『江戸和竿 小春』竹選びから入念な、しなやかな和竿
弁天長屋の離れで黙々と作業する職人がいる。江戸和竿師の小春友樹さんだ。江戸和竿とは、ハゼやフナ、タナゴ用の竹製釣り竿。5〜6本に分割され、1本に継いで糸を垂らす。川越周辺には伊佐沼など釣りスポットが点在し、小春さんも幼い頃から慣れ親しんできたという。
「川越には昔から和竿職人がいるので弟子入りしたんです。でも高齢の師匠だったので、2年で独立を勧められてしまいました」
その後は江戸和竿組合に入り、独自に研鑽したと笑う。手に取ると、細かな細工が施されて繊細。それでいて、強くしなやか。竿は獲物、長さ、継ぎの本数など、人によって好みが分かれ、小春さんはオーダーに合わせて竹を見繕うところから始めるという。「竹こそ要」と、冬場は竹採取に奔走し、竹を削り、絹糸を巻き、漆の塗り重ねなど、全工程を一人で行うというからすごい。炭火であぶって竹の曲がりを修正する火入れ以外の、工房での作業日ならば、見学、注文にも応じてくれる。
「置き屋があった昔は子供にとって怖い場所でしたが、今は風情ある横丁。ものづくりの仲間がいるのも心強いですよ」。
『江戸和竿 小春』店舗詳細
『靴鞄修理 坂庭』修理に始まり、革細工まで手掛ける
黒地ののれんをくぐれば、古着屋さんかと見紛うしゃれた空間。カウンターに立つのは、革職人の篠田俊樹さんだ。海外ブランドの革製品の修理を皮切りに腕を磨き、友人に誘われて川越に踏み入った。「もともと古いもの好き」で移住して開業、弁天横丁の一角を改修し、移転した。持ち込まれる靴や鞄の状態はさまざまで、靴底やカカト、はげた部分など、道具を駆使して補修。
「英国にはひび割れに革当てして履き続ける国王由来のチャールズパッチという技法があって、デザインのポイントにもなりますよ」
また、革細工も始めている。「川越を着物姿で歩く方が増えているので」と、和装にも洋装にも似合う革製の合財(がっさい)袋を制作。カラーバリエーション豊富な牛、豚、鹿の3種から生地を選び、組ひもと緒締を選ぶオーダーメイドだ。ふと、カウンターの卓上に飾られた盆栽に目が行くと「それも革ですよ」と篠田さん。枝木、葉のすべてを革から仕立てた革盆栽は、革の端くずを固めて制作するという。「革は捨てるところなし。近い将来、狩猟免許を取得して革をなめすことからできたら」と、目を輝かせた。
『靴鞄修理 坂庭』店舗詳細
『和蝋燭 HAZE』手掛けの風合いともども静謐な灯火
店の片隅でゆらりゆらりとロウソクが灯り、燭台に整然と和蝋燭が並ぶ。仏壇で和蝋燭を灯す習慣になじんでいた櫨(はぜ)佳佑さんは、ある時、後輩の寺澤勇樹さんに和蝋燭をみやげで渡すと、感動されて驚いた。
「あまり知られていないものだと気づかされまして」
そこで寺澤さんと発起。弟子入りはかなわなかったが、動画を探し当て研究を開始。和蝋燭は和紙とイグサを巻きつけた灯芯に、ハゼの実を絞った木蝋を手で擦り込む分業制作のもの。「でも、木蝋の工房は2軒、灯芯は1軒だけ。なくなってしまう前に広く知ってもらわねば」と、決意を新たにしたと話す。
天然クレヨン作家が作る草木の染料、伊勢神宮に奉納される岩戸の塩などを用いたものは清楚な美しさをまとい、現代流絵蝋燭はアーティスティック。蝋は垂れることなく燃えきり、用途の幅は広い。
川越に工房を構えたのは、「和蝋燭には古く文化のある街が似合うから」。その狙いはピタリ。月1体験はすぐに予約満杯で、しかも「体験した学生さんが蝋燭作りを始めたそうなんです」。和蝋燭の灯が川越をポツポツ照らし始めている。
『和蝋燭 HAZE』店舗詳細
『帽子と洋服 KIKÖNO』被るほどしっくりなじむ手仕事の帽子
ひっそり構える帽子店に並ぶのは、店主でデザイナーの住吉陽子さんがひと針ひと針心を込めたかぎ針編みのほか、型押し、渦巻き状に編んだブレードなど、さまざまなスタイル。住吉さんは「職人ごとに得意な作りがあるんですよ」と、おっとりと微笑む。ヤシの葉由来のラフィア、麦わら、熊笹など、天然の素材も多岐で、被り心地の良さに惚れ、埼玉県最古の初雁幼稚園も春夏の制帽にと発注しているという。
「入園時のお渡しですが、卒園して小学生になっても、長く被ってくださる方もいるんですよ」
リボンの絞りでサイズが調節でき、替えリボンも用意するなど機能性が高い。形を整えたり、撥水加工を施すなど、メンテナンスも請け負うとあって長く愛用されている。素朴な風合いと丁寧な仕事に大人も惚れるが、店頭に出すとすぐに売れてしまう人気の帽子。中には住吉さんが被る帽子に目をつける人もいるが、帽子は被る人の頭に沿うモノ。自分にフィットする形、風合いに育てるのも楽しみだ。他にも、上質な天然素材の洋服、小物も揃う。まずは手にとって、その肌触り、使い心地を試してみたい。
『帽子と洋服 KIKÖNO』店舗詳細
取材・文=林さゆり 撮影=山出高士
『散歩の達人』2023年10月号より