コ本や honkbooks

本じゃないものに自然にめぐりあえる

エレベーターが開くと直ちに本の世界。正面では目下「こんな時こそ旅。本を読んで来るべき旅に備えよう」フェア。
エレベーターが開くと直ちに本の世界。正面では目下「こんな時こそ旅。本を読んで来るべき旅に備えよう」フェア。

活動の始まりは、東十条だった。「映像祭をやろう!」と、東京藝術大学大学院映像研究科出身の青柳菜摘さん、和田信太郎さん、清水玄さんが集まり、王子に借りた物件で火種を付けた。以来、本とアートの境目にあるようなこれまでにない空間を、手探りで開拓している。「芸術に興味がない人にも、気軽に来てもらうには? そう考えた時、“本”が浮かんだんです」と青柳さん。アートに限らず、さまざまな分野の商品があり、古書なら買い取りもあって双方向の関わりが生まれる。いい仲介役になると確信、それぞれが蔵書を持ち寄りスタートした。2016年のことだ。

やがて、長く続けられる広い場所を探し始め、池袋のこの場所が浮上した。「首都圏のハブになっているけれど、アートスペースは少なくて活動を広げるにはいい場所」(青柳さん)。「アーティストやマンガ家など創作活動の拠点とする人が多い街」(和田さん)。「池袋はうらぶれているけど、洗練されていない感じが心地いい」(清水さん)。もともと本とアートにつながる歴史ある池袋。土地が彼らを求めたかも?

クリニックの名残がある空間。中央は元廊下だ。右から青柳さん、和田さん、清水さん、スタッフの小光(こみつ)さん。
クリニックの名残がある空間。中央は元廊下だ。右から青柳さん、和田さん、清水さん、スタッフの小光(こみつ)さん。

2019年11月にオープンした新天地は、元クリニックの気配が残る不思議な空間。長い廊下を利用した本棚は、美術、建築、写真、演劇、洋書の絵本、文学、暮らしの本、さらにアーティストから直接仕入れるZINEやグッズが並ぶ。ZINEに混じって古書、古書に混じってさまざまなグッズ、例えばシールやCDなど、回遊していると目が泳ぐほどで、宝探しみたい。「作家さんからの持ち込みもあります。新しい作品が加わることで景色が変わるのが、おもしろいです」と青柳さん。新入荷をSNSで発信すると来店者が急増することも。10代、20代の来訪も多く、予想外の驚きという。

1冊売れると補充する本を考える。すると埋もれた本が現れて棚の表情が変わる。
1冊売れると補充する本を考える。すると埋もれた本が現れて棚の表情が変わる。

中央にあるガランとした部屋は、「theca(テカ)」と名付けられたイベントスペースだ。和田さん曰く、「ここは余白を重視しデザインしました。目的を与えない余白って、とても大事なんです」。王子時代から継続しているイベントに、「Daily rawing,Daily page」がある。一冊の本を参加者が朗読しあって、それを聴きながら即興でドローイングを描いていく創作の体験なのだが、描かれた絵は一冊の本となる。イベントを考えるにも、本屋であることはきっとおもしろい要素。誰もが本に何かしらのつながりがあり、表紙を開くとそこから創作がはじまる……。
読むだけに満足しない自分が、目覚めるかも。

「Daily drawing,Daily page」の様子。(写真提供:コ本や honkbooks)
「Daily drawing,Daily page」の様子。(写真提供:コ本や honkbooks)
新しく入荷の古書は、ココ。
新しく入荷の古書は、ココ。

『コ本や honkbooks』店舗詳細

住所:東京都豊島区池袋2-24-2 メゾン旭2F/営業時間:12:00~20:00/定休日:月/アクセス:JR・私鉄・地下鉄池袋駅、地下鉄有楽町線・副都心線要町駅から徒歩5分

天狼院書店

界隈の新しい流行は、“天狼院めぐり”!

福岡や京都にも展開する『天狼院書店』。当然ながら本を販売しているが、「ゼミ」と称する教室が人気で注目されている。書店が開くゼミ。その思惑は何なのだろう?代表取締役の三浦崇典さんに聞いてみた。三浦さんは、高校時代から活字中毒で、書店で働きながら小説家を目指した、本に熱い人だ。「僕たちは本を拡大解釈しているんです。紙の書籍だけでなく、“体験”を含めた“有益な情報”、そのすべてが“本”なのです」。斬新な解釈に戸惑うが、ゆっくり咀嚼すると、文章を書く、写真を撮る、芝居を演じるといった学びを含めて、すべて「本」というわけだ。例えば、一冊の〝カメラ入門〞の本を読む。読者は読むだけではうまくならないと悟り、プロからカメラを習いたいと望む。「ならば、カメラの講師と撮影モデルを探して用意して、読者に享受してもらいましょう」。三浦さんはゼミを企画・編集する。最も人気のある「ライティング・ゼミ」(全8回4万円)を受講した人は、総計7200人を超える。

卒業後に実際にライターとして活躍する人もいるが、受講生の作品を冊子にまとめて商品化する試みも好評で、発表の場があるのも醍醐味だと言えよう。周辺には、まるで街に結界を張るように3つの拠点がある。天狼院のファンは年齢男女問わずわんさといて、仕事帰りに各店を渡り歩く人もいる。さらに、複数のゼミを受講して、実に充実したリーディングライフを繰り広げているのだ。「僕たちにしかできない書店を必要としている人が、本当に多い。手応えと責任を感じています」

とことん話しかけられる“人生を変える”書店

三浦さんは、「池袋は、雑多なところがいい。いろんなカルチャーに対して寛容で、無駄なものを排除してこなかった。昔から文化との相性がいいんです。雑多な街だからこそ文化は自由に出入りできて、自由に育つんです」と分析。だから、2013年に開業する際、迷わず池袋を選んだ。1号店は、『東京天狼院』。一歩入ると、拍子抜けするほどアットホームで、三浦さんのDNAを持つスタッフがにこやかに話しかけてくる。スタッフのミッションは、「人生を変える本を提案する」ことだ。そのために、たくさん話しかけて、検索では見つけられない本を探るのだ。訪ねたら、素直に導かれてみようではないか。ところで、超読書家の三浦さんはどこで本を?
「そこのジュンク堂さんで定期的にまとめ買いです。スタッフが本の職人で、日本一の書店です」

『東京天狼院』のみで販売している黒カバーの『秘本』。購入条件は、タイトル秘密、返品不可、他言厳禁。値段は本により異なる。毎回三浦さんが魂を込めてセレクト。
『東京天狼院』のみで販売している黒カバーの『秘本』。購入条件は、タイトル秘密、返品不可、他言厳禁。値段は本により異なる。毎回三浦さんが魂を込めてセレクト。
『天狼院書店 Esola池袋店 STYLE for Biz』は「ビジネスマンが来るフロアにしてほしい」とのオファーを受けて生まれた。
『天狼院書店 Esola池袋店 STYLE for Biz』は「ビジネスマンが来るフロアにしてほしい」とのオファーを受けて生まれた。

『シアターカフェ天狼院』店舗詳細

『東京天狼院』店舗詳細

住所:東京都豊島区南池袋3-24-16 2F/営業時間:12:00~22:00(土・日・祝は10:00~)/定休日:木/アクセス:JR・私鉄・地下鉄池袋駅から徒歩8分

『天狼院書店 Esola池袋店 STYLE for Biz』店舗詳細

住所:東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F/営業時間:10:30~21:30/定休日:休みは施設に準ずる/アクセス:JR・私鉄・地下鉄池袋駅直結

古書 往来座

文化にはユーモア必須。絶対にそう思う!

やや渋めの朱色がトレードカラー。店先には、ふと足を止めたくなる表紙や背表紙がにぎやかに並ぶが、あれこれ品定めをしているうち、ごく自然に店内へと導かれてしまう。「中にはもっといいもんがあるに違いない」と、期待が膨らむのだ。一歩入ると、店内は天井が高く、「いらっしゃいませ」の声。妙に親しみがわき、スリムな通路の行き来を心置きなく楽しめる。

店主は、『東京芸術劇場』にあった古書店「古本大學」を引き継いだ、瀬戸雄史さん。大学1年生の時に、アルバイトで入ったのがきっかけだ。移転を余儀なくされ惜しまれつつ閉店となり、2004年5月、『古書 往来座』を新しく開店。つながりのある人が多い池袋以外、選択肢はなかった。「道に落ちている『鬼ころし』のパックが世界一多いのが池袋。繁華街から傷ついた人がトボトボ歩いてきて、ちょうどこのあたりで発散する。開店前は、たいてい歩道に捨てられたゴミ拾い」。瀬戸さんが話すと、その情景がむくむくと浮かぶ。開発が進み一見きれいになったが、やっぱり荒す さんでいる顔があり、だからこそ親しみやすい、敷居が低い、受け入れる度量が広い。そんなこのまちの印象まんまが、当店だ。

3人の異なる嗜好でまとまる不思議棚

開店当初はCDもアダルト本も置いたが、今は、「置く本をかなり絞っていこうと決めました。どんどん気分屋さんになってきていますね」と、カミングアウト。そうして瀬戸さんは、好みじゃない本をどんどん却下する。

本棚は瀬戸さんの手作り。右から野村さん、関田さん、「DOKUDAMI」の棚にハマっているのが瀬戸さん。
本棚は瀬戸さんの手作り。右から野村さん、関田さん、「DOKUDAMI」の棚にハマっているのが瀬戸さん。

「ちょっと待った!」。瀬戸さんの行動を止めるのは、スタッフの野村美智代さんと関田正史さんだ。出版社の営業、公共図書館などで本の仕事を多数経験してきた関田さんは、サブカル系と最近の話題書を救済。野村さんは日本が誇る演劇や映画の関連書をひたすら守っている。この3人の個性ある嗜好が、バランスほどよく、棚を構成しているのだ。

野村さんのもう一つの名は「のむみち」。都内名画座上映スケジュールを綴る月刊フリーペーパー「名画座かんぺ」を発行している。「お客さんに名画好きな人が多くて、試しに観てハマってしまったんです。旧作邦画には人生を豊かにするパワーがありますね」。さらに「映画を観て出勤すると原作本を手に取れる。最高の職場じゃないですか?」と目を輝かせる。さあて、店内を巡ろう。ぱっと見じゃわからない玄人受けする遊び心に、ふっと笑えたなら、文化薫る一冊が微笑みかけてくるかも!?

本棚に取り付けた可動式のゴンドラ、「本ドラ」。
本棚に取り付けた可動式のゴンドラ、「本ドラ」。

『古書 往来座』店舗詳細

取材・文=松井一恵 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2020年5月号より