伝統の味に品格を添えて『毘沙門せんべい福屋』
所々の焦げ色は決して焼き過ぎではなく、旨さの引き立て役。数十年前、偶然工場の前を通り掛かった中村勘三郎は「もっと焼いてくれ、もっと!とせがんだそうです」と、福屋の2代目主人が教えてくれた。東京煎餅を引き立てるのは焦げの香ばしさと、名優は見透してた。ほのかな甘味をたたえた醤油味と手の平に収まるサイズ感、そして歯応えには品と程のよさがある。そこにちりばめた焦げ目に、愛嬌たっぷりの中村屋の笑顔が潜む。
『毘沙門せんべい福屋』店舗詳細
職人の遊び心が生んだ珍しいせんべいも多数『神田淡平』
国産米を製粉し、生地を作ることから自社で行う。そのため、イカスミやシナモンなどいろいろなものを中に練り込み、バリエーションを増やせるという。とはいえ遊び心は果てしないが、奇をてらうわけではない。噛むほどに甘みが増すせんべいは、米の持ち味を生かすべく生地をよく寝かせ、配合も試行錯誤しているから。香ばしさに醤油の塩味、米の甘みがブワッと舞う。
『神田淡平』店舗詳細
芸どころが認めた味を守って『にんぎょう町 草加屋』
「一番大切なのは炭火です」と断言する3代目主人。最高の米を使い、砂糖は一切使わない。炭火で少しずつ焼くと自然の甘みと旨味が生まれる。備長炭の火おこしに2時間かけて焼き上げたせんべいは、清々しさすら宿る。キリリとした醤油味、パリンとキレのある歯応え。この江戸前せんべいを、近所にあった寄席に出演する噺家たちが買い求めたのもうなずける。明治座があり、かつて花街が栄えた人形町で、粋筋に認められた味だ。
『にんぎょう町 草加屋』店舗詳細
和菓子をしのぐ実力派『三原堂本店』
せんべいは手焼き醤油味に限る……と言いたいけど、この味と食感だけは脱帽もの。和菓子店なのに、今や和菓子全体と同じ売り上げを誇り「せんべいの『三原堂』と言う方が多くて」と営業部・伊藤さんが笑うように、一般客もせんべいファンも満足させる。口の中で躍るつぶつぶ感の心地よさと、香ばしい醤油風味と良質の塩のバランスが、後引く旨さを作り上げている。敢えて個性を抑えた出しゃばらぬ味わいに、街の老舗菓子店を感じる。
『三原堂本店』店舗詳細
熟練の手わざを目の当たりに『本手焼せんべい 喜作』
わざとこわし、二度づけという言葉と、炭火焼きの生地に醤油の染みた焦げ目……せんべいマニアには夢の様な風景だ。割れたせんべいを「久助」と呼ぶが、『喜作』で働く職人が、販売できない久助を再度醤油に付け焼きして食べてたのを見た先代が商品化したという。「地味な作業だけど、こうしないとおいしくできないんです」と3代目が言うように、熟練の職人さんがじっくり焼く。これを割って醤油を潜くぐらせるセンスに拍手!
『本手焼せんべい 喜作』店舗詳細
変わらぬ店構えに違わぬ味を『昔せんべい 大黒屋』
谷中七福神のひとつ、大黒天(護国院)に向かう参道のような役目を果たしていた坂道。「昔からうちはシンプルなんですよ」と3代目と共にせんべいを焼く女将さんが言う昔せんべいは、その名に違わぬ、パリパリでキリッと醤油味を押し出す、どこか懐かしい味わい。年季の入った店構えは、この味にこそ相ふ さわ応しい。昭和の東京なら、こんな店が街に一軒はあったはず。言葉の端々に言う女将さんの「普通」こそ、一番大切で難しいのだ。
『昔せんべい 大黒屋』店舗詳細
家族で育んできた手焼きせんべいの味『こがね堂』
昭和初期、先代が西荻に開業。戦争から戻ったのちに高井戸で再出発し、今では地元の名物にまでなった。ザラ丸や白雪にフリーズドライの梅を散らしてみたり、変わり種は2代目の上原健二さんが発案。「食べてみると、砂糖の奥に梅を感じますでしょ」。確かに!最初に甘みが来て、次にほのかな酸味、それから醤油と米の味わい、香ばしさもどっと混じってくる。五味が追いかけっこし合う効果で、味がどんどん立体的になっていくぞ。
『こがね堂』店舗詳細
厳選した材料で米のよさを教えてくれる『富士見堂』
商品棚に小窓があり、取材時、のぞいてみると奥の工房で生地作りの真っ最中!「生地から作れば、米にもこだわれるんです」と代表取締役の佐々木健雄さん。次世代に米の文化をつなぐことが、せんべい屋の役割だという。さくっとした歯ざわりの白ほおばりは、北海道産の特別栽培米を使用。空気を含ませながら手作業で作り、そのエアリーな構造ゆえ口どけがよく、ダイレクトに米の旨味を感じさせる。特製甘醤油の上品な香りもいい。
『富士見堂』店舗詳細
ファン層は幅広く、大人から子供まで『金時せんべい』
「地元の幼稚園では、園児がうちの小判(のりを散らしたミニ醤油せんべい)を食べながら帰りのバスを待つんです」と店主の馬場泰寛さん。ここは、そんな微笑ましいエピソードが似合う店なのだ。店内に並ぶせんべいは、職人技が光る硬派なものと、ほっこり系が百花繚乱。ひときわ目を引くのは白くて甘い雪を頂く富士山で、麓に当たるしょっぱい部分と交互に食べ進めるのがいい。甘い、しょっぱい、と異なる味覚が反応してワクワク。
『金時せんべい』店舗詳細
かの噺家が贔屓にした粋な名店『八重垣煎餅』
店の一角で、網の上に並べたせんべいを職人がトングで一枚一枚ひっくり返す姿に、つい見入ってしまう。名物は、立川談志が愛した堅焼き。その偉大な名物の陰に、たくさんの優品があることを忘るべからず!東京ぬれやき煎について、店主の竹田旭さんは「失敗作から誕生したんです」と照れ笑い。一般的なぬれせんよりも表面がカリッとして、きりっとした醤油の風味と香ばしさもバッチリ保たれている。これは癖になるわ。
『八重垣煎餅』店舗詳細
構成=柿崎真英 取材・文=高野ひろし、信藤舞子 撮影=丸毛透