてご飯へのこだわりは並大抵のものではない。「お米は30分以内に食べていただくのが一番おいしい。ですからお昼の時間だけで多い時には6、7回ご飯を炊きます」とご主人。
その日の様子で、今日どのくらいのお客さんがお見えになり、どんなタイミングでご飯を炊けばよいのかが身体でなんとなくわかってしまうとのこと。
おいしい魚、ご飯、みそ汁で幸せなお昼を満喫
ご主人の手によって何度かに分けてふっくらとよそわれたご飯は、湯気をあげながらピカピカと輝いている。旨味たっぷりの脂ののった銀ひらすをひと口。口の中でとろけていくような味を追いかけるようにご飯をいただいたときの口福。
そしてやさしいみそ汁を飲めば、「あー」と日本人にしか分からない幸せのため息がもれる。あとは、魚、ご飯、お味噌汁、時々香の物の幸せな反復運動に身を任せるのみ。
地下にある小料理屋さんということで特に女性の皆さんには少々敷居が高いのでは? とお聞きしてみると、意外なことに4割ほどが女性のお客さんであるとのこと。メディアの取材は今回が初めてだそうなので、口コミで料理のことやお店の雰囲気が伝わった結果ということなのだろう。
食事が終わった時には「あー、本当にいいご飯食べたー」という思いが強く残る。そして、帰り際にはすぐにまた食べたくなる。毎日通う人がいるのも不思議ではない。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏原誠