街が発展したきっかけは「絹の道」

町田は、実は巨大な街だ。2021年の町田市の人口は約43万人で、東京市部では八王子市に次ぐ2番目。小田急線町田駅は、同社の乗降客数ランキング(2020年)で新宿駅に次いで2位につけているし、JR横浜線ではダントツの1位。れっきとしたターミナル駅である。

にもかかわらず「神奈川県町田市」なんて揶揄されることがあるのは、東京都の南端、神奈川県に食い込むように位置するせい。だが実はこの地理関係が町田の最も重要な要素だったりする。

町田から20kmほど北西にある八王子は、江戸時代以降、“桑都”の異名を持つほど養蚕業が盛んな地域だった。群馬や長野からも集まってきた繭や生糸は、輸出のため横浜港へ運ばれる。八王子の中心部から鑓水を通って横浜へと至る浜街道は後に「絹の道」と呼ばれるが、その中間地点に位置するのが町田なのだ。

駅南口の広場に「絹の道」の碑がある。
駅南口の広場に「絹の道」の碑がある。

「絹の道」の街道沿いにあった「原町田」という地区はJRと小田急線の町田駅があるあたり、つまり現在の町田の中心地である。交通の要衝として、そして物資の中継点として繁栄したというわけだ。さらには明治時代の自由民権思想が「絹の道」を中心に広まったこともあって、自由民権運動の中心地にもなっていた。それがきっかけで、一時は神奈川県に移っていた管轄が東京府に戻されたという経緯もあり、「絹の道」は町田の歴史に一役買っている。いや、むしろこの地理関係こそが街のアイデンティティの土台だと言ってもいいかもしれない。

地理的にも商圏的にも、東京の都心部より神奈川県の相模原市や川崎市、横浜市などと近い関係の町田市。今や「町田は神奈川県」という勘違いはネタ化されているが、そう勘違いされる理由を街も眺めて探してみた。

濃密な仲見世商店街は必見

駅前は平日でもこのにぎわい。
駅前は平日でもこのにぎわい。

現在の町田駅の周辺には、多摩地域でも有数の繁華街が広がる。「小田急百貨店」、「ルミネ」、「マルイ」、「町田東急ツインズ」、「レミィ町田」などの百貨店のほか、「ヨドバシカメラ」や「ドン・キホーテ」などの大型店舗が林立し、いわゆるターミナル駅の様相を呈している。

そのなかで、異彩を放っているのが「仲見世商店街」だ。

仲見世商店街の入り口。
仲見世商店街の入り口。

戦災を免れたということもあり復興は早かったといわれている町田。戦後の闇市に端を発する仲見世商店街はいわば“西のアメ横”だ。全長100mほどの狭い通路に鮮魚店やラーメン店、雑貨屋、エスニック料理店、占い……多彩な店がひしめき合う。

ターミナルロードから入ってすぐ、大判焼きやたい焼きがずらりと並ぶ『マルヤ製菓』は少し並んででも食べたいし、アメリカンスタイルのハンバーガー店『Jami Jami BURGUER』のバーガーにもかぶりつきたい。1957年のアーケード設置前から店を構えている『市川豆腐店』、刺し身はもちろんカップに入った揚げマグロも美味い『マグロのお店 マルハチ』、老舗ラーメン店『七面』、別世界のように落ち着いたバー『Salvador』と、古今東西ごちゃまぜの濃密な空間は、町田に来たらまず訪れておきたい場所だ。

カルチャースポットに喫茶、酒場、ラーメン、そしてドムドム

『レコードハウスPAM』。
『レコードハウスPAM』。

ひねりを利かせたスポットが点在しているのもおもしろい。懐かしのPVやライブ映像を楽しめる『昭和歌謡曲映像BAR 町田ヒットパレード』、60〜70年代のロックやソウルの中古盤がひしめく『レコードハウスPAM』、ファミコンカセットやアニメのフィギュアで飾られた店内で、ボードゲームは自由に遊んでOKという『GAME & MUSIC BAR CAPSULE』など、ちょいと路地裏に足を延ばせばカルチャーの香り漂う空間が潜んでいる。

アニメやマンガは、秋葉原と池袋。レコード屋やクラブ、ライブハウスが密集し、90年代に音楽文化の中心にあったのは渋谷。それらの要素を併せ持ち、次に来るサブカルタウンは町田だ、と言い切ってみたい。ひねりを利かせたスポットが街中にぎゅっと詰め込まれ、そこに“町田らしさ”をスパイスとして大量にふりかける。ただのポスト秋葉原&池袋、ポスト渋谷ではない、新たな聖地が誕生する予感。覚醒直前の次世代サブカルタウンをチェケラ!

カルチャーといえば、2019年に閉店した巨大古書店「高原書店」に触れないわけにはいかないだろう。4階建てビル内の14個もの個室は、どこもかしこも床から天井まで本がぎっしり。「どんな本も身分に上下はない」という創業者・高原担氏の信念が貫かれ、1階のマンガの部屋に始まり、推理小説やSF、幻想文学も豊富で、まさに“魅惑のダンジョン”。それがブックオフ登場前にあったというのがすごい。無名時代の三浦しをんが働いていたというエピソードも残り、閉店が惜しまれる。

本屋なら、小田急線町田駅の駅前に立つ『久美堂』も負けてない。創業80年近い地元密着の新刊書店だが、市内中学の生徒が作る手書きポップが掲示されたり、クリスマスには副社長がサンタに扮して本を届けたりと、街の人との距離がものすごく近いのだ。

生まれ育った街にある本屋さんは、長く記憶に残る。毎週買った漫画雑誌、受験のときの赤本、発売日が待ち遠しかった漫画の新刊。たとえ街を離れても、帰ってきたときにあると安心する店。町田『久美堂(ひさみどう)』はそんな場所だ。

喫茶やカフェにも事欠かない。下北沢にあった店の2号店として1980年にオープンした町田きってのジャズ喫茶『coffee&jazz NOISE』を筆頭に、英国調のガーデンや室内が美しい『CAFÉ GARDEN 風見鶏』、『中珈琲』など、非日常を味わえる店が多い。

『CAFÉ GARDEN 風見鶏』の季節の花々が咲き誇る様はまさにイングリッシュガーデン。
『CAFÉ GARDEN 風見鶏』の季節の花々が咲き誇る様はまさにイングリッシュガーデン。

さらには、質のわりに断然安く、ひとりでも安心して飲める酒場が充実していることも、町田の特徴かもしれない。駅前にはチェーン店の波をかき分けてみれば、大衆的な『やまと屋』に焼き鳥の『ばか大将』、おばんざいが絶品の『この世の天国』など、店主や女将のキャラが見える個性派がそろっている。創業130年を超える馬肉料理の『柿島屋』や、コの字カウンターの正調酒場『初孫』も老舗の名店だ。

そしてラーメン。仲見世商店街の『81番』や線路沿いの『いぶし銀』などさまざまな味が入り乱れ、ラーメン群雄割拠の地となっていることも付け加えておきたい。

足を踏み入れると、異国風情が漂っていたり、懐かしい昭和な時間が流れていたり。ユニークな世界観ばかりじゃない。心ときめくドリンクやおやつを味わいながら、椅子に身を預けると、夢うつつからひととき、心が飛び立っていく。
東京の下町のような名酒場に出合えるか───、一抹の不安をよそに彷徨(さまよ)えば、100年を超える老舗や絶妙火入れの焼き鳥、目利き自慢の魚介酒場などうれしい発見が。こだわりゆえに、いい意味で癖のある店主も魅力のひとつ!
ラーメン激戦区の町田では、どういうわけか店名に番号を含む“ナンバーラーメン”が多い。もしや、すべての番号がそろうかも? 街にあふれるナンバーラーメンを食べ歩き!

「ドムドム」にも触れておくべきだろう。現在町田市内に店舗はないものの、日本初のハンバーガーチェーン・ドムドムバーガー創業の地がここ町田なのだ。2020年で50周年を迎えた際に、1号店があったダイエー町田店の隣『レンブラントホテル東京町田』でコラボメニューを販売し「ドムドムが町田に帰ってきた!」と話題になった。

このほかにも、デンマーク生まれの雑貨店「フライングタイガー コペンハーゲン」や「さかい珈琲」、「牛角ビュッフェ」、「バーミヤン」など、第1号店や都内初の出店という実績が多く、チェーン店の第一歩は町田から、という場合が多いのも興味深い。

2020年で50周年を迎えた『ドムドムハンバーガー』が、現在創業の地・町田の『レンブラントホテル東京町田』にて、コラボメニューをテイクアウト販売中。ドムドムフードサービスの藤﨑忍社長に話をうかがった。

豊かな緑もすぐそこ

芹ケ谷公園。
芹ケ谷公園。

多摩丘陵の南東に位置している町田は、駅の北側は特に起伏に富んで急坂の連続。散策コースには事欠かないが、手近で使い勝手がいいのはやはり芹ケ谷公園だろう。町田駅から徒歩10分ちょいという立地ながら街の喧騒からは遠く、谷状の地形を活かしたつくりでがっつり高低差があるのが楽しい。「国際版画美術館」が併設されていたり、見ごたえのある巨大オブジェのような噴水があったり、遊具が設置された広場もあったりと充実している。

「町田リス園」も外せない。外周約200mの広場全体をネットで覆い、そのなかでタイワンリス約200匹を放し飼いしている「リスの放し飼い広場」が目玉で、直接エサをあげられる(リスたちは餌を求めて腕やら肩やら飛び乗り放題)という全国的にも珍しく、リス好きには堪らない施設だ。

『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。多摩ニュータウンの開発で、多摩丘陵は徐々に狭くなっているが、歴史環境保全地域になり開発を免れているエリアが、小野路周辺。江戸時代には宿場としてにぎわった小野路には懐かしい風景と古道も残っている。

町田にいるのは、こんなひと

チェーン店の1号店が多いという話は先に書いた通りだが、その要因のひとつは、ファミリーから学生までさまざまな層が暮らしている街といえるからかもしれない。しかし、ありとあらゆる世代が行き交うなかには、町田がアメカジの街であり古着屋激戦区であることを感じさせる姿もちらほら。これといった傾向があるわけではないけれど、かといって没個性でもない、むしろよく探せば奇抜なキャラクターがのびのび羽を伸ばす姿が見える。

妙に居心地がいいのはなぜだろう

冒頭で「地方都市みたい」なんて書いたけれど、歩けば歩くほど、そう一筋縄ではいかない街だということがわかってくる。その要因のひとつは、寛容さ、懐の深さみたいなものじゃないだろうか。本記事で名前の挙がった店のひとつひとつにも表れているし、街全体をよくよく見渡したときに垣間見える少々カオスな様相からも感じ取れる。

都心ではないが田舎でもなく、手厚くもてなすわけでもなければ、優しく包み込むわけでもない、程よく放っておいてくれる居心地のよさ。「“神奈川県町田市”でも郵便届くよ」と自虐で笑わせつつ、『散歩の達人』で特集されると大喜びしてくれる地元愛の深さ。この多面的な部分こそ、よそにはまねできない魅力なのかもしれない。

……いやいや、難しい話はやめよう。ひとことで言うならこれしかない、「町田はいい町だ!」。

取材・文=中村こより 文責=散歩の達人/さんたつ編集部 イラスト=さとうみゆき

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