忘れられない一杯の飲み物がある。ミルキーで、甘さたっぷりだけどくどくなくて、体全体をほのかに温めてくれる。「幸せ」をそのまま液体にしたかのような飲み物、それがチャイだった。以来、「理想のチャイ」を求める探索は続いている。
チャイは元々、良質な茶葉の大半を輸出していた植民地時代のインドで、現地に残ったダスト(くず)茶をおいしく飲むために、庶民が工夫し産み出した飲み物だった。お金はないけど飾らない人々の楽しみは、チャイを手にした尽きることのないおしゃべりだったに違いない。
コロナ禍のさなかにオープンした蔵前『JULLEY』には、コミュニケーションに飢えていた人が次々に訪れ、対話を楽しんでいる。『myChai』では店主の人柄が、そして『COBACHI』では関西ノリの楽しい接客が、チャイ自体の魅力に劣らず人々をひきつける。「語らいを通じた幸せ」をもたらすチャイのDNAが、気取りのない蔵前・両国の地に根付きつつあるのは必然かもしれない。
『JULLEY』は、チャイ文化を育むサロン。[蔵前]
店名の由来「Julley」はインド最北部・ラダック地方で、どんな時にでも使われる挨拶の言葉。現地ではカフェでも路上でも、見知らぬ人同士がチャイを手に語り合い関係を広げていく。東京でもそんな場を作ろうと始めた店は、いまや遠方からも常連が訪れ、おしゃべりや情報交換に花を咲かす。供されるチャイは香り高く優しい味。スパイス入り焼き菓子を頬張れば、気持ちがほぐれて力が湧いてくる。
『JULLEY』店舗詳細
米国×インド×日本の理想形『myChai』[両国]
米国出身のオーナーシェフ・リチャードさんはいろんなインド料理店で飲み比べつつ、1年半かけて理想のチャイのレシピを完成させた。チャイは繊細な飲み物で、スパイスを加える順番や煮出す時の火力などで味が大きく変わる。ショウガもドライではなくあえて国産のフレッシュなものを使い、他の7種類のスパイスとの調和に気を配ったという。長く楽しめるビッグサイズのカップも魅力だ。
『myChai』店舗詳細
アパレルの感性をチャイに。『COBACHI CHAI』[蔵前]
ドメスティックブランド「RYU」のデザイナーがロンドン在住時代、スパイス料理店がひしめくホワイトチャペルで過ごした経験を基に、メニュー開発からカップのデザインまで手掛けた。店舗も「RYU」の東京店に併設。チャイのテイストは「コットン」「リネン」など4種類を用意し、生地の風合いを感じさせようと工夫を凝らした。洗練された店舗デザインと親切でフレンドリーな接客の両方がうれしい。
『COBACHI CHAI』店舗詳細
取材・文=平野かおり 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2024年2月号より