まず江戸っ子が驚いたのは、参道途中の池に架かる3つの橋と、それを渡って社殿へと導かれるアプローチ。朱色の太鼓橋に近づくと前方の社殿が見え隠れし、太鼓橋の頂に立てば、池と緑に包まれた境内が眼下に広がる。緑風も心地よく、そんな趣向に感心しきり。しかも3つの橋には、こんな意味が込められている。

「最初の太鼓橋は生きてきた過去を、次の平橋は今現在を、最後の太鼓橋は未来をあらわしています。この3つの橋を渡り、心字池の上を歩くことで心身ともに清められ、ご神前に進むわけです」と、禰宜(ねぎ)の大鳥居良人さん。

見る角度によって豊かに表情を変える太鼓橋。この橋の前で深川の辰巳芸者が羽織を脱ぎ、お太鼓結びの華やかな帯姿を披露したことから、太鼓橋の名が生まれたという説も。

創建は寛文2年(1662)。九州・太宰府天満宮の神官(道真公の末裔)が天神信仰を広めるため、25社建立の志を持ち旅に出た。最後に辿り着いたのが本所亀戸村。天神信仰の篤い4代将軍家綱は神官の願いを聞き入れ、本所の守り神として社地を寄進。太宰府にならい心字池、太鼓橋などを造営した。

楽しんでもらうのが神社の大切な役目

手水舎では不動の亀がお迎え。

以来、藤の名所としても親しまれてきたが、藤は道真公の政敵・藤原氏ゆかりの花。それがなぜ、亀戸天神の名物となったのだろうか?

「亀戸は湿地で、初代宮司が水を好む藤を神苑として植えたのが始まり。その気持ちのうちには、過去にとらわれず、ともに美しい藤を愛でようという天神様の寛容なご神徳を広めたいという思いもあったのかもしれませんね」

なんとも寛容な天神様。さらに度量の広さを感じさせるのが、境内に林立する石碑や祠(ほこら)の数々。ざっと数えると80もある。病気平癒の御神牛、塩を頭にのせた犬神様、この世の脆さを警告する累卵塔碑(るいらんとうはい)など多岐にわたっている。

「お参りに来られた皆様に楽しんでもらうのが神社の大切な役目です。太鼓橋にしても、お年を召された方には家族の支えを借りて、小さなお子さんはご両親に手を引かれて歩みを進める。人生は山あり谷あり。良い思い出にしてほしいと思っています」

遊覧の楽しさと、寛容の心に包まれた亀戸天神。行きも帰りも楽しい天神様だ。

警鐘を鳴らす7個の卵

明治20年(1887)、医師・千葉愛石が命と世の危うさを示そうと献納した累卵塔碑。卵を積み重ねた線画と勝海舟ら賛同者の名前が。

これも天神様の度量の広さ

藤棚の下、太鼓橋の脇にある明月楼の石碑。「大阪南地 堀江 辻川」と彫られている。明月楼は大阪南地にあった花街の有名な料亭。

撫でられて黄金に輝く御神牛

牛は天神様の神使とされ、この御神牛を撫でると病気平癒の御利益が。頭や膝など自分の調子の悪い箇所と同じ部位を撫でて祈願する。

恋愛に効くパワースポット

道真公の妻・島田宣来子(しまだののぶきこ)と14人の子供を祀る花園社。心字池のほとりに立ち、安産、子宝、縁結びの守護神として人気を集めている。

塩まみれで頑張る犬神様

戦後、瓦礫の中から見つかった狛犬らしき石像を神楽殿裏に祀ったところ、いつのまにか願掛けで塩を盛るようになったという。

幸せを招く“うそ”

毎年1月24・25日に行われるうそ替え神事。木彫りのうそ鳥を取り替えることで、悪い事が“うそ”となり幸運を招くといわれている。

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『亀戸天神社』詳細

住所:東京都江東区亀戸3-6-1/営業時間:参拝自由/アクセス:JR総武線・東武亀戸線亀戸駅から徒歩15分

取材・文=伊東邦彦 撮影=伊東悦代
『散歩の達人』2017年11月号より