史跡の記事一覧

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【東京発日帰り旅】千葉県香取市~水運で繁栄した佐原。江戸の香りが残る街並みを巡る~
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。利根川は江戸時代、水運の大動脈だった。輸送路として発展した舟運によって、米や醤油や酒が江戸に運ばれた。小野川河岸にある佐原はその恩恵を受け、今もその面影が残る。
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【東京発日帰り旅】神奈川県南足柄市・静岡県小山町~足柄城と富士の絶景~
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。関東と西国を結んだ古代足柄道が通る要衝の地に、足柄峠がある。そこに残る巨大山城の遺構を巡り、富士山を堪能してから矢倉岳へと向かう。
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【東京発日帰り旅】茨城県つくば市~筑波山神社と参詣道~
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。信仰の名山、筑波山の山麓に江戸時代に整備された道が残っている。神社を建てるための資材運搬用の道はその後、参詣道となった。筑波山に向かってその道を辿る。
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【東京発日帰り旅】神奈川県横須賀市~遺構の宝庫 三浦半島突端、観音崎から久里浜を巡る~
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。三浦半島の観音崎周辺には古代から近代までの遺構が残っている。日本武尊(やまとたけるのみこと)が上総(かずさ)国へ渡ったといわれる渡海地(とかいち)や中世の山城、そして近代の軍事遺構。そんな“歴史の舞台”に何度もなった、三浦半島の東突端部へ。
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職場の隣にある「廃」 調布飛行場周辺に残る旧陸軍航空隊の掩体壕3基~廃なるものを求めて第2回~
掩体(えんたい)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。掩体とは、ざっくり言うと敵弾から守る設備のことです。大小様々な掩体があり、とくに航空機を守ったり秘匿したりするのには「掩体壕」というものがあります。これは航空機をすっぽりと覆う、大型の設備です。掩体壕はカマボコ屋根状のコンクリート製が多く、屋根の上に草木を生やして偽装する場合もあります。かつて、旧・陸海軍の基地周囲にはたいてい掩体壕が存在しました。戦後、掩体壕は解体されていきますが、元来空爆などから身を守る設備であるため解体しづらく、そのまま放置されて倉庫となるケースもあります。そして、掩体壕は東京都内にも存在しています。場所は調布市。調布飛行場の周囲に数カ所点在しているのです。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城・番外編 揖斐城~
「西美濃三人衆」を知っているだろうか。稲葉一鉄(良通)、氏家卜全(直元)、安藤守就。道三、義龍と二代にわたって斎藤家の重臣として従っていたが、龍興の代になりそろって離脱。信長方へついた美濃の国衆だ。この離脱によって、斎藤vs織田の美濃争奪戦での織田家勝利が決定的となる。1567年(永禄10)、信長についた時点の年齢に注目したい。一鉄が52歳、卜全が55歳、守就にいたっては64歳だ(59歳説もあり)。この「戦国版・三匹のおっさん」、その後も各地を転戦しているから恐れ入る。なかでも人気、実力ともに抜けた存在が稲葉“頑固”一鉄。大河ドラマでは村田雄浩が怪演している。
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埼玉県 毛呂山(もろやま)町 ~モロモロぶったまげ! な歴史の里~
毛呂山は奥武蔵の山々の麓に広がる、人口3万人強の静かな町。西は外秩父山地、東はなだらかな平地、JR八高線と東武越生線が走り、都心から50㎞とベッドタウンとしても注目だ。果樹栽培が盛んで、とくにユズは江戸時代(伝承では奈良時代とも)から栽培され、日本でもっとも古い産地といわれている。地区名が付けられたブランド「桂木ゆず」は全国的に有名だ。旬を迎える11月からは、ユズが香る低山ハイキングが楽しい。毛呂駅と向かい合ってそびえる大病院をはじめ、医療関係の施設もたくさんある。そのうちの一つの病院が1965年にチベット難民を受け入れたことをきっかけに、チベットとの交流が盛んなのは意外な事実。その縁でチベット仏教の活仏(最高指導者)ダライ・ラマ猊下(げいか)がよく訪れている。猊下に拝謁するため、はるばるインドまで出かける私のようなチベットフリークにとっては、なんともありがたく羨ましい町なのである。さて何があるのだろう。大特集の川越界隈へお出かけついでに足を延ばして新しい発見を。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城編④ 一乗谷城~
『麒麟がくる』放映再開は、やはり光秀が越前・朝倉家のもとに身を寄せている時代からだった。当時の当主・義景は、一般に戦国ファンの間ではあまり評判がよろしくない。流浪の次期将軍候補・足利義昭が頼って来るも、上洛要請に応じず。浅井長政と組んで信長に対抗するも、大敗し1週間足らずであっという間に滅亡。優柔不断で戦下手、部下の人望もイマイチ。戦国系のゲームでも、おしなべて能力値が低い。
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新潟県 小千谷市 ~継之助、錦鯉、ウシ。みんなヨシター!な街~
毎年、秋に行きたくなるのが新潟。新米には少し早いが、緑から黄金色に変わり頭(こうべ)を垂れていく稲穂に心が和む。新潟県のほぼ中央、米どころの越後平野南端にある小千谷(おぢや)市は、信濃川の河岸段丘上に市街地が発達した人口約3万5000人の商人町。牛の角突き、錦鯉、小千谷縮が名物だ。とりわけ錦鯉は本場中の本場。世界中からたくさんの愛好家が訪れる。また、歴史好きにとっては北越戦争の激戦の舞台、鉄道ファンには首都圏のJR電車を走らせる水力発電所が気になるだろう。見どころの多い小千谷だが、現地ではいまだ中越地震の記憶が新しい。当時受けた恩に報いようと、東日本大震災では被災者を民泊で迎え入れた。昔から人々と支えあって生きてきた、心優しい小千谷人気質に脱帽だ。ちなみに「牛の角突き」で勢子(せこ)たちが口々に叫ぶ「ヨシター!」は「よくやった」の意。角突き牛たちや河井継之助、小千谷の人たちを「ヨシター!」と褒めてあげたい。なお、お出かけ前にネット検索する場合、「おじや」では永遠に変換できない。注意されたし。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城・番外編 月山富田城~
大河のタイトルは『麒麟がくる』だが、山陰には「麒麟がいる」。“山陰の麒麟児”こと山中鹿介幸盛。戦国を代表する忠臣にして、戦略・戦術家としての能力も抜群。中国地方のライバル・毛利家と生涯を通じて死闘を繰り広げた名将。今回はその前半生の戦いの拠点となった、出雲国(島根県東部)の月山富田城へ。永禄7年(1564)~永禄9年(1566)、月山富田城は毛利元就の大軍に包囲される。山中鹿介は主君の尼子(あまご)家とともに奮戦。品川大膳(しながわだいぜん)という毛利家の武将と一騎打ちを行い勝利したとか。俗に「川中島の一騎打ち」。しかし3年におよぶ籠城戦の結果、落城。そして跡継ぎの遺児、当時13歳の尼子勝久(かつひさ)を連れて脱出。以降は毛利家に対して、尼子再興のための戦いを展開するのだが、一時、織田家に身を寄せていた時期がある。信貴山城の戦いや丹波平定戦などで、明智光秀と行動を共にしたとの記録も。ドラマ内で今後、“W麒麟”が登場する機会もあるのではないだろうか。
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茨城県 笠間市 ~トリビアをもとめて歴史と芸術の里へ~
茨城県のほぼ真ん中、東京から100㎞ほどの距離にある笠間は、里山に囲まれた盆地状の街。陶芸と笠間稲荷神社で知られる観光立市だが、今年6月に笠間焼が日本遺産に認定され、ますます意気軒昂(けんこう)だ。歴史好きには、今も市民の崇敬を集める中世の領主、笠間時朝(ときとも)が興味深い。くしくも彼は7月号の本連載で紹介した栃木県塩谷町の領主、塩谷氏の血筋。和歌にたけた有能な御家人で、京都の三十三間堂など各地に仏像を多く寄進した教養人でもあった。笠間氏は戦国時代末期に衰退したが、益子氏との争いが一因だったとか。同じ陶芸の里として蜜月な現在からすると意外でおもしろい。意外といえば、笠間は坂本九や座頭市、忠臣蔵の浅野家に縁がある。また低山歩きにオススメの吾国山(わがくにさん)は、当地に長く逗留した親鸞が比叡山に見立てて眺めた山というのも意外だ。そんなトリビアを仕入れながら楽しむ散策の足には、駅前や陶芸の森のレンタサイクルか、笠間観光周遊バスが便利。ガッツリと観光するなら、今回紹介から漏れた数多の定番スポットをお忘れなきよう。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城・番外編 岐阜城~
『麒麟がくる』の脇役で一番話題の人物といえば、本木雅弘演じる斎藤道三、というのは衆目の一致するところ。前回の信貴山城の松永久秀に続く番外編、続いては美濃のマムシ・道三の居城・稲葉山城。後に信長が居城としてからは岐阜城と改名、「天下布武」を唱えた名城でもあり、今後もドラマ内で登場するはずだ。
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”女寅さん”あけみ。そのふつつかな愛の軌跡と、伊豆下田への家出騒動(第36作)をたどる
タコ社長の娘・あけみ(美保純)。『男はつらいよ』レギュラー陣のなかでは出演作が全8作(第33作~39作および50作。幼少期は除く)と少ないが、そのあばずれな言動と憎めない性格から、“女寅さん”として推しキャラとするファンも多い。またインパクトのあるバイプレイヤーとしてだけではなく、“寅さん観”を醸し出す上で欠かせないナビゲーターだ。ただ惜しいかな、あけみの詳細はかのシリーズでは断片的にしか語られていない。それだけに、「そ、想像が、も、妄想が膨らむぅ~」と悶絶する諸兄も多いことだろう。そこで今回はあけみの実像を追ってみた。これは日本一詳しいあけみの軌跡である。イラスト=オギリマサホ
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栃木県 塩谷町 ~水あり、山あり、心あり。自然と人情豊かなアクアの里~
栃木県には、日光をはじめ、鬼怒川温泉、塩原温泉、那須高原といったメジャーな観光地が目白押しだ。それらに囲まれ、しかも県都・宇都宮のすぐそばに、ツウ好みの静かな町、塩谷がある。人口1万あまり、栃木県最少という密でない小さな町のいちばんのウリは、なんといっても自然。とくに「日本名水百選」のなかでも、屈指のおいしさと軟らかさを誇る「尚仁沢湧水」は見逃せない。一般観光客の多くは通り過ぎてしまうそうだが、じつにもったいないことだ。高原山の麓に開け、豊かで良質な水と土に恵まれた塩谷は、農作物もおいしい。「たかはら山麓水街道」という、このエリアの食のキャッチフレーズが言い得て妙だ。穏やかで親切な住民と触れあいながらのウォーキングも楽しい。私事だが、昭和時代によく通った人間としては、令和になっても昔とあまり変わらない雰囲気にひと安心だった。いつもと違う今年の夏は「ウィズ・アクア」。鬼怒川と、尚仁沢湧水が注ぐ荒川が町をとうとうと流れる名水の里で、密にならない涼しげな散歩を。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城・番外編 信貴山城~
『麒麟がくる』本放送は、6月7日の「決戦!桶狭間」以降、しばらくお休み。特別番組として「戦国大河ドラマ名場面スペシャル」が放映中。本連載もしばらく、脇役たちの城を取り上げる「番外編」です。戦国武将には苦みばしったシブイケメン武将も多く、大河ドラマでも毎回、ブレイクする脇役が現れる。今回ならやはり、本木雅弘が演じた斎藤道三。そして、もう一人挙げるならば、吉田鋼太郎演ずる松永久秀。いずれも戦国時代を代表する梟雄といって過言ではない。道三は次回以降にとっておき、今回は久秀ゆかりの信貴山(しぎさん)城へ。
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戦国の城を攻める~明智光秀ゆかりの城編③ 周山城~
『麒麟がくる』主人公、明智光秀が信長から与えられた領地は、近江・坂本と丹波一国。丹波で光秀が築城した城といえば、亀山城と福知山城が有名だが、もうひとつ。周山(しゅうざん)城を忘れてはいけない。前回紹介した八上城にも増して本格的な山城が、戦国好きの挑戦を待っている。
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千葉県 富里市 ~駿馬とスイカのサラブレッドタウン~
成田は日本の空の玄関口とあって身近だが、そのすぐ隣なのに、あまり足を向ける機会のない富里。行ってみると、台地とそこに入り込んだ谷津田からなる地形が興味深い。かつて耕作に不向きだった台地は、大部分が長い間無住の原野で平安時代ごろから馬が放牧されていた。江戸時代には幕府直轄の牧となって牧士という特殊な身分も生まれた。その後は近代牧畜の先駆けとなり、競走馬育成が盛んになった。そんな歴史ある馬産地とあって、今も牧場や乗馬クラブが多い。また、食感がよくて甘いスイカ、収穫量日本一のニンジンなど「富里ブランド」と呼びたい特産も有名だ。とくにスイカは、皇室へ献上したこともあって「富里スイカ」の名が昭和初期から全国に知られていた。内陸性気候のために昼夜の気温差が大きく糖度が高い「富里スイカ」。出荷は6月中旬が最盛期。市内に鉄道はなくバス移動がメインになるが、JR成田駅の東側はもう富里。都内からのアクセスには、もちろんスイカ払いでOK牧場!
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城編② 八上城~
2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』主人公、明智光秀ゆかりの城へ。第2弾は丹波国(現在の京都府中部・兵庫県北東部)の山城。八上城は、光秀が落とした城として最も著名。ナメてかかると痛い目を見る、本格派の山城だということ。第1回の明智城と明知城が初級なら、こちらは中級~上級者向けかも。
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戦国の城を攻める ~明智光秀ゆかりの城編① 明智城・明知城~
城跡に足を運ぶ時、ただ漫然と本丸に立つ「〇〇城址」碑を目指すのは、実にもったいない。戦国武将か足軽かの視点で、攻め込む。整備された登城路でも、時にヤブを漕いでの道なき道でも、そこが戦国時代に見たてて登れば一転、「城歩き」が「城攻め」に変わる。それだけで、城の楽しみは倍増する。2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』主人公、明智光秀ゆかりの城へ。せっかくならば秀吉にやられる前に攻め落としてしまおうではないか。読み進めればきっと、「明智の城をいかに落とすか」という視点で、城攻めを疑似体験できるはず。
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静岡県 森町 旅行けば〜遠江の国に 小京都とコーンの香り
静岡県西部にあって 「遠州の小京都」 として知られる風情豊かな森町。江戸時代には、お伊勢参りの途中に立ち寄るのが当たり前だった火伏せの神 「秋葉山(あきはさん)」 に通じる秋葉街道の宿場町だった。いまも当時の街道脇には、格子戸の町家や土蔵があちこちに残り当時をしのばせる。お茶の出荷や古着の商いでも大いににぎわった。そんな経済環境は高い文化も育んだ。京都から伝わった伝統芸能や祭り、旬の花々、陶芸など上質な観光資源がたくさんある。小京都の常で和菓子の名店も多い。豊かな自然と温暖な気候の森町は、おいしい食材の宝庫でもある。高級茶などのブランド農産物が数多く、とくにトウモロコシは有名。6月ごろには、毎朝直売所に長蛇の列ができるほどで、なかには東京から駆けつけるグルメな人も。秋には町原産の甘柿 「治郎柿」 が 味わえる。新東名高速道路のおかげで、アクセスも俄然(がぜん)よくなった。歩くほどに味が出てくる自然や歴史、食、そして人。あまり俗化していないツウ好みの小京都へ。
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