西荻窪で愛された名店の跡地で新たなスタート
西荻窪駅から上井草方面に歩くことおよそ10分。女子大通り沿いに佇む白い外観の建物が今回訪ねる『yuè』だ。お隣には、花とお菓子を扱う人気店『cotito』が並ぶ。と、ここでお気づきの方もいるかもしれない……。そう、『yuè』がオープンする以前、この場所では料理家・くしまけんじさんがオーナーシェフを勤める「食堂くしま」が営業を行っていた。
越川さんは、オープンまでの経緯をこう話す。「妻が以前『cotito』さんで働いていた縁で、くしまさんとつながりがあったんです。くしまさんが2020年の夏に店を閉じることになり、そのタイミングでこの場所を引き継がせていただくことになりました」
店内は、「食堂くしま」の面影を残すように、当時のままの内装が活かされている。カウンターのほか、店の奥で堂々と存在感を放つ長テーブルも健在だ。
巧みなハーブ・スパイス使いを楽しむ
そんな先輩オーナーから譲り受けた、温かで静ひつな空間でいただけるのは、ハーブとスパイスを活かしたフードやドリンク。数種類もの野菜を使った週替わりのお野菜プレートや月替わりのスパイスカレーを中心に、デザートや幅広い種類のドリンクがメニューに並ぶ。
越川さんは、押上にある『Spice Cafe』で勤務していた経歴を持ち、そこからスパイスの奥深さに目覚めていった。お野菜プレートでは、7種類の野菜をそれぞれ異なるハーブやスパイスを使って調理。その調理法も揚げたり、ゆでたりとさまざまで、1つのプレートでいろんな風味と食感を味わうことができるよう趣向が凝らされている。
「ハーブやスパイスを使った料理とはいえ、複雑な味にならないようにしています。お客さんが料理を口にして、何を使っているかが分かるくらいまでシンプルな味付けを意識していますね」。その背景には、野菜の新しい食べ方の提案も込められているのだそう。確かに、この日のプレートでいただいた、からし菜のごま和えにコリアンダーシードを組み合わせるという発想は、素人にはなかなか思いつかない。また、スーパーで見かけることのないような珍しい野菜も使われており、新たな出合いも楽しめる。
旬のフルーツを使った季節のタルトをはじめとしたお菓子作りは、妻の沙代さんが担当。テイクアウト可能な焼き菓子なども販売している。そんな手作りスイーツと合わせたいドリンクは、コーヒーのほか、ハーブティーや自家製のコーディアルシロップを使ったドリンクなど豊富にそろう。コーヒーは、荻窪でコーヒー店とロースターを営む『cafe shima』で、この店のためにブレンドしてもらったというオリジナルブレンドが楽しめる。
ハーブティーは、ルイボスティーにマリーゴールドやシナモンを合わせるなど、越川さんならではのブレンドセンスが光るレパートリーが並ぶ。自家製のコーディアルシロップも、カルダモンを合わせた赤しそシロップや、ジンの香り付けなどに使われるジュニパーベリーを合わたセージシロップなど、ハーブとスパイスの掛け合わせが見事。
最後に、店名に込めた想いをこのように語ってくれた越川さん。「越川の“越”という字は中国語でユエと発音するのですが、“月”と“悦”もユエと読むことを知り、旬の野菜を使うという点と料理を通してお客さんを喜ばせたいという点がこの2つの漢字に表されていると思い、『yuè』と名付けました」。そのエピソードを聞いて、『食堂くしま』の真髄までも受け継いでいると感じられるような、体も心も温かな気持ちになれる店だった。
『yuè』店舗詳細
取材・文・撮影=柿崎真英