峰月堂印章店【根付彫刻】

手のひらにのる小宇宙を生む

下から時計回りで、「六猫」「善光寺参り」「河童の相撲」「三竦(すく)み」「摸摸具和(モモンガ)」。それぞれ360度どこからでも鑑賞できる。手になじむにつれ風合いが出てくるという。価格は10数万円~30万円前後。

根付(ねつけ)は“手のひらの小宇宙”とも言われる。例えば「六猫」という作品。伸びをしたり眠っていたりする6匹の猫が絡み合って、わずか数センチ四方ほどの中に、広がりのある世界を創り出している。毛や牙、つまようじの先ほどの眼など、微細極まりない。「動物が好き」という山鹿寿信さん(2021年現在56歳)だから、作品は動きがあってしかもかわいいのが特徴。手先の器用さ、感性、 発想力などを総動員しても「月に2個できれば良いですかね」と根気がいる仕事だ。
素材は象牙(ワシントン条約以前の在庫)や鹿角(かづの)などに、つげや黒檀の木材など。下絵を描き、材料を切り出して粗削りから仕上げ削りまで延々と続く。最も細かな作業時は歯科医が頭にしているような拡大鏡を装着して集中する。出来上がりはふたつとないものだ。「今の根付はアートに近く量産はできません。毎回違うものを作ることになります」。継続的に展覧会や販売会に出品している作家は国内外合わせて100人ほどしかいないという根付師。中でも山鹿さんは深川八幡祭の町内神輿総代でもある粋人だ。その手から生まれる作品は、江戸の伝統と現代的感覚が融合した小宇宙なのだった。

モチーフの参考のため動物園にも行くという山鹿さん。
電動のリューターによる粗削り。専用の刀や集塵機は自作だ。
素材は象牙をはじめ、鹿や猪、カバの牙など。
特殊な彫刻刀“左刃(ひだりば)”を使って繊細に削っていく。

『峰月堂印章店』店舗詳細

住所:東京都江東区清澄3-3-22/営業時間:9:00~17:00/定休日:土・日・祝/アクセス:地下鉄半蔵門線・大江戸線清澄白河駅から徒歩2分

豊田スダレ店【江戸スダレ】

10年は平気で持つ天然もの

古風な編み機に一本一本葦を入れて足踏みで編む。

浜町や柳橋の料亭で使われる高級スダレのオーダーメイド専門店として明治37年(1904)創業。豊田勇さん(2021年現在83歳)は3代目だ。江戸スダレの特徴は天然素材の味わいをそのまま生かすところにある。昔は隅田川や利根川などにあった材料の葦(あし)がなくなり、現在は群馬の渡良瀬遊水地で自然に育った山葦を使用しているという。
その膨大な量の葦束から太さと色をそろえながら一本一本選別。足踏み式の編み機に一本ずつ入れて編み込んでいく。次に規定の大きさになったら不揃いの端を断つ作業。「これね、簡単なんだよ」という豊田さんだが、大きな剪定(せんてい)ばさみの片方を床に押し付けて片手だけでサクサクと切っていくのには驚いた。定規を当てるわけでもなし、フリーハンドであっという間に真っすぐ切りそろえてしまう。数百円で買えるホームセンターのスダレとはまるで別物。
「ひと夏でダメになっちゃうものと違ってウチのは10年以上は持ちますよ」 。
堅くて水を弾(はじ)く葦で作るスダレは丈夫なのだそうだ。オーダーメイドだから、年月を経て不具合がでたものは修理をしてくれるのもいい。スダレに精緻な美しさを感じたのは初めてであった。

室内用の座敷御簾は西陣織の縁が付いた優雅なもの。戸1枚の半身で3万9600円。
150年経った古民家の煤竹(すすたけ)を使用した色紙かけ5万5000円。
『芭蕉記念館』にも納入している短冊かけ3300円。写真にはないが外掛けのスダレは8800円。
同じ仕上がりのものを作るのが信条という豊田さん。
歌舞伎座や国立劇場などの芝居用も作成。木製の投げ玉を交わしながら大ぶりの御簾を作 る。
江戸時代、八丁堀の同心もスダレを内職。その時使用していた脇差しが現役とは!

『豊田スダレ店』店舗詳細

住所:東京都江東区新大橋1-3-9/営業時間:9:00~17:00/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄新宿線・大江戸線森下駅から徒歩1分

椎名切子(GLASS-LAB)【砂切子】

はっとするような、透き通る美しさ

波や水滴、背景の雲や日が落ちる色合いを再現した「北斎グラス 浪裏」。4万4000円。

親子3人の合わせ技で、伝統の江戸切子(きりこ)をカスタマイズしオリジナル製品を生み出す。もともと1950年創業のガラス加工所。江戸切子はカットグラスの技法を使って装飾を施したもので、ペリーが来航時に献上され、技術の高さに驚いたとか。この技を継承し、2代目の椎名康夫さん (2021年現在69歳) が線ではなく面を作る技術をグラスに用いた平切子のエキスパートに。一方その次男である康之さんは砂を吹き付けて削るサンドブラストの達人。そこで長男の隆行さんが2人の技術を融合させて「砂切子」という新しい商品開発のプロデュース役となった。
これで江戸切子では難しかった模様や組み合わせを実現。職人2人の腕はハイレベルだが、ともに「(作業は)難しくない」と素っ気ない。でも隆行さんは「父の曲面を平らにする技術や、弟の線をとんでもない細さにする技術は背中がゾクッとするほど」と肩をすくめる。サンドブラスト技術は0.09㎜の線まで描ける世界レベルなのだとか。おかげで、お酒を入れると北斎の赤富士が浮かび上がるグラスや、グラスの中で桜が満開となるものなど、話題になる商品が続々とデビュー。企画力も大きな力となって羽ばたいている。

グラスを砥石がけする父・康夫さん。長年の勘で見事に平らにしていく。
サンドブラスト作業中の次男・康之さん。究極の細さにサンドブラストで削り出す。デザイン力も確か。
平切子の作業場は昔のまま。1基のモーターで5、6個の砥磨機を回す。
入念に検品中。
桐箱に納められて出荷を待つ。
桜が咲き誇る様子を表現した「サクラサク」。お酒を入れると満開になる。1万2100円。
お酒を入れると、底面に彫刻した花火の模様が浮かび上がる「花火」。3万3000円。
レースや羅針盤などの繊細な模様を0.09㎜の線まで表現した「旅の扉」。3万5200円。

『砂切子椎名切子(GLASS-LAB)』店舗詳細

住所:東京都江東区平野1-13-11/営業時間:工場見学は12:00~13:00(土・日・祝は10:00~15:00。要予約)/定休日:水/アクセス:地下鉄半蔵門線・大江戸線清澄白河駅から徒歩5分

取材・文=工藤博康 撮影=原 幹和
『散歩の達人』2021年7月号より