大正時代に創業した『和菓子処 大角玉屋』
地下鉄曙橋駅から徒歩3分。あけぼのばし商店街に本店を構える『和菓子処 大角玉屋』の創業は大正元年(1912)。新宿からわずか2駅の場所にありながら、商店街は喧噪とは無縁で、下町の温もりが感じられる。
店には看板商品のいちご豆大福に加えて、団子や最中、どらやきなどがずらりと並ぶ。
看板商品のいちご豆大福を生み出したのは、3代目の大角和平さんだ。好奇心旺盛でチャレンジ精神旺盛。現在も新作和菓子を絶えず生み出している。
時代と場所も味方した看板商品、いちご豆大福。
昭和60年(1985)に、いちごを入れた大福をいちはやく売り出した『和菓子処 大角玉屋』。
「何かのきっかけがあれば和菓子の時代がくる」というその年の予測を目にしたことをきっかけに、シンプルでかわいいショートケーキが不動の人気者として愛されているのをヒントに開発した。
「生のいちご」を「なじみのある和菓子」に使いたいと考えていた大角さん。候補に残ったのはどらやきと大福だった。一般的にどらやきは日持ちがするけれど、いちごを入れれば当日中に食べないといけない。一方で、朝作ってその日に食べきるからそう呼ばれる「朝生菓子」である大福は、いちごを入れようが入れまいが消費期限は変わらない。こうしていちごと大福の組み合わせが生まれた。
今でこそいちご大福にも様々あり、ついた餅ではなく甘い求肥餅を使ったり白あんを使ったりするものもあるけれど、『和菓子処 大角玉屋』のものは伝統的な豆大福でいちごを包む。
宮城県産のもち米「みやこがね」をつき、えんどう豆を加えた餅は塩が効いていてコシがある。北海道産小豆「雅」と純度が高い白双糖(しろざらとう)で炊く餡は豆の風味とコクがしっかりと感じられる。国産のいちごは酸味がしっかり。
餅ではなく甘く柔らかい求肥を使えばいちごと同化してしまうし、白あんだと風味が弱すぎるという。『大角玉屋』のいちご豆大福は、餅も餡もいちごも、それぞれ存在感がある。それでいて、一緒に食べるときちんとまとまっている。
『和菓子処 大角玉屋』では、いちご豆大福を一年中おいている。国産のいちごにこだわり、夏場から冬の初めにかけては、静岡産の稀少な夏いちごを使う。酸味が効いていて香りがよく、甘い餡と合わせるとおいしさが際立つ。
和菓子に生の果物を合わせるという発想がなかった当時、いちご入りの奇抜な豆大福を気味悪がる人もいたそうだが、時代と場所が味方をした。
バブル景気の直前に登場したいちご豆大福は、いちごがまるごと入るので、シンプルな豆大福よりも高価だが、当時は珍しいもの、高級感のあるものが好まれた。
本店も支店も当時はテレビ局が近くにあり、テレビやラジオに次々と取り上げられて、いちご豆大福はまたたくまに知れ渡った。「ミスマッチを求めていた時代だった」と大角さん。今では想像もつかないけれど、当時大福にいちごを入れるというのは衝撃だったのだ。
私を含めておそるおそる食べてみた人たちが、良質な材料で丁寧に作られたいちご豆大福のファンになった。話題性で知名度が上がり、味の良さで定着したのだ。
おいしくて珍しくて、季節を先取りした和菓子
2012年、『大角玉屋』100周年の年にも大角さんに取材した。そのときは「よい素材でおいしくて珍しくて、季節を先取りした和菓子をつくる」のがモットーと教えてくれた。今思えば同店は、いつだって時代も先取りしてきたのだろう。
今でこそ、いちご大福をはじめ、生の果物を使うフルーツ大福がひとつのジャンルとして確立しているけれど、同店の通年販売のいちご豆大福、期間限定の東京・葡萄大福などのフルーツ大福はその先駆けだった。
大角さんのチャレンジ精神旺盛な姿勢は大福にとどまらず、トラ模様の焼き皮で白あんとバナナを巻いた「トラさんのバナナ」など、ここでしか出合えない和菓子がたくさんある。
ここまで足を運ぶ理由。ブランデーどら焼き
新宿が近く、百貨店へ行けばなんでも手に入ってしまう。それでも「商店街にある店へ足を運んでもらうには理由が必要。ここに来てもらう理由になるものが必要。」と大角さんは話す。
元祖いちご豆大福がそのひとつだが、大角さんはそれだけは満足していない。頻繁に新商品を開発するので、店を訪れる楽しみはつきない。定番化した商品の中で、店を訪れるとつい手に取ってしまうのは「ブランデーどら焼き」だ。焼きたてがおいしいどら焼きがある一方で、多くの人はどら焼きに日持ちを求める。それならば、日にちが経った方がおいしいどら焼きを作ってしまえと誕生したどら焼きだ。生地には芳醇なブランデーがたっぷり染みこんでいる。手に取るとじゅわっとしみ出すほどだ。数日寝かせて味が落ち着いた頃に食べるのがおすすめで、ミルクティーにも合うしコーヒーにも合う。
あけぼのばし商店街のお店は次々入れ替り、古くから続く店は多くない。そんな中で変わらず温かく客を迎えてくれる『和菓子処 大角玉屋』では、「客がこの店を訪れる理由」を用意して待っていてくれる。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)