なぜこの街に「たまご街道」ができたのか
卵が先か宅地が先か、の垣根を超えて
相模大野駅からバスに揺られること10数分、たまご街道ののぼりが見えてきた。駅前は巨大な駅ビルがそびえていたのに、街道に降りるとかすかに鶏舎の臭いが感じられ、クククッという鳴き声も聞こえる。遠い田舎に来たような懐かしい雰囲気だ。
「ここ麻溝台は元陸軍の演習所で、戦後に土地が民間に払い下げられました。それを満州の引き揚げ者が中心の、我々の祖父世代が入植し、開墾していったんです」と『昔の味たまご農場』の田中亮さん。
しかし、麻溝台は荒れたガレ場や樹林帯で、当時は水も乏しく田んぼや畑作に不向きな土地。入植者はサツマイモ栽培や畜産業で生計を立てるようになる。
「昭和30年代に、横浜や京阪地区から広い土地を求めた養鶏農家たちの移入があり、養鶏が盛んになりました」とコトブキ園の角田さん。昭和40年代の最盛期には養鶏農家が40軒近くあり、計164万羽ものニワトリがいたそう。
ところが、高度経済成長期になると相模原の他の地域同様に、麻溝台も宅地化が進む。自然と、鶏舎の臭いや騒音などが農家と新たに暮らす人々との間で問題に。角田さんによると「家を購入時に畜産が盛んな街と知らされず、住んでからそのことを知った方もいたそうです」。
街道がもたらす、ネガポジ反転
新たに浮かび上がった公害問題やさらなる事業拡大を理由に、養鶏農家は北関東や南東北へ次々と移転。現在残った7軒は地域からの要望と向き合い、鶏糞(けいふん)をなるべく貯(た)めないなど掃除の徹底、新たな施設の導入などで問題解決に努めた。2012年には、農家みんなでこの問題を共有しようと、麻溝畜産会を結成。
「でも、臭いや音を完全にゼロにするのはかなり難しい。地域の方々と共存を図るには、養鶏を“隠す”のではなくもっと我々の姿や卵のおいしさを知ってもらおう、酪農家や養豚家もいる畜産の街だということを伝えていこう、という思いになったんです」と角田さん。
幸いにも麻溝台には直売所を持つ農家が数軒あったことから、そこを情報発信基地とすることに。13年には直売所が集う市道に、地域から愛されるような名前を付けた。「たまご街道」だ。
『農場の家』 では、 玉子のスイーツも販売することで地元の人が手みやげとして使ってくれるように。「養鶏をやめないで」と応援してくれる地元の人も増えてきた。「小川フェニックス」が営む、『Sweet eggs』のテラス席には地元のお母さんが茶飲み話を楽しむ姿もちらほら。専務の小川さんいわく「たまご街道を始めて、地域の方々との距離が明らかに縮まった。麻溝台にとって、養鶏がネガティブからポジティブに変わった気がします」。
たまご街道 詳細
農場の家
昼過ぎには売り切れるスイーツも!
「ヒナを買い付けではなく、小さい頃から自分たちで育てるので、麻溝台の風土に慣れた病気しにくいニワトリに育つんです」と同店を営むコトブキ園代表の角田隆洋(たかひろ)さん。気温で飼料の量や配合を変えるなど、飼料設計も業者ではなく全部自分たちというこだわりよう。抗酸化作用のあるビタミンEが豊富な長壽卵と、ガツンと濃厚で甘みもある恵壽卵の二枚看板を買って、味比べをしてみては?
●9:40~17:30、無休。☎042-740-2419
昔の味たまご農場
火 ・木限定バーガーが鳥(ちょう)うまい!
餌には、収穫後に防カビ剤や殺虫剤を使わないトウモロコシを6割配合。魚粉も6 ~ 7%混ぜることで、黄身にコクがあり白身にハリのある卵が産まれるのだ。2017年には採卵鶏の役割を終え、鶏肉とされる親鳥の供養の意味も込め、その肉を使った『YOLO BURGER』を開始。親鶏のパテは旨味も脂も強く、想像以上にジューシー! 朝から手作りする甘辛いテリヤキ風のタレが、次の一口を誘う。
●10:00~18:00、無休(『YOLO BURGER』火・木11:00~17:00、売り切れ次第終了)。☎042-742-1993
田中養鶏場
卵の自販機が懐かしい
茶色と白の卵に加え、同街道では珍しい鶏種のプリマスロック交配種の卵(6個程度で200円)も生産。黄身の甘みとコクが特徴で、卵かけごはんにとても合う。
●10:00~17:00(自販機は24時間)、無休。☎042-742-7877
ホソヤファーム
2020年9月直売所がニューオープン!
この地で60年の養鶏農家が直売所を開店。卵2種が入った赤白玉1㎏ 500円や、健康で若いニワトリが今朝生んだ、「今日のタマゴ」6個250円などを販売。
●9:00~12:00、土・日・祝休(自販機は24時間、無休)。☎なし
宝夢卵
ビタミンEが豊富な健康卵
無農薬生産にこだわる豊村農場の直売所。宝夢卵(ほうむらん)L10個390円は一般の卵に比べてビタミンEが100g中45.5mgと豊富。卵を買うとゆで玉子を無料でくれることも!
●12:00~16:30、月休。☎042-742-1088
Sweet eggs
街道唯一のレストランで玉子料理三昧
養鶏農家 ・小川フェニックスが営むレストラン併設の直売所。鳳凰卵山吹(ほうおうらんやまぶき)10個507円や卵かけごはんに合う小川のしょうゆ453円、8~9種そろうプリン280円~などのスイーツを販売。自社の鶏糞で各農家が育てた野菜も評判。「ニワトリのストレスが少なくなるよう強力なファンで鶏舎を換気し、気温をコントロール。古代樹の化石でろ過した地下水で、育てています」と専務の小川健洋さん。人気の鳳凰卵山吹は白身がプリプリで旨味があり、臭みはほぼ皆無。卵おかわりOKのたまごかけごはん440円や濃厚なカルボナーラ1012円などでその味を堪能したい。
●9:30~18:00(土・日は7:00~)、無休。☎042-705-7313
取材・文=鈴木健太 撮影=加藤昌人
『散歩の達人』2020年12月号より